【第1章】再婚

第1錠 刺激のない日常


 人は常に刺激を求めてる。

 平凡な日常より、胸踊るような刺激的な生活がしたい。


 そう、例えば、リア充のような──


「たくっ……アイツ、また既読無視スルーかよ」


 早坂はやさか 誠司せいじ。16歳。


 現在、高校2年生の誠司は、いつもと変わらない日常を過ごしていた。


 朝起きて、顔を洗い、再び二階にある自分の部屋に戻ると、誠司は、なにげなく送った彼女へのLIMEライメを見て不満を言う。


 中学3年の冬。誠司は、ずっと好きだった女の子に告白をして、恋人同士になった。


 付き合って2年。

 そこそこ、長い付き合いになるのだが……


「スタンプくらい送れっつの。一応、女子だろうが?」


 既読はついたが、一切反応がない彼女の返信を見て、誠司は、ため息をいた。


 当たり前の日常。刺激のない毎日。


 そうです。

 現在、誠司は、彼女とマンネリ中です!


「誠司~。ご飯できたわよー」


「……!」


 瞬間、一階から母が呼ぶ声が聞こえて、誠司はスマホを放り投げ、すぐさま着替えを始めた。


 涼しくなり始めた、9月末。


 先日、衣替ころもがえがあり、制服も夏服から冬服へと変わった。


 紺のブレザーに、チェックのスラックス。

 普通の高校の普通の制服。


 そして、スエットを脱いだ誠司は、Yシャツに袖を通し、あっという間に着替えを終えると、ツンとねた茶色い髪を整えながら、一階におりた。


「おはよう。誠司!」


 ダイニングに入れば、普段通り母の優子ゆうこが、にこやかに出迎えてくれた。


 誠司の母親である早坂はやさか 優子ゆうこは、現在39歳。


 髪が長く、ほっそりとした容姿をした彼女は、ホンワカしたとした少し天然なお母さんだ。


 すると誠司は、ダイニングの椅子に、上着ブレザーをかけると『おはよー』と挨拶をしながら、席についた。


 時計を見ると、少し急いだ方が良さそうだ。


 とっとと食べてしまおうと、誠司は『いただきます』も言わずに、味噌汁を手に取る。


 すると、誠司が朝食をとり始めたのを見て、向かいの席に腰かけた優子が、少し、しどろもどろしながら話しかけてきた。


「あのね、誠司。私、したいの!!」


「ぶーッ!??」


 だが、突然の母の告白に、誠司は飲んでいた味噌汁を吹き出した。


(は? 今なんて言った!? 再婚!?)


 てか、俺、今から学校に行くんだけど!?


 そんな大事な話を、こんな慌ただしい朝にするなんて、どこまでド・天然なんだよ、母さん!?


「さ、再婚?」


「うん。前にも話したでしょ? 黒崎くろさき 葉一よういちさん。この前、プロポーズしてくれて。だから、誠司が許してくれるなら、お受けしようかとおもって」


「…………」


 申し訳なさそうに話す母を見て、誠司は眉をひそめた。


 優子の夫であり、誠司の父である早坂はやさか 慎司しんじは、今から7年前、誠司が9歳の時に亡くなっている。


 そして、それからは、ずっと優子が女手一つで、誠司を育ててきた。


 パートをかけ持ちし、夜遅くまで働き、それでも笑顔をやさず、明るく頑張ってきてくれた母。


 そして、そんな母をかげながら支えてくれたのが、その黒崎くろさき 葉一よういちさんらしい。


(そっか……、ついにか)


 母が、葉一さんのことをしたっているのは、よく知っていた。なにより、この先、誠司が家を出れば、母は一人になる。


 なら、反対する理由なんてない。


「別に、いいんじゃね。再婚すれば」


「え? いいの!?」


「うん。葉一さん、いい人そうだったし」


 当然のように返事をすれば、優子は、嬉しさが入り交じるような顔で、誠司をみつめた。

 

 だが、それを見て、誠司は少し複雑な心境になる。


(本当に好きなんだな、葉一さんのこと……あ、でも、再婚したら、親父おやじが建てた、この家は、どうなるんだ?)


