ターミネートシンドローム

 華やかで鮮やかで優しさに溢れるさくらの花が、特有の温かい空気の中でひらめいていた。3-1で待機しているのは、アイドル科の中でも異彩を放つ個性派ユニット、「ターミネートシンドローム」。


「がーっ、今年ももうこーんな季節かよー!!」


 肩につくか否かほどの長髪をハーフアップに束ねてぼやくのは、去年の新入り、詰まる所二学年の柴田爆しばた ばくだ。薄紅色の淡い薄紅色、しいては桜色のその髪の雰囲気にはとてもそぐわない彼の性格は、よく言えばやんちゃ、悪く言えば横暴だった。


「爆、そう言わないで。君だって去年はそんな新入生だったんだよ」


「はん!ガキと一緒にすんじゃねーよ!いくらリーダーでもブチ切れっぞあだあっ!!」


 言葉尻にかかって悲鳴をあげる。爆が凄まじい剣幕で振り向く先には、彼に先輩が。爆は盛大に舌打ちをして言葉を噛み付かせる。


久遠くとおセンパーイ。俺様、そうやって見下されんの、超〜不快で大っっ嫌いなんすけど〜?」


 ヤンキーを思わせる言い回しと共に爆はゆっくりと立ち上がり、久遠とつらを合わせる。依然として落ち着いている久遠は、ターミネートシンドロームの副リーダーだった。


「ほう、お前が俺にそんな口を聞いてもいいと思っているのか、爆」


「ったりめーだ!先輩ったって一個上だし、つーか先輩なんて何の威厳もクソもねーんだよっ!ああん!?」


「翔涙、タミネ(ターミネートシンドロームの通称)はいつからこんなお粗末な集団になったんだ?」


 久遠の一声で、ふわふわとした黒髪を震わせて腕組みを解いたのは、タミネのリーダー、成田翔涙なりた かける。彼は着席したまま一部始終を見届けていた。


「ふふっ」


「翔涙?」


 翔涙は一言、笑ってそのままだった。少しの静寂の後、再び開口した。


「仲が良いね」


「はあ、翔涙。お前は相変わらずの節穴眼だな」


「そうかい、久遠?」


「あったりめーだろ馬鹿野郎!俺様と久遠のどこ見れば『仲が良い』になるんだよ!」


 久遠の後方から爆が再び騒ぎ出す。『翔涙、失礼』と捨て置き、久遠は爆の方へツカツカと歩み出した。


「ふふふ、これはまた賑やかになりそうだ」


 翔涙が一人そう言っていたことを、爆も翔涙も誰も知らない。


 ***


「やあやあ新入生諸君。我々はアイドル科随一の異才を誇る『ターミネートシンドローム』だ!」


 数週間前までは中学の制服に身を包んでいた初々しい青年たちを前にして、翔涙は両の手を高々に広げて叫んだ。登場早々、しいては開口一番に放たれた言葉に圧倒され、新入生は例外なく黙り、会場内は一瞬の静けさに包まれた。その様子を挙中きょちゅうに握るように翔涙は不敵に微笑むのだ。


「ふははは!お前たち、この花幸学園に入って、今はさぞ浮かれ、夢や希望に心踊らせている者が大半なのだろう」


 魅入ったように唖然とする一年生。


「しかしだ!我らターミネートシンドロームにかかれば、どんな希望も願望も期待も夢も!粉々に崩れ、消え去ることであろう!」


 不安そうな顔、覚えきった表情、呆れた様子、睨みつける視線、それらが並ぶステージのもとは、翔涙にとってはピラミットの最下層のようなものだった。


「我々に壊されてしまうことを恐るならば……這い上がってくるがいい!!」


 左右で異色の瞳を大きく見開き、勢いよく右手を前方へ差し出した。


「さあ!我の手を取るものは!」


 場内は完全なる静だった。


 彼を除いては。


「おい待て、きなこっ!!」


「はいはーい!」


 濃いブロンドを弾み上げて起立したその青年は、小花のような笑顔だった。あどけない少女のようなその子は、額縁の中に突如現れたムーブメント、すなわち異端だった。軽快な足取りで進み出したその子は動作の一連ので、ステージ上に跳び上がったのだ。


