素材屋の師匠と弟子と宿題と。

蒼生光希

第1話

「ただいま戻りましたー!」

「おかえり」

 小屋に入るなりルディは大きな荷物をどしん!と床に下ろした。あまりの重量に小屋が震える。14歳の少女のどこにそんな力があるのか、事情を知らない者は首をひねるだろう。

 寒気にあてられ、両頬は赤くなっているものの、大荷物を運んだとは思えないほど少女は余裕がありそうだった。まんまるい緑の目が爛々らんらんと輝いている。


「あー! あったかい部屋って幸せですね師匠!」

「はい、広げて」

 彼女の師匠、セレイスはねぎらうでもなく容赦ようしゃなく言う。長身の美女は歳の頃30くらい、黒づくめの服を着た上に黒い長衣を羽織っている。一方のルディは全体的にもこもこしていた。フード付きのコートは氷クマの毛皮から作られたもので、ズボン、ブーツが体を包み、顔以外は寒気が入り込む隙間がない。雪山向けの装備だ。


「えー早速ですかー?わたし5日も山にこもってたんですけど! もっとこう、『がんばったね、あたたかい飲み物でも出してあげましょう』とか『すごいルディ!ぎゅーしてよしよししてあげる』って展開は」

「ない」

「うう……」

 ルディはフードをとる。短い髪があちこちはねているのを気にすることなく大きな麻布を広げ、荷物の中身を並べ始めた。セレイスは紙を持ってきて素材のチェックをする。読み上げるたびにルディの指が品物を指さす。

「ルセイアの実が20、氷クマの毛皮一頭分……この包みは?」

「氷クマの肉です!師匠、お好きでしょう!持ち帰りましたよー重かったけど!」

「礼を言うのはチェックが全部終わってからにするわ」

「冷たい……吹雪の夜より冷たい」

 仕事第一の師匠は目を光らせる。

「雪山ジカの角一頭分、それと、ルルリカケス草の青が20、赤が……」

 そこでセレイスの手が止まった。


「ルディ」

「はい?」

「ルルリカケス草の赤が見当たらないんだけど」

 フキノトウに似た草についた実は全て青だ。

「えっ赤もでしたっけ」

 ルディは慌てて懐から紙を取り出し、

「あっ、赤と青、間違えました!」

 どこまでも元気よく言う。冷たい師匠の視線もどこ吹く風。彼女は基本的にお調子者で明るいのだ。


「ルディ」

「はい」

「納品は3日後なんだけど」

「はい」

「私達素材屋の営業方針を言ってみなさい」

「はいっ! 必要なものをスピード納品!真心こめて用意させていただきます!」

「そうね。それでこの間は雪山ジカと雪山ギツネ間違えたわよね」

「……あ! 実はその採ってきたルルリカケス草の青い方がレアで難易度高いとかそういうオチは」

「ない」

「ない、かぁー! たはー! こいつぁ残念ですぅ!!」

 おでこをぺち、と叩くルディ。師匠のリアクションはない。沈黙が広がっていく。

「必要なものをスピード納品、真心こめて用意する素材屋のあなたは、このあとどうするのかしら?」

 腕組みをするセレイス。小屋は重い空気で満たされる。

「……ししょおー、わたしぃ雪山の景色飽きたんですけど2日くらいゆっくりさせてもらえませんか」

 セレイスの眼光がいっそう鋭くなる。ルディは敏感に師匠の機嫌を察した。

「……明日採りに行きます」

「よろしい」

「そんで、奥からスープと肉のいいにおいがするんですけど」

「荷物片付けてから夕食よ」

「やったぁあー! 師匠のあったかいごはんんんー!」

 うきうきしながらルディはあっという間に片付けて夕餉ゆうげの席に着く。暖炉の火が彼女の顔を照らした。


 セレイスはさりげなくルディの様子を見ていた。怪我はしていないらしい。回復魔法は必要なさそうで胸の中でほっとした。

――まったく、この子はどんどん強くなる。



 一夜明け。

「それでまたエルゾワさんに行かせたのか」

「そう」

「かー! 鬼だねぇあんたも」

 村に唯一の商店の主、ゲルドはカウンターの向こうで禿頭とくとうをぺちん! と叩いた。


「別に納期はズラしてもよかったんだぜ?」

 店主は腹をなでる。子供でもいるかのように優しい手つきだが、もちろんただの太鼓腹だ。

「よくない。厳しくしないと」

 セレイスは椅子にかけ、ゲルドが出してくれた温かい葡萄酒をちびちびと飲みながら言った。美味しさに軽く息をつき、また次の一口を。表情には出ないが彼女なりに楽しんでいる。



