第14錠 わがまま


 天気に恵まれた9月末は、絶好のデート日和だった。


 そして、あれから電車に乗った誠司とセイラは、城ヶ崎じょうがさきから、隣の宇佐木市うさぎしに移り、その後、バスに乗っていた。


「ねえ、誠司。どこいくの?」


 小刻みに揺れるバスの振動を感じながら、セイラが、窓際に座る誠司に問いかけた。


 どうやら、いきなり電車で遠出することになり、困惑しているらしい。


「だから、教えねーっていっただろ?」


「えー、いじわる」


「んじゃ、当ててみて」


「…うーん」


 すると、セイラはあごに手をあて考え込む。


 今日の目的地は、なれる場所。

 そう誠司が、電話で言っていた。


 だが、二人きりになれる所なんて限られてくる。

 例えば、カラオケボックス。


 しかし、カラオケなら、わざわざ隣町までいかなくてもいいはずで、だとすれば、あとは──…


「っ……」


 瞬間、思いもよらぬ場所が過ぎって、セイラは頬を赤らめた。


「わかったか?」


「……ッ」


 そして、そんなセイラを見て、誠司が顔を近づけながら問いかけた。


 いつもと変わらない距離なのに、チラついた場所が場所なせいか、セイラは、急に恥ずかしくなって、逃げるように誠司から視線をそらす。


「わ、わかんない…っ///」


「じゃぁ、わかんないままでいろ」


 そう言って、意地悪そうに微笑む誠司は、明らかにセイラをからかっていた。


(セイラ、変なところに連れてかれると思ってんのかな?)


 まあ、わざわざ、二人きりになれる場所を目指して、隣町まで来たのだ。人目をさけたいのだろうか?とか、色々と考えるかもしれない。


(つーか、俺も、二人きりになれる場所がいいだなんて、何言ってんだよ…っ)


 先日、勢い余って言ってしまった、自分の言葉。

 それを思い出し、誠司は口元を押さえて、恥ずかしがる。


 なにより、恋人同士が二人きりになれる場所といったら、カラオケとか、ホテルとか、夜の公園とか、そういう場所しかないわけで。


 これでは『下心があります!』と言っているようなものだ。


 でも、今日は、セイラとキスをするつもりできた。


 なら、セイラにも、少しくらい意識してもらわないと困る。


 今の"友達の延長上"のような関係から、ちゃんとした"恋人同士"になれるように──…


 


 *


 *


 *



 だが、その後、バスが停まり、ついた場所は


「え? 遊園地!?」


 なんと、遊園地だった!


 『ラビットランド』と書かれた遊園地の看板を見て、セイラが驚けば、心なしかホッとしているセイラ見て、誠司が声をかける。


「なに、安心してんだよ?」


「っ……だ、だって」


 別に二人きりなんて、お互いの部屋に行き来している二人にとっては、決して珍しい事ではない。


 だが、あんな宣言された後だからか、多少は意識してくれたのだろう。セイラの反応は、あまりにも、可愛らしいもので…


(っ…なんか、そんな顔されると)


 そして、そんな彼女の反応を見て、誠司も、また頬を赤らめた。


 ここが、公衆の面前でなければ、抱きしめていたかもしれない。


 だが、周知の事実であるクラスメイトの前ならともかく、こういう場所ではちゃんとわきまえる!


 誠司は、必死に感情を整えると、セイラの手を取り、ぐっと引き寄せた。


「ほら、いくぞ!」


「え! でも、なんで遊園地なの!? 誠司、二人きりになれる場所が良かったんじゃないの?」


 遊園地の中へと、歩き出した誠司の背を見つめながら、セイラがと問いかける。すると誠司は、再び足を止めたあと


「だってお前、勉強ばっかで、全然遊んでねーだろ。たまには、息抜きしろ」


「息抜き?」


 その言葉に、セイラはキョトンと目を丸くする。


「その為に、わざわざ、ここまで連れてきてくれたの?」


「ま、まぁ、そうだ。つーわけで、今日は、めいっぱい遊ぶぞ!!」


 すると無邪気に笑う誠司に、セイラもまた、気が抜けたようにほがらかに笑う。


「うん。嬉しい…! それに私、遊園地、久しぶり!」


「俺もだ。それと、今日はちゃんと、わがまま言えよ。何でも聞いてやるから」


「何でも?」


「うん!」


「えー、それホント?」


「ホントだって。男に二言はねー!」


「うーん、じゃぁ、一緒にカチューシャつけてくれる?」


「んん!?」


 だが、その言葉を聞いて、誠司は慌てふためく。


 カチューシャとは、アレだ。


 この遊園地のマスコットキャラクター、ウサギのラビリオくんをモチーフにした『ウサ耳カチューシャ』のこと!!


「マジかよ!? 俺もつけんのか!?」


「あ。やっぱり、なんでもは無理なんだ?」


「っ……!」


 さてはコイツ、行き先を教えなかったから、仕返しをしにきてる?


「分かったよ、聞いてやるよ…! あとは? 俺にして欲しいことがあるなら、早めに言っとけよ!」


「うーん。じゃぁ…私の手、離さないでね?」


 すると、既に繋いでいる手を、指しながらセイラが、そう言って


「人前でイチャつくの嫌いなんじゃねーの?」


「それは学校での話! それに、遊園地って人多いし、迷子にはなりたくないんだもの」


「あー…セイラ、方向音痴ほうこうおんちだもんな」


「あとは、クレープも食べたいし、プリクラも撮りたいし、ラビリオくんと握手もしたいし、それに~」


「まだあるのかよ!?」


「ふふ…なんでも聞いてくれるんでしょ? それより、誠司は?」


「え?」


「私にして欲しいこと、何かある? 久しぶりのデートなんだし、せっかくなら、二人で楽しもう♪」


「……」


 そう言って、微笑むセイラは、いつも通り優しくて、誠司は、無意識に言葉をつまらせた。


 そして、私にして欲しいこと──そう言われて思い出したのは、先日いわれた翔真の言葉。


『次のデートで、キスしてこい!』


 して欲しいことなんて言われたら「望み」は、もう決まってる。


 別に、翔真に言われたからじゃない。


 ずっと、思ってた。

 セイラと、キスしたいって。


 この小さな恋人を抱きしめるたびに、いつも思う。


 もっと触れてみたい。


 抱きしめて、キスをして、もっともっと、セイラのことを知りたい。


 初めの頃は、好きの言葉や、ほんの少しの触れ合いさえあれば、それだけでいいと思ってた。


 でも、それだけじゃ、我慢できなくなったのは


 きっと──…



「誠司?」


 瞬間、急にだまり込んだ誠司を見て、セイラが不思議そうに、その顔をのぞき込んできた。


 そんな姿すら愛しくて、誠司は再びセイラに視線を合わせると、つないでいた手を、優しく握りしめる。


「セイラ」


「…!」


 どこか力強い視線と、男らしい手の感触。突然、雰囲気の変わった誠司に、セイラが目を見開くと


「なんでも、いいのか?」


「え?」


「俺の、聞いてくれるんだろ?」

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