 誠司たちが住んでいるのは、二人で住むには広すぎる、5LDKの一軒家。


 そして、この家は、亡くなる前、父が建てた家だった。


 本当は、もう一人くらい子供作るつもりだったらしいが、そう上手くはいかず、リビングやキッチンの他に、一階に三部屋と、二階に二部屋あるが、その内の二部屋は、全く使用してない。


 きっと、母は、この家を手放さないだろう。


 なら、この家に、葉一さんと一緒に暮らすことになるのかもしれない。


(親父のことを思うと、複雑だけど……母さんのためだよな)


 チラッと父の遺影いえいを流し見ながら、誠司は、零した味噌汁を丁寧ていねいに拭き取り、再び食事を再開する。


 だが、そこに──


「それとね! 葉一さんにも、がいるの!」


「ぶーっ! げほッ、ごほっ!?」


 だが、母の突然の告白(二度目)に、誠司は、再びむせ返った。


 のどに詰まった白米を何とかしようと、慌てて、お茶を流し込む。


「はぁ!? ウソだろ!? 葉一さん、子供いんのかよ!?」


「う、うん。でも、イロハちゃん、凄く美人でいい子なのよ。年も誠司と同い年の高校2年生だし、話も合うと思うの!」


「……い、イロハちゃん?」


 母から飛び出した女の子の名前。


 そして、その名を聞いて、誠司は、改めて今置かれている状況をかえりみる。


(それって、俺にができるってことか?)


 どうやら、母の再婚相手の葉一さんには、娘がいるらしい。


 しかも、すごく美人で、誠司と同い年の高校2年生。


 これは、あの漫画や小説でありがちな血の繋がらない義理の妹と暮らす、お約束のパターンなのだろうか?


 ということは、そのイロハちゃんに『お兄ちゃん♡』なんて、言われたりするのだろうか?


(どうしよう……)


 誠司は、頭の中でぐるぐると考える。


 だが、無言のままけわしい顔をしていると、母の優子が、不安げな表情で、こちらを見つめているのに気づいた。


 朝食に手をつけることなく、じっと誠司の返事を待つ優子。


 この返事一つで、母の未来が決まる。


 だが、家族になるとはいえ、同い年の女の子と、ひとつ屋根の下に暮らすのは、どうなんだ?


 誠司の脳裏のうりには、先日、読んだハーレム系のラブコメ漫画のことが過ぎった。


 確か、その漫画の主人公も、今の誠司と同じ状況だった。


 親の再婚で、一緒に暮らし始めた同い年の女の子と、ドキドキで、少しエッチなハプニングが、昼夜、問わず訪れるのだ!


(お、おちつけ! あれ漫画だから! てか、俺、彼女いるし! 彼女一筋だし!!)


 誠司は、ブンブンと頭を振り、よこしまは感情を吹き飛ばした。


 いくらなんでも、そんな漫画みたいな展開が訪れるわけがない!!


 だが、最近、彼女がないのも確かで、今、そんなことを考えてしまうのも、彼女への不満が少なからずあるからだろう。


 ずっと変わらない彼女との関係。

 いつもと変わらない日常。


 それに、飽き飽きしているのも、確かで──


(兄妹か。……まぁ、悪くないかもな)


 この先、ずっと変化のない毎日を過ごしていくよりは、いいような気がした。


 葉一さんやイロハちゃんと暮らし始めたほうが、この刺激のない日常も、少しは華やかな毎日へ変化するかもしれない。


 誠司は、そう思うと──


「いいよ」

「え?」


 すると、優子が大きく目を見開き


「い、いいの?」


「うん。この家、二人で住むには広すぎるし、部屋もあまってるし。子供一人くらい、イイんじゃね」


 平然と返せば、優子は、ほっとしたように瞳をうるませた。


 父のことを考えれば、色々複雑だ。

 でも、これも全て、母さんの幸せのため──


「ありがとう、誠司……じゃ、早速さっそく、葉一さんにも話して、今夜にでも顔合わせしましょう!」


「え!? 今夜!?」


 だが、そう言って、淡々と進めていく母を見つめながら、誠司は驚きつつも、また食事をとりはじめた。


 ほんの少しの期待と、不安を胸に抱きながら──

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