 この極寒の村の住人は体を温めるために酒を好んで飲む。酒はよそから買い付ける。その代わりにこの村が売っているものがあった。

 夏涼しい中育つ野菜、湖で獲れる魚――そして何より、あたりを取り囲む山々が育む魔法の素材だ。雪山の動物の毛皮は炎の魔法に強く、魔草と呼ばれる植物は火傷やけどを癒し、炎への耐性を強くする。

 寒い時期ほど良い素材がとれる。採りすぎないよう自然と対話しながら素材を集め、商店に卸す。それがセレイスとルディの生業なりわいだった。そこから先は子供と年寄りが素材を加工し、商品にする。商店には氷クマの毛皮で作ったコート、ルルリカケス草を元にした薬などが並んでいた。


 商店を出て集落を抜け、山々を越え、北東に延々と進むと魔王の城にたどり着く。昔封印された魔王はそろそろ目覚めるとか目覚めないとか。

 城周辺は魔物が多い。特に炎の魔法で攻撃してくる魔物が目立つ。名誉と城に眠る宝を求めて魔王の城を目指す者は後を立たず、必ず経由するのがこの村だ。彼らは商店、ひいては素材屋の世話になる。

 雪山の装備を買い揃え、寒さに凍え素材を集めるより、高額であっても商品を購入した方が時間と労力の節約になる。


 そんなわけでこの村は冬でも商売が続けられるのだった。

 

 ゲルドは妻特製のパウンドケーキをつまんだ。彼は甘党なのだ。ルセイアの実を刻んで入れてあるケーキは体力を回復してくれる。勧められてセレイスも口に入れる。再び手を出したところを見ると気に入ったらしい。


「――セレイス、ルディと二人で店を開いたらどうだ。卸してくれるのはありがたいか、うちに入れる手数料もあるんだぜ?」

「私、接客は向いてないわ」

「ルディなら」

 あの子はお前とは違って明るく育ったいい子じゃないか、という言葉をゲルドは飲み込んだ。幼い頃親を亡くしたルディを育ててきたのはセレイスだ。

 彼女の弟子、すくすく天真爛漫に育ったルディは村の人気者で、子供たちに慕われ、大人たちに可愛がられている。傍目はためにはわからないが、セレイスなりに愛して導いてきたからこそ今のルディがあるのだ。そんなルディの師匠に失礼な言葉をぶつけるところだった。


 ゲルドの胸の内を知ってか知らずか、セレイスは葡萄酒の入ったコップを回しながら少し遠い目をした。

「あのおっちょこちょいが直ればいいけどね。……それより彼女には役目があるもの。きっと次の春が来ればあの子は旅立つわ」

 寂しげに紫の瞳が揺らぐ。

「おい、それは予言か! ルディの未来が見えたのか!?」

 顔色を変えて立ち上がろうとする彼をセレイスは手で制した。その顔は店の入り口を向いている。

 二人の男がドアを乱暴に開けたところだった。


 二人組はゴーグルと目深まぶかにかぶったフードで顔を隠し、ズカズカと店内に入り、一直線にカウンターに向かってくる。

「いらっしゃい」とゲルドが声をかけるのを無視。一人がカウンターに入って店主に剣を、もう一人がセレイスにナイフを突きつけた。

 

「おい! ここに黄金の魔草があるだろう、よこしな!」

 カウンター奥のガラスケースに目当ての物が飾ってあるのを強盗は目ざとく見つけた。

 村で一番希少な黄金ルルリカケスの魔草。炎魔法だけでなくありとあらゆる状態異常を直す素材は「神からの贈り物」と呼ばれ高値で取引される。ゲルドはやれやれ、といった表情でガラスケースを開けようとする男を見ていた。

 もちろんそんな高級品のケースがやすやすと開けられるわけはなく。

「いって!」

 剣を持った男が電撃の走った手を抑える。

「くっそ、封印されてやがる! おい店主! ケースを開けろ」

「金貨10枚だ」

「なんだと」

「金がないなら魔法証文でもいいが。……期限は一年でいいぜ」

 魔法証文は商人が得意とする魔法で、後払いを可能にする代わりに期日を過ぎれば相応の物を強制的に奪い取られる契約魔法だ。

 金のない連中にはありがたい申し出だろう。だがそれを受け入れるには二人とも頭に血が上りすぎていた。


「ふざけやがって……状況わかってねぇのかこのオヤジ! さっさと魔草を出さねえと女を殺すぞ!」

「おら、勇者さま二人に高級品を差し出せ!」

 店主が怯えるどころか呆れ顔で肩をすくめたので男たちは激昂した。雄叫びと共に剣が店主に振り下ろされ、ナイフが素材屋を襲う。


 悲鳴をあげてくずれ落ちたのは強盗たちの方だった。

「なんだこれ!?」

「どうなってやがる!」

 彼らに傷を負わせたのは彼ら自身の武器だった。奇妙なことに伸ばした腕が肘のあたりで途切れ、その先の手は互いの体に怪我を負わせていた。剣を差し出した男の首筋にはナイフが、ナイフを振り払ったはずの男の腹には剣が刺さっている。空間を操る高度な魔法だった。


