第5錠 誠司と彩葉


「ちょっと、ジッとしてろ」


 それは、あまりにも唐突とうとつだった。

 突然、視界に入り込んできた、彩葉の整った顔。


 だが、上からおおかぶさるような体勢で自分を見下ろす彩葉と目が合った瞬間、誠司は、その状況に唖然あぜんとする。


 なぜ、押し倒されたのか?

 その意図いとが全く分からない。


 だが困惑している誠司を余所よそに、彩葉は倒れた反動で、少しだけ乱れた誠司の腹部に視線を落とす。


 すれと、何を思ったか、誠司が着ているシャツを、一気にたくし上げた。


「ッ!!?」


 突然、胸元辺りまでまくりあげられ、腹をき出しにされ、目の前が真っ白になる。


「ぎゃぁぁぁぁ、お前、なにしてんだぁ!? 俺がエロイことしたいのはイロハちゃん(女)だ! お前じゃねーよ!?」


 気が動転するあまり、ブワッと鳥肌が立つと、のどの奥からは自然と悲鳴が上がっていた。


「…………」


 だが、彩葉は、奇声を発する誠司には目もくれず、そのまま誠司の脇腹にれ始めた。


 整った指先がスーッと腹をうと、くすぐったさと同時に、意もしれない羞恥心しゅうちしんが込み上げてくる。


「お、おい、聞いてんの!?」


「あのさ。この、どうしたの?」


「え?」


 だが、返ってきたのは、あまりにも真面目な言葉だった。


 と、いうか───アザ?


 誠司は、ぽかんと口を開けたまま、彩葉を見上げる。


 すると、彩葉の視線は、誠司の脇腹にできたってに注がれていた。


 トランプのダイヤのマークを思わせるような、綺麗な菱形ひしがたのアザ。


 2cm程の小さなアザだが、あまりにも均等すぎるその形は、ぶつけて出来たにしては、あまりにも不自然だった。


「あーこれか? 火傷やけどしたのかしらねーけど、いつの間にか出来てたんだよ」


 誠司は、上半身を起こすと、そのアザを見つめながら、彩葉の問いに答えた。


「………そう」


 すると彩葉は、その返答に小さく相槌あいづちを打ち、その後、目を細める。


 だが、特に何をする訳でもなく、眉間にしわを寄せ、気難しそうな顔をする彩葉を見て、誠司は漠然ばくぜんとした不安にかられた。


(な、なんだ……?)


 ──このアザが、どうかしたのか?


「それで? イロハちゃんとエロイことしたいって何?」


「へ?」


 だが、その後、放たれた言葉に、誠司の思考は一気に引き戻された。


 場の空気がこおりつき、誠司は身体からは、ジワジワと嫌な汗があふれ出す。


「あー……えっと……さっきのは…その……っ」


 動揺のあまり、口元がひきつる。


 突然、押し倒されてパニックになったのと、昼間の友人たちの言葉がフラッシュバックして、を口走ってしまった。


 もちろん、そんなこと微塵みじんも考えてはいない。だが、考えてはいないが、なんと伝えれば良いのか?


 それに、早く誤解ごかいかなくては、きっと、義理の妹に手を出そうとした変態だと思われてしまう!!


「いや、違うんだ……さっきのは、だな!」


 だが、弁解の言葉なんて、そう簡単に見つかるはずがなく、あたふたと慌てふためく誠司をみて、彩葉は眉をひそめながら


「お前……義妹いもうとに手を出す気だったの?」


「…………」


 終わった──なぜか、そう思った。


 そして、サーっと顔が青ざめた誠司を見て、彩葉が、さげすむような視線を向ける。


「お前、最低だな」


「いやまて!! 違うんだ!! そんなこと一切考えてない! マジで信じて!!」


「どう信じろって? 俺こんな奴の兄になるとか、マジ最悪なんだけど」


「俺だって、お前の弟になるとか最悪だわ! てか、本当に違うんだって! そりゃ、イロハちゃんが俺のこと好きになったらどうしよう!とか、多少、変な妄想はしたけど! だからって、イロハちゃんと恋人になりたいとか、エッチしたいとか、そんなこと考えてるわけじゃなくて、あくまでも、兄妹として、イロハちゃんと仲良く」


「おい」


「!?」


 だが、その瞬間、彩葉が一段と低い声を発した。


「さっきから、で、変な妄想すんのやめろ。キモイ」


「……」


 そして、これでもかと嫌そうな顔をする彩葉。


 更に、その視線と軽蔑けいべつの言葉は、全身を針で刺されているような感覚を呼び寄せ、誠司は息をつめる。


 だが、その瞬間──


「誠司~、彩葉ちゃーん。ご飯できたわよ~。おりてらっしゃーい」


 と、場違いなほど明るい声が響いた。

 どうやら、母の優子が呼んでいるらしい。


 すると、その声を聞き、彩葉は、バッグを手に立ち上がった。誠司の横を過ぎ去り、部屋の入口まで歩み寄る。そして、再び振り返った彩葉は


「そうだ。ひとつ忠告しておくけど、俺の部屋には、絶対に入るなよ。もし、入ったら──よ」


 それは、見惚れてしまいそうなほど綺麗な笑みで、だが、その笑みとは対象的なとげのある言葉を聞いて、誠司はヒクヒクと口元を引きつらせた。


(俺、これから、どうなるんだ?)


 この先、義兄弟きょうだいになる「イロハちゃん」と初対面。


 それが、最悪のものになってしまったのは、もはや言うまでもなかった。






*─────────────────────*



皆様、数ある作品の中から、こちらの作品に目を通して下さり、誠にありがとうございます。


お星様にフォロー、♡や温かいコメントなど、連載早々から頂き、とても嬉しかったです。


また、マイナーすぎる作品なので、ほかの作品のようなPVは見込めないだろうと、覚悟の上で公開しましたが、やっぱり読んで頂けると、嬉しいですね。


これからも、皆様からの応援に恥じぬ作品を作れるよう、精進して参りたいと思います。


本当に、優しい応援を、いつもありがとうございます。


また『雪桜さんちの舞台裏』の方で、最新話の後書きを公開中です。


『雪桜さんちの舞台裏』

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061


作品の裏話にご興味のある方は、覗いて見てくださいませ。ちなみに、今話の後書きはこちら⤵︎ ︎


https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330654642479772


また、今後、後書きがある時は、ページの末にリンクを張っておきますので、ワンクリックで飛んで来て頂けたら…


それでは、やっと物語が動き出しまして、ここからは、彩葉と誠司のW主人公で進めていきます。


ちょっと怪しい雰囲気の作品ですが、私らしさは、存分に詰め込んでおりますので、引き続き、楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは、まだまだ未熟な作者ですが、これからも、宜しくお願いします。


雪桜

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