第3錠 新しい家族


 誠司の母が『再婚したい』と言ってきた、その日の夕方。誠司が学校から戻ると、自宅の駐車スペースには、見なれない車が停まっていた。


(……葉一よういちさん、もう来てるのか?)


 見覚えのない黒のワンボックスカーは、きっと、母の再婚相手の黒崎 葉一さんのものだろう。


 ということは、もう中で待っているのかもしれない。

 例のと一緒に──


(何か、緊張してきた……っ)


 誠司は、葉一とは、まだ一度しか会ったことがなかった。


 もちろん、その時の雰囲気は、全く悪くなかったし、いい人そうだった。

 

 だが、それ以外の印象が、全く残ってないのだ。


 実際は、どんな人なのか?


 しかも、そんな、ほぼ見ず知らずの人と、一緒に暮らすことになるとなれば、やはり、不安も大きかったりする。


(葉一さんもだけど、イロハちゃんは、俺達と暮らすこと、どう思ってるんだろう?)


 昼間の友人の言葉がよぎり、誠司は眉をひそめた。


 イロハちゃんは、同級生の男と一緒に暮らすことに、抵抗はないのだろうか?


 いや、ないわけないよな?


 だが、色々と思うことはありつつも、これから、新しく家族になるなら、母のためにも仲良くしなくては……!


「よし!!」


 その後、気合いを入れると、誠司は、恐る恐るドアをあけ、遠慮がちに声をかけた。


「ただいまー……」


 まるでぬすのように、こそっと玄関を閉め、脱いだ靴を珍しくそろえる。


 そして、そろりそろりと廊下を進み、リビングをのぞきこんだ。


 すると……


「すごーい、葉一さん。お料理も上手なのね~」


「あはは、このくらいは朝飯前さ。優子ちゃんの、この味付けも最高だよ。これから毎日、君の料理を食べられると思うと幸せだなー」


「もう、やめてくださいよ、恥ずかしい~」


「……………」


 だが、リビングの中を見た瞬間、誠司は絶句した。


(なんか、年甲斐としがいもなく、ラブラブなんだけど!?)


 奥にあるキッチンでは、39歳の母と、40歳の葉一さんが、二人で仲良く料理をしてイチャついていた。


 なんてこった!?

 多分、俺が帰ってきたのに気づいてないんだ!


 これなら、もっと声を張り上げて、入ってくればよかった!!


(つーか、葉一さんて、あんなキャラだったのか)


 もう少し物静かで、厳格げんかくな人だと思っていた。


 料理してるよ。しかも、笑顔がさわやか!


 つーか、恋する乙女の母さんは、息子の目には毒すぎるだけど!!


(なんか、見ちゃいけないもの見た気がする……っ)


「あ。誠司、おかえりー!」


 すると、帰宅した誠司に気づいたのか、母が声をかけてきた。


 誠司は、少しだけバツが悪そうに、リビングの中に入る。すると、再婚相手である葉一が、爽やかに笑って話しかけてきた。


「誠司君、前に会った時よりも背が伸びたなー。この度は、優子さんとの結婚を認めてくれて、ありがとう。すぐに、お父さんとして認めてもらえるとは思わないが、出来ることがあれば、なんでもするから、これからよろしく頼むよ」


 そういって、葉一が手を差し出すと、誠司もまた差し出された手を取り、にこやかに挨拶をする。


「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」


 そう言って、ぺこりと頭を下げる。


 葉一は、とても柔らかな雰囲気の人だった。

 スマートで紳士的な男性。


 なんでも、どこかの会社の課長をしているらしいが、だからと言って亭主関白なわけでもなく、その家庭的で優しい雰囲気は、少しだけ父に似ている気がした。


(……だから、母さん。葉一さんのこと好きになったのかな?)


