第15錠 タイミングとうさ耳


「俺のわがまま、聞いてくれるんだろ?」


 それは、他愛もない言葉への返答だった。

 じゃれあいの中でつむがれた言葉。


 だが、そう言った誠司の瞳が、あまりにも真剣で、セイラは、一瞬驚きつつも、その後、思い出したように声を上げる。


「あ、う、うん…どんなこと?」


 何でも──と言った手前、引くに引けない。

 だが、いつも違う誠司の表情に、セイラは戸惑った。


(なんで、いきなり…そんな顔するの?)


 そして、その胸の奥には、小さな小さな不安が宿やどり、無意識に繋いでいた手をにぎり返せば、今度は、その手を通じて、セイラの動揺を感じ取ってしまったらしい。誠司が、ぐっと息をつめた。


(セイラ、めちゃくちゃ動揺してないか?)


 おかげで、心臓が早鐘のように脈打ち、この先の言葉が上手く出てこない!


 そして、誠司が、わずかに視線を落すと、その先では、桜色に色づくセイラのくちびるが目に入った。


 薄く化粧をほどこされた、柔らかそうな唇。


「……っ」


 そして、それを目にした瞬間、誠司の身体は、カァッと熱くなり、顔はみるみるうちに赤くなる。


(てか、言うタイミングって、今じゃないよな!?)


 考えてみれば、デートは、はじまったばり!

 しかもこんなに、人の多い場所で、何を言おうとしてるんだ!?


 つーか、みんなどうやって、スムーズにキスまで辿たどりついてんの!?


 いつ?!

 どのタイミングで言うの?


 てか、キスしたいとか宣言するの?

 それとも、宣言せずにいきなりいくの!?


 あーもう、どれが、正解なんだ!?


 世の中のリア充の皆さん!!

 教えてください!!


「誠司?」

「……っ」


 すると、ずっと黙ったままの誠司の顔を、セイラがのぞき込む。


 不安そうに瞳を揺らすセイラ。

 そりゃ、不安だろう。


 どんな、わがままが飛び出すのか、分からないのだから…


(なんか、宣言するの恥ずかしいな。これ、言わずに、さりげなくした方がいいような?)


 でも、いきなりキスされるのも、それはそれで、どうなんだ?


 あ~~~!こんなことなら「正しいキスの誘い方」を翔真に聞いておけばよかった!


「誠司、さっきから…どうしたの? 私に…なにを…してほしいの?」


 すると、セイラが、誠司の服をつかみ、更に顔を近づけてきた。


 その気になれば、今にもキスできそうな距離。


 だが、見上げるセイラの瞳が、ほんの少しだけおびえているようにも見えて、誠司は慌てて、セイラを引きはがすと


「やっ、やっぱり教えねー!!」


「え!?」


 と、強引に黙秘を決め込んだ。


「ちょっ、また内緒なの!」


「あー、内緒!」


「なにそれ、酷い!」


 確かには酷いかもしれない。

 散々、らして、言わないなんて!


 でも、こんな遊園地の入口で、しかも、たくさんの一般市民が行き交う中で言うことではない!


「それより、いくぞ!」


「ちょ、ちょっと、誠司…っ」


 すると誠司は、またセイラの手を引に、遊園地の中へ歩き出した。


 そして、そんな誠司の後ろ姿を見つめながら、セイラは思う。


(やっぱり誠司は、このままじゃ…嫌なのかな?)


 なんだか、はぐらかされたような気がした。


 でも、さっきの恥ずかしそうに赤らんだ顔と、困ったような表情。そして『二人きりになれる場所がいい』といっていた、あの言葉。


 色々、総合すれば、誠司が何を望んでいるのかは、何となくわかる。


(どうしよう…っ)


 すると、自分の手を引く誠司の背を見つめ、セイラは、下唇をきゅっと噛み締めた。


 この先に進むか、進まないか?


 私は──どうすればいいんだろう?




 *


 *


 *




 それから、数時間──それぞれの思惑と不安を胸に抱きながらも、デートはとどこおりなく行われていた。


 いつも通りの二人の雰囲気。


 あの後、遊園地内のレストランに入り、ランチをとり、外のベンチでクレープを食べた。


 甘く香ばしいキャラメル生クリームと、甘ずっぱいダブルベリーを注文し、お互いに食べさせあう姿は、はたから見たらまさに、リア充だろう。


 だが「食べてみる?」といいつつの関節キスには、なんの躊躇ためらいもないのに、そこから先には、一切進まないのだ。


(さて、どうするかなー)


 クレープを食べ終わり、キャラクターグッズで埋め尽くされたファンシーなショップの中で、誠司は、カチューシャを選ぶセイラを見つめていた、


(やっば。キスしたいって直接いうのは、恥ずかしいよな?)


 となれば、やはりここは、それなりにムードを高めてから、さりげなくいった方がいいのかもしれない!


(よし! もし、できそうな雰囲気になったら、行けよ、俺)


「ねぇ、誠司」


 すると、片隅で一人、決意を固めた誠司に、セイラがカチューシャを二つ手にして話しかけた。


「誠司は、どっがいい?」


「どっちって、ラビリオくんなら、やっぱウサギだろ?」


「うーん。でも、誠司って、ウサ耳って感じじゃないよね?」


「だろうよ。似合うとか言われても嬉しくねーよ」


 白くてフワフワのウサ耳のカチューシャ!


 ちなみに、赤いリボンがついているのが、ラビリオくんの妹・ラビーちゃんモチーフのカチューシャで、ラビリオくんモチーフは、赤いリボンの変わりに、黒いハットがついている。


「誠司、犬って感じなんだけどなー」


「イヌ? 俺、犬っぽいの?」


「うん。あ、黒ネコのウィルのカチューシャにする?」


「いや、犬じゃねーのかよ!?」


 そして、黒猫のウィルとは、ラビリオくんをラビリンスに迷い込ませ無理難題を出すという、お馴染みの悪役キャラ。


「てか、なんで悪役?」


「だって、犬のキャラクターいないし。それに、ウィルくん、人気あるんだよ! ネコ耳可愛いし、多分似合うよ!」


 ちなみに、カチューシャの種類は、ウサギ、ネコ、カピバラ、ネズミの四種類。


 つーか、前から思ってたが、そのチョイスなんなんだ?


「じゃー、誠司はネコ耳にして、私はウサギかな~?」


 すると、カチューシャがきまったらしい。その後、会計をすませると、ウサ耳をつけたセイラが、誠司に問いかける。


「似合うかな??」


(当たり前だろ。てか、うちのセイラ、本当に可愛いな!!)


 そして、そんな可愛らしい彼女をみて、誠司は思うのだ。


(こんな可愛い彼女がいて、二年も耐えてるって……俺凄くね?)


 果たして、誠司の理性は、どこまで耐えることができるのか?


 キスを目的とした、遊園地デートは、穏やかに始まったのだった。


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