「ふふっ、君たち面白いですね!お仲間に入れて欲しいですー」


「ほう……今年はなかなか骨のある者がいたようだ」


 観客たちは動くことも出来ずに静かにざわめく、さざ波のように。そんな最中だった。


「きなこっ!戻って来いっ!」


「およよ?」


 きなこと呼ばれる彼は、キョトンと足下あしもとを見下ろす。ステージの正面からターミネートシンドロームを見上げていたのは、鮮やかな青い髪の青年だった。


綺雷きらー!やほやっほー!」


 呑気な素振りで、きなこは手を振る。その様子から、青髪の青年とは親しい間柄に見えた。


「きなこ、お前いつかはやらかすと思ってたけど、こんな時にかよ!?」


 困り果てた様子で、彼はきなこに問いかける。


「んもー、失礼なー!誰が何をやらかすってー?僕は、自分に素直に行動してるだけだよー!」


「それが!原因だって言うんだよ!」


 突如始まった二人の口論とも取れない言い合いに、新入生たちは困惑に色を見せる。徐々に統率の取れない空間と化していく体育館。そして遂には、王様が見兼ねたようだった。


「静まれっ!!」


 まさに鶴の一声にふさわしい響く声が会場の真ん中一線を通った。


「この会場は、今はタミネの空間だ。誰にも邪魔はさせない」


 再び空気は冷たく死んだように落ち着いた。


「さあ、有志よ、いざ我等の世界に。そして、ようこそターミネートシンドロームへ」


「わあー、なんかすっごいことなってる??」


「きなこ!わわっ!」


 きなこを危惧してステージに駆け寄った綺雷は、爆に引き上げられた。


「テメー、黙って聞いてりゃごちゃごちゃうるっせーんだよ!」


「ひいっ!?」


「爆、手荒な真似はよしなさい、彼は俺たちの場所まで上がってくる意志はないようだろう」


「チッ!」


 久遠の助言で、綺雷はどさりとステージの床に落とされる。


「ってー……」


 荒い痛みに顔を歪める綺雷に、ふっと影が落ちた。


「綺雷、大丈夫?」


「きなこ……誰のせいだと思って」


「んー?」


「綺雷、と言ったかそこの青年よ」


「はいい?」


 綺雷が声の主に視線を合わせる。見ると翔涙が綺雷を見据えていた。


「まあ、はい」


「では、綺雷。君はターミネートシンドロームに入団する気はあるのかな?」


「は……」


 突然持ちかけられた案件に、綺雷は言葉を詰まらせる。


「それ、は」


「わー!いいじゃんいーじゃーん!!綺雷、一緒にタミネに入ろうよー!」


「きなこ、お前わかってて言ってんのか?」


「何をー?」


 あまりに危機感のないきなこに、綺雷は説明を加えた。


「『ターミネートシンドローム』が悪役ユニットだってことは、アイドル界では有名なことだろうが!!」


 綺雷の怒号は静寂の中で一際大きく膨らみ、会場全体にまで響き渡った。新入生たちの間に不穏な空気が流れ始める。


「お前は、アイドル科に入んならそれくらい知っとけ馬鹿!!」


 綺雷が再び叫ぶとともに、ターミネートシンドロームの持ち時間の終わりを告げるブザーが鳴った。


 ハッとして音の方向を見向く綺雷ときなこに、翔涙が言った。二人にしか聞こえないような声だった。


「まあ、いい。我々の仲間に入る覚悟が決まったのなら、三年一組の教室に足を運ぶといい。待っている」


 生徒会長の司会で、ターミネートシンドロームの紹介時間は幕を閉じた。


「ははは、楽しみにしているよ、迷い羊たち」


 ***


「きなこ!お前は正気かよ!?」


「うるさいなあ、行くって言ったんだから行くに決まってるじゃん?」


 新入生歓迎会が終わり、退場した後に出た後の廊下で、綺雷はきなこの腕を掴んでその場に引き止めた。叱責の念の合間に、心配が見え隠れしている。


「心配いらないってー!言ったって公式のユニットなんだし、きっと何もないってー!」


「お前は……。少しは俺の気持ちも」


「あっ!HR《ホームルーム》始まるよ!行こ!」


 言うが早いかきなこはそのまま走り出した。


「ちょっ……はあ、クラス離れちまったのは、吉と出るか凶と出るか……」


 大きな不安を抱えたまま、綺雷ときなこの学園生活は始まった。


 ***


「こーんにーちはー!!」


 威勢のいい挨拶とともに、これまた勢いよく開かれた教室のドアは、開閉の限界点に達して盛大に跳ね返った。


「うっわあ危ない!僕の顔に傷でもついたらアイドル活動出来なくなっちゃう!」


 おどけた態度のきなこが計算なのか天然なのか、タミネのメンバーにはまだわからなかった。


「やあ、いらっしゃい。君は来ると思っていたよ、7割ほどはね」


 翔涙が柔らかめに微笑む。


「残りの三割はどうして来ないと思ったんですかー?」


「ふふ、君の騎士ナイトが許さないで君を制してしまった場合だよ」


「騎……ああ、綺雷のことです?」


「そうだね」


「ケッ!あんな柔っちい奴、タミネには、俺たちには必要ねえ!むしろいい迷惑だぜ!」


「むっ、綺雷は柔っちくなんてないもん!」


「ああ!?言っとくけどなあ!テメーだってタミネにとっちゃ恥さらしも同然なんだよ!オンナみてーなナリしやがって!」


「えっへへー、可愛いでしょー?」


「頭イカれてんのかああん!?」


 次の瞬間に扉が再び開かれ、青髪の青年が息を切らして押し入ってくることを、まだ誰も知らない……いや、成田翔涙だけは、知っていたのかもしれない。


 彼の紫色の右目が、不気味な静寂に包まれて、三日月型に細められていた。

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