 リビングにある父の写真を見て、少しだけ切ない気分になった。でも、きっと親父だって、喜んでいるはずだ。


「あ、そうだわ。誠司の隣の部屋、イロハちゃんが使うことになったからね」


「え?」


 だが、その後放たれた言葉に、誠司は目を見開く。


「と、隣!?」


「うん。今、イロハちゃん、二階にいるから、ちゃんと挨拶してね!」


「あ、挨拶って」


 優子の言葉に、誠司はひどく動揺する。


 それもそうだろう。いくら「兄妹」になるとはいえ、自分とイロハちゃんは、血が繋がっていないのだ。


 面識のない男女が、いきなり隣の部屋で過ごすのは、流石にまずいのでは?


 しかも、我が家の二階にあるのは、子ども部屋として使う6畳の洋室が二部屋あるだけ。


 更に、うちは洗濯も全て一階ですませてしまうため、必然的に二階は、親の目が遠のく。


 そんな場所で、年頃の男女が、隣同士の部屋で過ごすなんて……


(俺は男だからいいけど、女の子のイロハちゃんは、落ち着いて過ごせないんじゃ……?)


 それに、空き部屋なら一階にもある。

 だったら、イロハちゃんには、そっちを進めた方がいい。


「あの、さすがに隣は……」


「大丈夫だよ。イロハが、二階がいいと言ったんだ」


「え?」


「そうよ! これから家族になるんだし、隣同士の方が何かと話もしやすいし。誠司も、イロハちゃんと仲良くしてね!」


「…………」


 その言葉に、誠司は、更に困惑する。

 まさか、イロハちゃん自ら、二階を選んだとは!


 だが、なぜだ?

 万が一を、考えたりはしないのだろうか?


 それとも、全く手を出さない絶食系男子だとでも思ってる?


 会ったこともないのに??


 だが、そこまで言われてしまえば、もうなす術はなく。


「わ、わかりました……じゃぁ、挨拶してきます」


 誠司は、おずおずと返事をすると、リビングを出て、イロハがいる二階へ向かった。


 そろりそろりと忍び足で、音をたてないよう階段を上る。


 その後、手前にある自分の部屋に入ると、鞄を置いて、ブレザーのジャケットを脱いだ。


 すると、制服のシャツが妙に汗臭い気がして、これはまずいと、手早く服を脱ぐと、誠司は、Tシャツとジーンズにき替える。


(……心臓止まりそう)


 だが、いつも通りでいようと、深呼吸を繰り返すが、ドクドクと波打つ心臓の音は、そうもいかなかった。


 なぜなら今、自分がいる、この部屋の隣には、女の子がいるわけだ。


(昼間はともかく、夜とか大丈夫なのか?)


 女の子と一緒に暮らすことに、誠司は戸惑いと不安を抱く。


 一緒に暮らすということは、風呂にも入ったりするわけで。そうなれば、風呂上がりの女子が、自分の部屋の前を行ったり来たりするわけ……


(ていうか、風呂って、どっちが先がいいんだ?)


 自分の後に入るのは、イロハちゃんが嫌がるのでは?


 でも、イロハちゃんの後に自分が入るのは、なんか変態みたいだ。


 慣れるまでなのだろうが、なれるのか、これ!?


「あー落ち着け、俺ぇぇ!!」


 こんなことを考えてしまうのも、友人達が『イロハちゃんとエロイをことしても、セイラにはバレない』とか言うからだ!


 確かに、可愛い女の子と、エロイことはしたい!

 それは、男だから仕方ない!


 だが、自分には、彼女がいる。

 セイラがいる!


 邪心じゃしんは振り払え!

 あいつらのいうことを、に受けるな!


 誠司は、頭の中で、悶々と繰り広げられるピンク色の思考を、無理やり排除すると、再び深呼吸をする。


「よし、行くぞ……!」


 そして、意を決して、部屋から出ると、そっと、隣の部屋に目を向けた。


 すると、その部屋の扉は、開け放たれたままだった。


 わずかに薄暗くなり始めた時間帯。


 窓から射し込んだ夕日は、部屋の外まで伸び、廊下を綺麗なオレンジ色に染めていた。


「あの……」


 そして誠司は、こそっと部屋の中を覗き込むと、恐る恐る、イロハに声をかけた。

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