第2錠 義理の妹と彼女


「え! 誠司の母ちゃん、再婚すんの!?」


 その後、学校に行けば、誠司せいじは友人である小林こばやし 翔真しょうまと話をしていた。


 サッカー部に所属する爽やかな翔真は、誠司の幼なじみでもある。


 そして、廊下のかべにもたれかかりながら、母の再婚の話をすれば、翔真は驚きつつも、しみじみと言葉を返してきた。


「マジかー。あの優子さんが、再婚ねー」


「あぁ、だから、俺の名前『早坂はやさか』から『黒崎くろさき』になる」


「あ、そっか。苗字も変わっちまうのか。つーか、美人の妹ができるって、漫画みてーな話だな」


「だろ。同い年の妹ができるって、やばくね? 俺、彼女がいるのに、イロハちゃんに誘惑されたら、どうすればいいんだ!」


「それは、誘惑されたらの話だろ?」


「早坂~。イロハちゃんて誰~?」


 すると、誠司たちの会話を聞き、仲の良い男子生徒が、わらわらと集まってきた。


「誠司の母ちゃん、再婚するんだって。そんで、その再婚相手の娘が、めっちゃ美人なんだと」


「マジかよ!」


「羨ましい~。どんな子!?」


「どんなって。まだ、会ったことねーし。まぁ、今夜、会うことにはなってるけど」


 興奮ぎみの友人たちに、誠司がしぶしぶ答える。


 すると男子たちは、まだ見ぬイロハちゃんを思い、各々、妄想を始めた。


「清楚系? それとも、セクシー系?」


「やっぱ、妹はツンデレじゃね!?」


「つーか、重要なのは胸だって、胸!」


 誠司を取り囲み、男子が5人ほどれて語り合う。まぁ、妄想するのは自由だ。


 だが、それからしばらくして


「なぁ、誠司! 今夜、会うなら、イロハちゃんの写真、撮ってきてくれよ!」


「はぁ?」


 いきなり放たれた、とんでもない、お願い!

 それを聞いて、誠司は慌てふためく。


「おまっ、何言ってんだ!? 初対面で、そんなこと出来るわけなーだろ! 俺は今夜の振る舞い次第で、素敵な兄になれるか、キモイ兄になれるかが決まるんだよ! いきなり写真撮りたいなんていったら、キモい兄決定だろ!?」


「いいじゃん、別にー。お前、とも付き合ってるくせに、更に美人の妹ができるとか、どこのハーレム系主人公だよ! むしろ、キモイ兄になって自爆しろ!」


「くっそー! なんで誠司ばっか!」


 友人たちが、誠司をちゃかせば、辺りには、どっと賑やかな笑い声が響いた。


 だが、そんな中、誠司は、気難しい顔をしていた。


 やはり、気になるのは、彼女であるセイラのことだった。セイラには、まだ親が再婚することも、兄妹が出来ることも話していない。


 もし、この話をしたら、セイラは、どう思うだろう?


 自分が、セイラ以外の女の子と、一緒に暮らすことを知ったら──


「つーかさぁ。家の中なら、イロハちゃんとエロイことしても、セイラちゃんにはバレないよなー」


「!?」


 だが、そんな誠司の耳に、悪魔のような言葉が入りこんできた。


「な……っ、お前、なに言ってんだ!?」


「だって、合法的に、彼女以外の女の子と寝食共にできるんだぜ! それに、ずっと一緒にいたら、お互いに意識するもんだしさー。いつイロハちゃんと、エロイ関係になってもおかしくねーじゃん! それに最近、彼女が冷たいって言ってただろ、誠司」


「……っ」


 その言葉を聞いて、誠司は息を詰めた。


 セイラのことは今も好きだし、これからも、一緒にいたいと思ってる。


 だけど、付き合えた時は、本当に毎日が楽しくて、世界が輝いて見えたけど、二年もたてば、こんなものなのか?


 時々、セイラが素っ気なく感じることがある。


(俺はセイラが好きだけど、セイラは、どう思ってるんだろう?)

 

「誠司が、イロハちゃんと浮気するに1票~!」


「──て! しねーよ、浮気とか! つーか、妹だぞ!」


「でも、血繋がってねーじゃん! それに、再婚同士の子供は、結婚だってできるんだぞ」


「え? そうなのか? でも、だからって、俺がイロハちゃんと……っ」


 しかし、その瞬間、誠司の脳裏には、また、朝のラブコメ漫画のことが過ぎった。


 そりゃ、年の近い女の子と、つねに同じ空間にいたら、意識はしてしまうだろうし、親も仕事してるから、必然的に、二人きりの時間ができる。


 となれば、漫画みたいな展開になっても、全くおかしくはないわけで──


(いやいやいや、変なこと考えるな!)


 確かに、多少、アブナイ妄想はした。

 そこは、健全な男子高校生だから、仕方ないこと。


 だが、本気で、そんなことを考えているわけではない。


 ずっと一人っ子だったから、兄妹が出来るのが、純粋に嬉しくて、だから、イロハちゃんとも、として仲良く出来たら、それでいい。


(とにかく今は、今夜の顔合わせを完璧にこなす。ただ、それだけだ……!)




 *

 *

 *




「セイラー」


 授業が終わり、三時限目の休み時間。


 次の授業の準備をし、音楽室に移動していた少女は、背後から声をかけられ、くるりと振り向いた。


 胸元まである栗色の髪を、優雅になびかせながら振り向いた少女は、おっとりとした目が印象的な可愛らしい女の子だった。


 色白の肌と、まるで、小動物のような小柄な体型。

 

 学年でも、トップに君臨するほどの美少女である彼女の名は──ひびき セイラ。


 二年前、誠司が告白し、付き合い始めた、今の彼女でもある。


「どうしたの、たまき


「さっき、聞いたんだけどさー。早坂のお母さん、再婚するんだね。しかも、までできるらしいじゃん。セイラ大丈夫?」


「え?」


 友人であるたまきの言葉に、セイラは耳を疑った。


 再婚? 妹?


「えっと……っ」


「まー、早坂なら大丈夫だと思うけどさ。万が一、怪しい動きがあったら、すぐに言いなさいよ!」


「怪しい動き?」


「だから、浮気とかそういうの!」


「セイラ~、環ー! 授業始まるよー」


「あ! 今、行くー」


 すると、音楽室の方から、二人を呼ぶ声が聞こえてきて、環はセイラを残し、音楽室へと駆け出してしまい、その場に残されたセイラは


「……私、そんな話、全く聞いてないんだけど」


 手にした教科書を、ぎゅっと握りしめたセイラは、小さく小さく呟いたのだった。

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