第13錠 兄弟と兄妹


「そんなことろにうずくまって、何してるの?」


 時計塔の裏に座り込み、彩葉と女性のやりとりをぬすきしていた誠司に、セイラが問いかけた。


 シフォンのブラウスに、赤いチェックのスカート。紺のアウターを羽織はおり、ニーハイをいたセイラの姿は、今日も変わらず可愛らしい!


 だが、そんな可愛い彼女の姿を、堪能たんのうしている場合ではなく、誠司は、とっさにセイラの手を引きよせると『しゃべるな!』と言わんばかりに、セイラの口元をふさぎ、そのまま、時計塔の壁に押さえ込んだ。


(え? なに!?)


(やべー! 見つかってねーよな!?)


 突然のことに困惑するセイラと、彩葉に見つかったかもしれないと、慌てふためく誠司。そして、不意に聞こえた声に、彩葉が視線を移す。


「……」


「あの、本田さん?」


 すると、突然のだまり込んだ彩葉をみて、近藤が声をかけてきた。彩葉は、その後も、じっと耳をますが


「(気のせいか……)いえ、行きましょうか」


 どうやら誠司の存在には、気づかなかったらしい。


 彩葉は、また笑みを浮かべながら近藤に言葉を返すと、彼女を連れて、公園から出ていった。


(よ、よかった…!)


 そして、ずっと息を殺していた誠司は、彩葉が離れたのを見て、ホッと胸をなで下ろした。


 もちろん、こちらは、一切悪いことをしていないので、隠れる必要はないのだが、あんな会話を聞いた後となると話は別だ!


(マジで、なんなんだよ、アイツ! 絶対、ヤバいことしてるだろ!)


 しかも、あんな奴と義兄弟きょうだいになってしまった!


 今後の生活に、かなりの不安を抱くが、ふと思い出し、誠司は、やっとのことセイラの口元から手を放した。


「はぁ。いきなりどうしたの?」


「いや。今、彩葉が」


「え?」


 すると、今度はその名を聞いて、セイラが目を丸くする。


(イロハさんって……っ)


 確か、優子ゆうこの再婚相手の娘で、誠司の義妹いもうとになる同級生の女の子──と、セイラは、友人から聞いていた。


「え!? イロハさんいたの!? 言ってくれたら挨拶したのに!」


「しなくていい!!」


 だが、そんなセイラの言葉を遮り、誠司は青ざめる。


(嫌だ! 絶対、嫌だ!! あんな怪しい会話してる奴を、セイラに紹介したくない!)


 ちなみに、誠司。セイラが彩葉のことを、まだ『イロハちゃん(女)』と勘違いしているなんて、夢にも思っていません。


「でも、イロハさんて、誠司の兄になる人なんでしょ?」


「ま、まーたしかに、弟にはなるけど」


「なら私、イロハさんと仲良くなりたい」


(だから、ならないで!! お願いだから!!)


 彼氏の義妹いもうとになる子なら、やはり仲良くなりたいと思ったセイラ。だが、誠司からしたら、とんでもない話だった。


「とにかく! 彩葉に、挨拶はしなくていいから!」


「……」


 すると、かたくなにイロハのことを隠そうとする誠司を見て、セイラは少し不満そうな顔をして


「私がイロハさんと仲良くするの…嫌なの?」


(うん。嫌だ)


 ハッキリ、きっぱりと、誠司は、心の中で呟く。


 彩葉が何をしてるのかは知らないが、初対面のお姉さんと真昼間から、ホテルに直行できてしまうような奴なのだ。


 もしかしたら、女の子なら誰でもいいなのかもしれない。


 そんな奴にセイラを会わせて、もし目でも付けられたら、昼ドラ並のドロドロ展開が繰り広げられかねない。


 そうなったら、せっかく母が再婚し、ささやかな幸せを感じているというのに、うちの家庭は一気に崩壊。


 ならば、そんな危険性を秘めた義兄に、自分の彼女を紹介する義弟がどこにいる!


(できれば、一生会わせたくない)


「………」


 だが、気難しい顔をして黙りこくる誠司を見て、セイラは更に不安を抱く。


(何も言わないってことは、やっぱり、私がイロハさんと仲良くなるのは嫌だってことだよね?)


 すると、セイラの脳裏には、先日の友人の言葉がよぎった。


『怪しい行動したら、私に言いなさいよ!』


 ハッキリいって、今の誠司は、十分あやしい。


(もしかして、誠司。イロハさんのことが気になってたりするのかな?)


 なんでも、イロハさんは、とてもらしい。しかも、そんな女の子と、一つ屋根の下で暮らすのだ。意識してしまうのは、仕方のないことかもしれない。


 それに、自分たちの関係は、この2年間、全くすすんでいない。


(……そうだよね。キス一つ、させてくれない彼女なんて、愛想つかされても仕方ないよね?)


「セイラ?」


 すると、俯くセイラを見て、誠司が声をかけてきた。

 セイラは、ふるふると首を横に振ると


「うんん、ごめんね。誠司の家族の事だし。には、関係ないことなのに……」


 どこか、悲しそうに──だが、そんなセイラをみて、今度は、誠司が困惑する。


(え!? もしかして、不安にさせた??)


 彩葉に会わせないと言ったことで、不安にさせてしまったのだろうか?


 確かに、いくら会わせたくないとはいえ、セイラは、誠司の兄弟だからと、彩葉とも、仲良くなろうとしている。


 そして、それは、本来ならありがたいこと。

 それに──


「セイラ! お前は、他人じゃねーよ!」


 すると、誠司はセイラの肩をつかむと


「少なくとも俺は…お前との将来のことも、ちゃんと考えてるっていうか…っ」


「え?」


 「他人」という言葉に反応したのか、誠司が顔を赤らめながらそう言って、セイラは目を見開いた。


 何より驚いたのは、突然、言葉にされた「将来」という二文字。


「え、あの……っ」


「あ、あと! 今度、家に来た時に、ちゃんと彩葉も紹介する! だから、そんな顔するな…!」


 すると、誠司はぶっきらぼうにそういって、セイラは誠司の言葉を聞いて、幸せそうに笑みを浮かべた。


(そっか。……将来)


 そんなささやかな未来の言葉に、不安なんて一気に吹き飛んだ気がして、セイラは、その後、クスクスと笑い始める。


「ふふ」


「なに笑ってんだ。ほら、行くぞ!」


「だって。ねぇ、今日はどこ行くの?」


「笑ったから、教えねー!」


 誠司が手を差し出せば、セイラが、その手を当たり前のように握りしめた。


 指を絡ませ、自然と恋人繋ぎになれば、それは、手だけでなく、心まで温めてくれるようだった。


 そして、セイラは、誠司の隣を歩きながら──願う。





 ──ねぇ、誠司。



 どうか、このまま、変わらないでいてね?




 もう、誠司が傷つくのは



 見たくないから…




 だから、どうか




 このまま、ずっと








 今のままの『誠司』でいてね──…









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