リバーシ

 <2-3>


かいー、衣装間に合うー?」


 二人だけの広い教室で、らくの通る声が余計に響いた。けたけたと笑う彼の声が快の背中にぶつかっては落ちる。


「まあ、間に合わなくてもー?今回のステージは学校行事だしサボれねーんだけどな」


 両腕を頭の後ろに回して楽はぼやく。快はミシンを掛けをしながら返事をした。


「衣装は問題ない。それに、俺らは新入生の相手をしなくていいから時間的焦りは一切ない」


 快の返答を聞いて楽はまた笑う。快の返答が面白くて仕方がないという様子だった。歪んだ口角が微上下を繰り返す。


「まあねー」


「ああ」


 無機質なキャッチボールは一回で終わった。快はミシンを掛け続け、その騒音は他の活動にお構いなく絶え間なく響く。


「なあ」


 そんな中、楽がおもむろに口を開いた。


「快見てると俺がサボり魔に思えてくるわ」


「実際サボってるだろ」


「うっ、いや今はね!?デザイン画はもう出来た」


「うん、それは俺も」


「生地も買って型紙も作ってある」


「うん、俺も」


「あとはミシン掛ければほとんど完成になる」


「うん、俺はもうやってる」


「う、うああああん!」


 言い分をことごとく一刀両断された楽は遂には叫んだ。


「快いい、俺の分もやってくれよおお!」


 楽は泣きながら快の肩にすがりつく。


「やめろ、ミシンズレる」


「それ!?」


「ていうか、今回のステージは学校行事。その意味わかるか?」


「は?」


「成績にも影響するから自分でやれ」


 それだけ吐き捨てるように言い切って、快は再びミシンに集中した。もう楽のことなど構ってはくれなかった。


「ぬおおおお!」


 両手で頭を抱えて苦悩する。その間、快は上着のミシン掛けを終え、傍に置いていたズボンを手に取って再び淡々とミシン掛けを始めた。


「その暇があるなら作業すればいいだろ」


 再度飛んでくる快からの冷たい風、にどうにか耐え、楽は快の隣の席に着いた。その様子を見て快もやれやれと思っていたとき、来客者は現れた。


「すんませーん、楽……白川いますかー?」


 赤茶の癖っ毛にまんまるの瞳、Vの字に上がった口角。


「一組の月代さかやきか?どうした」


「赤花」


 声に反応した楽がぴょこんと顔を上げる。つまらなくて耐えられない『作業』という名の苦痛から逃げる気満々なことは明らかだった。


「楽、お前なあ」


「どうしたのどうしたの赤花ー!!」


 一目散に駆け寄っていってしまう楽に、快は複雑な顔をした。


「おい、楽」


 快の声など少しも耳に入らない様子の楽に、快は溜息を漏らす。


「赤花〜!どうしたんだよお〜、こんなとこまで」


「いや、ちょっと放送のことで連絡があってさ」


 そう、楽と赤花の接点は、放送委員会だった。クラスこそ一組と四組という両端だが、委員会という場で親睦を深めたらしかった。


(俺とだって全然通じ合わないのに、本当おかしいよな)


 快の心境などつゆ知らず、楽は赤花とわいわい騒いでいた。


「じゃっ、快ー、あとはよろしくー!新入生来たら適当にあしらえよー?」


「お……は、はあ!?」


 二つ返事で返そうとしてしまった快が叫ぶ。驚愕のあまりミシンにかけていた布を思い切り引きつけてしまう。対極に引かれた布切れは、ミシンから剥がされただのボロ切れとなった。


「あっ……」


 快が気付いた時にはすでに遅く、上下運動を量産する針が、動かない布の一点に一生懸命糸を通しては抜いていた。ひたすら規則的な機械音だけが虚しく教室に浮く。


「マジか……あー、くそ、楽!」


 快が顔を上げたとき、教室は彼だけの空間になっていた。


「いつの間に……あいつ」


 楽の姿はおろか赤花も見当たらない。急激な脱力感に襲われて、快はガタンと腰を落とした。


「本当、もうキツイわ、いい加減」


 一人呟く快の言葉が言霊ことだまとなるか否か、誰にもわからない。快の気持ちなど、楽にとって眼中にないようにも思え、また一人で気持ちに陰を落とす。


 ***


「赤花ー、まーじで助かったわー!」


「もう、またそんなこと言って〜、黒田と仲悪いのかよ」


「んーにゃ、そういうわけでもねー……と思う」


「何だそれ。はっきりしない関係なのかよ、同じグループのくせに」


「はは、まあな。あ、赤花は仲良しの友達だぜ?」


「うーわ何だそりゃ。自分のグループの奴との仲が曖昧って言うような奴に仲良し呼ばわりされてもなあ?しかも同じ委員会ってだけだし俺は」


 普段から毒舌な赤花だが、楽には通じないと悟った頃から、意図的な嫌味は言わなくなった。つまりは、おちょくり甲斐がなかったのだ、楽は。


「いやいや赤花はいい奴だし」


「黒田のがよっぽど『いい奴』だけどな」


「快ねえ」


 そう言うと、楽は天を仰いだ。四月も始まったと言うのに、入学式の今日はあいにくの天気になるらしい。今夜は、雨だ。


 ***


「快」


「あ?ああ」


(どれくらい経ったんだ)


 ぼけっとほうけていた自覚はあった。そんな中、聞き馴染み始めていた声に、快は起こされた。日常生活を共に過ごしていると言っても語弊はない。声の主は、快の寮でのルームメイト、嵐山郁人あらしやま いくとだった。


「郁人、か?」


「おーよ。どうしたんだよ、様子見に来たらその有様ありさまだ。らしくない」


「『らしい』、ね」


 快は再び気を抜いた様子で椅子の背もたれに体を預ける。息を長く吐き出し、目をつむるる。


「おい快。お前大丈夫かよ?だいぶ疲れ溜まってんじゃねーの」


「いや、溜まる疲れなんてねーはずだし、違うな」


「……あいつがいつも一緒じゃ、溜まんねーもんも溜まってくるだろうよ」


「ん?」


「いや、なんでも」


「郁人ー、どっちがどうだ。新入生、来そうか?」


「は?あ、ああ。うちも受け入れしてないから、新入生」


「え、あ、どうだったのか。エスニ((:エスニカーニバルの略称))も侵入団員募集はしてなかったか」


「おう。ふはっ、うちにこれ以上人増えたら大大大混雑だよ。グループ崩壊するかもな」


 ははは、と軽くあしらうように郁人は笑い飛ばした。彼もその優しい笑顔は、快のだけに向けられていることに、快はまだ気付いていない。


(リバーシ!!が、これからも明るい未来を進んでいけるように)


『らしく』もない願掛けをして、窓の外を眺めてみる楽だった。




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花空開花プロジェクト 雪猫なえ @Hosiyukinyannko

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