第6錠 妄想と嘘


「誠司ー! どうだったー!」


 次の日、誠司が学校に行くと、教室の中では、友人たちが待ち構えていた。


 わらわらと誠司の周りに集まる男子たち。そして、彼らは、明らかに誠司からの報告を待っていた。


 そう、昨日話した、イロハちゃん(妹)についてだ。


(……マジで、どうしよう)


 そして、その光景を見て、誠司は絶句する。


 言えない!!


 イロハちゃんが、実は『男』で『彩葉くんでした』なんて、絶対言えない!!


 なにより、言ったら笑い者だ!

 確実に、バカのレッテルをはられる!


(あぁ、どうすればいいんだ……!)


 この危機を、どう乗り越えるべきか?

 誠司は必死なって考えた。たが、そこに


「なぁ、イロハちゃん、どうだった! やっぱ美人だった!?」


 と、友人たちは、野次馬やじうまのごとく詰め寄ってきて、誠司は、顔を引きつらせながら答えた。


「あ、あぁ……美人、だった…かな?」


 うん。嘘は言ってない。


 悔しいが、顔は綺麗だった。

 確実に、女にモテるタイプのイケメンだった。


 そこは、認める。

 だが、性格は悪いと思う。


 今、思い出しても腹が立つ。

 あの、人を小馬鹿にしたような態度!


 なにより、これから家族になるのに、もう少し愛想良くできないのかよ!?


 つーか、いきなり押し倒して腹見るとか、アイツもおかしいだろ!?


 なんで、こっちだけ変態扱いされなきゃならないんだよ!?


(あー、ムカつくぅぅ!!!!)


 昨日のことを思い出し、誠司は、イライラと顔を引きつらせた。しかも、あの後の夕食のことを思い出したから、余計に腹が立ってくる。


 実は、あの後──



 ***



『彩葉ちゃんは、誠司の隣に座ってねー』


 誠司と彩葉が一階にいくと、優子と葉一は、先に四人掛けのダイニングテーブルに腰掛けて待っていた。


 目の前には、二人で仲良く作ったであろう料理が並んでいた。豪勢な家庭料理だ。


 だが、仲が良いのは結構だが、仲が良いばかりに、隣同士に腰掛けた親たちによって、彩葉が座る席は、自動的に決められていた。


「…………」


 そして、そんや優子の言葉を聞き、彩葉は、何か言いたそうに誠司をにらみつけた。


 言いたいことは、すぐに分かった。


 『誠司コイツの隣に座るのは嫌!』とか、そんな感じだろう。


(俺だって、嫌だわ……!)


 あからさまに嫌悪感を抱かれ、誠司はこめかみをピクリと引くつかせた。


 だが、決められてしまったものは、仕方ない。

 それから誠司と彩葉は、仕方なくテーブルについた。


 だが、そのあと、優子がこちらの空気など一切読まず、彩葉に語りかけた。


「彩葉ちゃん、誠司と仲良くできそう?」


「…………」


 斜め向かいから放たれた言葉に、彩葉がだまりこくる。

 すると、その横にいた誠司は、心の中で激しくつっこんだ!


 母さん!

 相変わらず、空気読めてない!!


 仲良くできそうどころか『最低』呼ばわりされた挙句、部屋への入室禁止を言い渡され『殺す』とまで言われたんだけど!?


 そんなんで、仲良くなんて出来るわけ──


「うん。誠司君が、いい人でよかったよ」


「!?」


 だが、次に放たれた言葉に、誠司は硬直する。


「よかったー。誠司、いい子でしょー」


「そうだね。優子ちゃんの育て方がいいんだね?」


 ──どの口が言うんだ、お前!?


 見惚れてしまいそうな綺麗な笑顔を浮かべて、にこやかに優子と話す彩葉。だが、それを見て、誠司は更につっこむ。


 お前、俺の時と態度ちがくね!?

 なんだ、その笑顔!?

 二重人格なの!?


 しかも、あろうことか、優子ちゃん!?

 なに、人の母親、馴れ馴れしくよんでんの!?