「勇者崩れが」

 魔法の主――黒い毛皮を着た美女が小さく舌打ちをする。凍りつくような冷たい視線。

 セレイスはこういうやからがいっとう嫌いだった。犯罪に手を染めておきながら勇者だ冒険者だと自分たちを正当化する。自分が過去に散々苦労し、泥水をすすり怪我を治療し合い、疲労しながら戦い続けて進んだ道程どうていを踏みにじられるのには我慢がならない。

 ゲルドは軽く肩を回した。

「やめとけお前たち。そこにいるのは魔王を封印した勇者一行の一人だぞ」

 強盗たちの表情が固まる。

「まさか……魔法使いセレイスか!?」

「そうだ。そしてお前たちここまでだな」

 怪我の痛みで動けない近くの男に店主の拳が一発、ガツンと落ちる。慌てて逃げようとした男も鉄拳をくらって気を失った。


「怪我は……ないよな」

「ええ」

 魔法使いは毒気を抜かれたように、すうっと無表情に戻る。

「もうちょっとやりあってもよかったのに」

「やめてくれ、店が壊れる。……あーあ、血で床が汚れちまった」


 騒ぎを聞きつけてゲルドの妻が奥から出てきた。状況を察し、荒縄で二人の強盗を縛りにかかる。慣れているからか夫に似た呆れ顔だ。

 一部始終を見届けたセレイスはようやく立ち上がった。

「帰るわ。ついでに自警団に声かけとくから」

「おお、ありがとな!」

「また来てね」

 魔法使いはひらひらと片手を振って出て行った。

「馬鹿だねぇ、セレイスさんに喧嘩売るなんて」

「だな」

「まぁ、あの人もずいぶん丸くなったもんだよ。昔はあの手のやからは瞬殺して村のみんなで後始末が大変だった」

「そうだな」

 ゲルドは上の空で返事をした。

 セレイスをルディが上手く育てたと思っていたが、ルディの存在が彼女を変えたのかもしれない。




 その頃。

 無事に赤ルルリカケス草を収穫し終えたルディは、夢中になって黄金のルルリカケス草を掘り起こしていた。レアな魔草だ。根まで丁寧に、丁寧に。


「やった!」

 十分後、白い息と共に歓喜の声を上げ、ルディは魔草を穴ぐらに持ち帰った。

 綺麗に掘り起こせた。きっと高値で売れる。師匠も喜んでくれるはず! さあ、山を降りて家に帰ろう!

 「もうひっとがんばりー♪ あとちょっとでまたあったかい部屋に戻れるぅー♪」

 大きな荷物を背に、元気よく歩き出したところで何かにひっかかって派手に転ぶ。

「あいたっ!!」

 振り返ると、雪山ジカの脚がこんもりした雪の山から出ている。血痕があたりに点々と落ちていた。まだ新しい、ということは。


 グオオオオ!


 あたりに響く咆哮ほうこう。氷クマがルディの背後に迫っていた。獲物を盗られたと激怒している。

「だよねー」

 冷気を吸い込んだ獣は、青白い光と共に口から氷魔法を発射。


「氷漬けは勘弁だよぉー!」

 ルディは横に飛び、荷物を遠くにぶん投げる。続けて後方にくるくると回転して氷魔法を避け切った。常人ならざる動きは長年鍛えられた賜物たまものだ。頭の中に村人たちと師匠の教えがよぎる。


 夏山と違って大きな音の出る攻撃は雪崩を誘発するからダメ。弓矢は今投げた荷物の中だ。ならば。

 はぁ、と白い吐息を漏らして魔力を集中。突進してくる氷グマをまっすぐ捉える。

『外装展開――紅蓮獅子グレンシシの鎧!』

 赤いオーラが全身を包み込み、ルディを勇ましい重装備の騎士へと変えてゆく。


「はぁあああっ!」

 少女は光の速さで獣の懐に潜り込むと、炎をまとった拳を突き出した。

 



 日が傾きかけた頃。

「今度こそ、帰るぞー!」

 氷クマと雪山ジカを解体し終えた少女はようやく帰路についた。



 勇者一行が通りがかり、ルディと出会い、彼女が旅立つまで、あと1ヶ月という頃の出来事であった。

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素材屋の師匠と弟子と宿題と。 蒼生光希 @mitsuki_aoi

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