第4錠 隣の部屋


 誠司が中をのぞきこむと、窓辺にたたずむ人物が目に入った。


 スラリとした肢体したいに、色白の肌。


 夕日に照らされた髪は、つややかに反射して、とても綺麗だった。


 振り向きざまに、視線を流すその姿は、まるで映画のワンシーンのようで、その、どこかりんとしたそのたたずまいに、誠司は一瞬にして、目を奪われた。


 夕日を背に振りかえるイロハは、とても美しかった。


 サラサラの黒髪に、吸い込まれるような黒曜こくようの瞳。


 そして、その瞳と視線が交われば、男なら誰しも、イロハに恋をしてしまうかもしれない。


 そう、イロハが




 ──「男」でさえなければ!!!





「こんにちは。君が、誠司君?」


 振り返った人物は、薄く笑みを浮かべて、誠司を見つめた。


 窓から外を眺めていたのか?


 その少年は、呆然と立ち尽くす誠司に気づくと、窓から離れ、ゆっくりと、こちらに近づいてくる。


「初めまして。──黒崎くろさき 彩葉いろはです。宜しく」


 そして、誠司の前に立つと、彼は『彩葉イロハ』と名乗り、そっと手を差し出してきた。


 だが、本来なら誠司は、この手をとり、明るく挨拶を返さねばならなかった。


 だが、今の誠司は、それどころではない。


 目の前には、男ですら見惚みほれてしまうような、が立っていた。


 端正たんせいな顔立ちに切れ長の瞳。


 一見、純黒かと思えたその髪は紫に反射して、どこか妖艶ようえんな美しさすら感じさせた。


 細身でスラリとした身体は、自分と同じ背丈をしているのにも関わらず、明らかにあちらの方が、腰の位置が高く、あしも長い。


 正に完璧な容姿。眉目秀麗びもくしゅうれいとは、このような人物の事を言うのかもしれない。


 ならば、母が「美人」と言ったのも納得できる。

 そう、納得は、できるのだが……


「ああああああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!?」


「!?」


 瞬間、イロハが男だとわかるや否や、誠司は、顔面蒼白の上、つんざくような悲鳴をあげた。


「嘘だろぉぉぉ!? イロハちゃんて、男なのかよ!? あー、でも母さん、女の子なんて言ってなかったわ! やべー! 俺、学校で、妹が出来るって言っちゃったじゃん! その上、男とか、もう笑い者じゃん! マジかよ! 明日、学校行きたくねええええぇぇ!!」


 まるで、この世の終わりかとでも言うように、頭を抱え脈略みゃくりゃくのない言葉を叫ぶ誠司。


 すると、その予期せぬ反応をみて、彩葉が困惑した表情を浮かべた。


(妹……? 何を言ってるんだ、こいつ?)


 だが、その瞬間、誠司の母親である優子が、自分のことを『彩葉ちゃん』と呼んでいたことを思いだした。


(あー……なるほどね)


 すると、差し出した手を、今度は口元へ運んだ彩葉は、その後、クスリと笑みを浮かべた。


「もしかして、俺のことだと思ってた?」


「!?」


 どこか、小バカにするような抑揚よくようのある声。


 誠司はその声に、わなわなと肩を震わせると、同時に恥辱ちじょくの表情を浮かべた。


「仕方ねーだろ!? イロハとか言われたら、女だと思うだろうが!!」


「あーごめんね。俺の名前、女っぽいもんね?」


 だが、ごめんね?などと言いつつも、全くわるびれる様子はなく、誠司は、今後の先行きを深くあんじた。


(嘘だろ……俺、こいつと義兄弟きょうだいになるのか?)


 男で安心した部分と、女じゃなくてガッカリした部分とが合わさり、複雑な心境になる。


 だが、今思えば、なぜ「男」いう可能性を一ミリも考えなかったのか、今朝の自分をうらみたい。


「そういえば、あんた誕生日いつ?」


「は?」


 すると、今後は彩葉の方から話しかけてきて、誠司は怪訝けげんな顔をしつつ素直に答える。


「じゅ……10月6日だけど」


「そう、じゃぁ、俺は9月2日だから。俺の方が、だね」


「はぁ!?」


 こいつ、俺から、イロハちゃん(妄想)だけでなく、兄の座まで奪つもりなのか!?


 確かに、生まれた日が早いほうが、兄になるのは当然のこと。


 だが、なぜかに落ちない!

 てか、コイツの弟になるなんて、なんか、嫌だ!!


「一ヶ月しか違わねーだろ! 兄も弟もあるか!?」


「よくいうよ。俺のこと、勝手に義妹いもうとにしてたくせに」


「つーか、お前、俺のこと、少し見下してるだろ!?」


「別に見下してはいないよ。ただちょっと、なんだろうなぁ…とは思ってる」


「ケンカ売ってんのか!? こらあぁぁ!!」


 ここまで言われて、黙ってはおけない!

 誠司はカッとなり、彩葉の胸ぐらに掴みかかる。


「でぇッ!?」


 だが、その瞬間、誠司は何かに足しを取られ、ズルリと後ろに倒れ込んだ。


「イッテー……っ」


 尻もちを付き、腰と背中を同時に打ちつけると、誠司は表情をゆがめる。


「………」


 そして、そんな誠司を見下ろし、彩葉は眉をひそめた。


 目の前の少年は、どこにでもいそうな普通の少年だった。ツンと跳ねた少し癖のある茶髪に、人懐っこそうな愛嬌あいきょうのある顔だち。


 キャンキャン吠える姿は、まるで子犬のようだが、残念ながら、頭はらしい。


(こいつが、俺の義兄弟きょうだいね……バカな上にどんくさい)


 彩葉は、無音のため息をつくと、その後、誠司が足をとられた自分のバッグを拾い上げ、その中身を確認し始めた。


 机一つない殺風景な部屋。

 置く場所がないからと、床に置いたのが間違いだった。


 彩葉はバッグの中から、小型のタブレットPCを取り出すと、それを起動し、動作を確認する。


(破損は……なし、か)


「おい! こんな所にバッグ置いとくなよ! あぶねーだろ!!」


 すると、誠司が、その場に座り込んだまま、彩葉をにらみつけてきた。


 それを見て、彩葉はPCをバッグの中に戻すと、再びため息をつく。


「俺のせいにするなよ。お前が、勝手につまづいて……え?」


 だが、その瞬間、冷静だった彩葉の表情が一気にくずれた。


 そして、起き上がろうとしていた誠司の肩を掴むと、彩葉は、無理やり誠司を床の上に押さえつけた。


「え? な……!」


「ちょっと、ジッとしてろ」


 低い声が響けば、おおいかぶさるような体勢で、自分を見下ろす彩葉と目が合った。


 そう、なぜか誠司は、彩葉に押し倒されていた。


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