「誠司ね、昔は、少しやんちゃしてたんだけど、本当は優しくて、とってもいい子なの! きっと、彩葉ちゃんとも仲良くなれると思うわ!」


 いや、母さん、やめて!!

 いい子とかいわないで!?


 こいつ、絶対、腹の中で嘲笑あざわらってるから!?


 てか、母さんのいい子の基準、絶対まちがってる!


 母さんがいい子だと絶賛してた「彩葉ちゃん」

 こいつ絶対、腹黒いぞ!!


 そんなこんなで、ほんわかとした両親とは対照的に、ひんやりとした雰囲気の息子たち。


 結局その後、誠司は彩葉と会話することは一切なく、せっかく豪勢な料理を作ってくれたのに、味もよく全く分からない、なんとも居心地の悪い夕食となった。



 ***



(てか、母さん。絶対、あの彩葉にだまされてるよな。でも、今さら、再婚、考え直してくれなんて言えないしなー…)


 にこやかに母と会話を弾ませていた彩葉を思い出し、誠司は眉をひそめた。


 いつの間に、あんなに仲良くなったのか?

 もう既に、優子を懐柔かいじゅうしているであろう彩葉。


 父親の葉一さんはすごくほがらかで良い人なのに、なんで、あの父親から、あんなひねくれた息子ができあがったのだろうか?


(しかも、来週には引っ越してくるとか言ったし…)


 今更ながら、なんで、あんな安直な考えをしてしまったのだろうか、誠司は深くため息をついた。


「どうしたんだ? イロハちゃんの前で失敗でもしたのか?」


 すると、深くため息をついた誠司をみて、友人の翔真しょうまが話しかけてきた。


「いや、そういうわけじゃ……っ」


 いや、正しく、そうだよ!

 完全に失敗してるよ!!


「なぁ、誠司! イロハちゃん何系だった? 明るい子? それともツンデレ?」


「え? どちらかといえば……ク、クール系?」


「マジかー、いいじゃん! クールで美人な妹!」


「羨ましい~」


 どこがだよ!?

 だから、男なんだよ!?


 羨ましがること、一切ないんだよ!!


 だが、そんなこと言えるはずもなく、誠司は言葉を呑み込む。


(だめだ。もう、男とか言える雰囲気じゃない!)


 これはもう、なにがなんでもだということにして、隠し通さねば!


「お前、風呂上がりのイロハちゃんみて、欲情するなよー」


「するかぁぁぁ!?」


 だが、あまりの発言に、つい大声を出してしまった。


 だってそうだろう!

 男の風呂上がりなんて見ても、なんの喜びも感じない!


「いやいや、お前、美人でクールでセクシーな妹だぞ!? 風呂上がりとか、やばくね?!」


「分かるわー、足が綺麗なら、なおよし!!」


「風呂場でばったり鉢合わせするとか、お約束だもんなー」


「あーあるある! あと、朝、目が覚めたら、なぜか同じベッドで寝てたとかな!」


「……………………」


 いや、ゴメンな、みんな。


 お前らの頭の中は、きっとピンクな妄想でいっぱいなんだろうけど、俺は、全部、に直結するから、いっさい萌える要素を感じない!


 むしろ、なにそれ、ホラーなの!?


 美少女な妹が、美少年な兄に変わっただけで、こんなにもラブコメの主人公から遠ざかるとは!


 しかも、主人公どころか、兄と不仲という、壮絶な日常生活がこれから始まるわけだ!


(うわぁ、もう……俺がなにしたって言うんだ……!)


 誠司は、自分を取り囲み、楽しそうに雑談を繰り返す友人達の前で、頭を抱えた。


 だが、そこに──


早坂はやさかー」

「……!」


 突然、誠司を呼ぶ、別の声が聞こえた。


ひびきが、呼んでるぞー!」


 クラスメイトの言葉に、誠司が教室の入口に目を向ける。すると廊下から、ひょこっと顔をのぞかせながら、こちらを見つめている女子と目があった。


 それは、誠司の彼女でもある『ひびき セイラ』だった。

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