colorful complete.

雪桜

第1部

第0錠 色を売る少年

 

「お願い、早くして……っ」


 夕暮れのホテルで、女がつやめいた声を発した。


 スーツ姿の女は、キャリアウーマン風のキリリとしたの風貌の女だった。


 大きな企画を成功させ、仕事は順風満帆。


 その上、結婚の予定も決まっており、まさに人がうらやむような恵まれた人生。


 だが、あろうことかその女は、突然、少年をホテルに連れ込むと、目に涙を浮かべて懇願こんがんしてきた。


「お願い、早く……早くッ」


「………」


 そして、そんな女を見つめ、少年があわれむような視線を向ける。


 高校からの帰りなのか、ボルドーの制服に身を包んだ姿は、とても妖艶ようえんで美しかった。


 整った顔立ちに、吸い込まれそうな黒曜こくようの瞳。


 そして、ほのかに紫に反射する髪は、まるで夜空のようにきらめき、その上、スラリと長いあしに、無駄な肉のない整った体躯たいく


 それは、服の上からでもわかるほどスタイルがよく、それでいて、色気のある体つきをしていた。


「お姉さん、もう終わりにした方がいいって、俺、言ったよね?」


 必死にしがみつく女を見つめ、少年がヒヤリとした声を発した。

 

 だが、その女は、少年を壁際まで追いやると、目に涙を浮かべて反駁はんばくする。


「そんなこと言わないで! これが、最後でいいから…っ」


 ホテルに入るなり、ずっと、この有様ありさま


 このままいけば、身を滅ぼすかもしれないのに、何度『ダメだ』と言っても、彼女はやめてくれないのだ。


「お願い……お願い、今日で終わりに……するから……それに、お金なら持ってきたの」


「………」


 非力な声が室内に響けば、少年は、スッと目を細めた。


 すがる女は、限界とばかりに声を発していた。


 まるで、少年がいないと、生きていけないとでも言うよう──


 すると少年は、あきれたように肩をすくめると、その後、不敵な笑みを浮かべて


「仕方ないなぁ。そんなに欲しいなら──俺の、売ってあげる」


 それは、凍えるほどに美しく。

 まるで、人々を魅了する悪魔のようでもあった。

 

 












 ─ colorfulカラフル complete.コンプリート


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