第6話 斬るもの、斬られるもの
真っ白な空間に包まれた。やがて、足元が河原になり、近くに水が流れるおとがする。そして、後ろから石を踏む音が聞こえる。
「おまえか?」
振り向かなくても誰が来たのか…分かっていた。この剣の持ち主、名もない剣士が現れた。俺を抜くのなら、俺の自由に刀を振らせろという、そうして、己の周り全てを斬り殺そうとする。
俺は過去に一度、この剣を使った。エレンもいたパーティだった。初めての仲間、俺たちはベテランのパーティに参加させてもらった時だ。安全な迷宮を探索するはずだったが、そこは予想外の悪魔が現れたのだ。圧倒的な敵の戦力に、パーティは混乱に落ちた。脱出も困難となり、進退窮まったその時、それは起こった。
俺が抜いた刀が悪魔を一刀両断すると、そのまま仲間たちにも襲いかかったのだという。気がついたとき、誰もが重傷だった。彼らがベテランだったから、死ぬ者がいなかっただけだった。皆、悪魔につかれたのではないかと、思ったという。俺自身も倒れ、一週間は意識がなかったという。
それから刀を封印し、俺は誰ともパーティを組まなくなった。
その封印を今、解く。
「斬りたいのは1つだけ、それ以外、彼女は斬りたくない!」
俺が後ろの剣士に声をかける。いつも後ろにいて姿を見たこともない。本当に人なのかもわからない。
「誰を斬るか、何を斬るかは、俺が決める!」
断言する後ろの声に淀みがない。
「ならば、この刀は抜かせない」
おれが刀を握る手の力を弱める。
「それならお前の女は死ぬな…」
刀から手を離すことが、できなくなる。
「どの道、あの女は死ぬだろう…」
簒奪者が彼女を殺しても、俺がこの刀で彼女を殺しても、同じ事だという。
「彼女の代わりに俺を斬れ!」
「お前に死なれると俺が困る。ほかに具現者がいないからな…」
剣士はどうしたものかと考えている。やがて、
「しかし、今回は面白い奴だ…」
「…」
「いくつもの魂を持っている」
どうやら、落としどころを見つけたようだ。
俺は意識を戻すと、カサンドラの足元を見た、左上、10時の方向から奴の影がくる。予想よりも左側だ。俺が素早く円の上を反時計回りに動く。
円の中に丸い色の無い影が入る。ゆっくりと少しずつ影が二人の円に入っていく。あと数秒で影が円の中心に達するとき、俺の立つ円周上のどこに影の外縁が達するのか、その位置が読めた。
彼女と俺の法線が重なる場所にアイツのコアがある。
距離2m、高さ30センチ、その一瞬に斬る。
自分の円周上に忍び寄る影を見つめながら、彼女の声を待つ。
外縁が彼女に位置に触れるほどに近づいてきた。カサンドラが息を吸うのが分かる。
俺は意識を再び、刀とシンクロさせる。
その時!
「今よ!」
彼女の鋭い声が上がった!
* * *
俺が刀を抜こうとする。しかし、刀が抜けない!
彼女の「いまよ」の「い」のタイミングで抜こうとしたが、後ろから声がする。
「まだだ!」
次の「ま」が聴こえたる。
刀を全力で力をかけているが鞘から僅かも動こうとはしない。
「よ!」
まだ動かない! やつのコアがずれてしまう。
「いや、まだだ。やつは斬られることを意識してわずかに後ろにいる」
“コアの中心、その砂粒のような一点を斬れ!”
そう声が聴こえた!
突然、鞘から刀が走り出した。刀は唸り声をあげて鞘を走る。動き出した刀はさらに加速していく。鞘から姿を現した刀が妖しげな光を帯びて、唸り声をさらに高く低く俺の身体中に響かせる。刀は自らをさらに加速させて、俺の意志を追い抜くかのように、前に前に進んていく。
目をつむったままでもわかる。瞼の裏に、奴の核のさらに奥にある小さな点がはっきりと見える。
刀は何を斬るべきかを知っている。
ただ、その一点を目指して雄たけびを上げて、全身を鞘から出そうと刀の加速は最高点に達した。そして、切っ先が鞘から抜けた瞬間…刀は最高速となり、空気を切り裂きながら、鞘から弧を描いてコアの一点を、雲鷹の速さで両断すると、あとに切り裂かれた空気の軌跡が白く断面のように残った。
カサンドラの掛け声がまだ空気を響きわたりきる前に、刀はすでに元の鞘に収まっていた。
カサンドラは俺を見て、なぜ刀を抜かないのかと思った。
彼女がもう一度下を見た時、あったはずの簒奪者の円は消えていた。
その間、一秒もなかった。しかし、俺には数分間に感じらえるほど、時間が圧縮していた気がする。
カサンドラは呆然と目の前から消えた黒体の姿を探した。しかし、あの恐るべき簒奪者の姿はどこにもいなかった。
気がつくと、俺は全身が痙攣するようにそこで片膝をついて、なんとか身体を支えていた。これだけで済んだのは、従属魔法で自分のレベルが異常に上がっていたためかもしれない。
「ロイド…、あなたが斬ったの?」
俺は肩で息をしながら、呼吸を整える。やがて、ゆっくりと立ち上がると、カサンドラを見つめる余裕ができた。彼女はこちらを見て答えを待っている。
“ああ、そうだよ。カサンドラ・エル・ルシード”
彼女は驚いた顔で俺を見つめる。それは一度も告げていない彼女のフルネームだからだ。
「ど…どうして? その名を」
きっと、君はそう質問するだろう。誰からその名前を教えてもらったのかって?
「君の仲間から聞いたよ。奴は君の仲間の魂も取り込んでいたのさ。奴を斬ったとき、仲間の魂も解放されたんだ」
彼女は目を見開いたま、指先一つ動かない。ただ、一筋の涙が彼女の頬を濡らした。
「すまない。カサンドラ。ハイ・エルフの唇は婚約者だけに許される決まりとは知らなかった。君の仲間から教えてもらったよ。」
彼女は呆気にとられた顔のままだ。
「彼女たちは、まあ、いいんじゃないかと。お堅い隊長にはちょうどいいと…」
おれがそう言うと、彼女は目を見開いたまま、耳まで顔を赤らめると、怒っていいのか、感謝してもいいのか、分からなくなって…
「ロイドの馬鹿!」
そういうと、彼女は横を向いて怒ったふりをした。多分、怒ったふりをしただけだと俺には思えた。
そうでなければ、今もこうして、二人で馬に乗って、一緒に並んで走っているわけはないのだから…。
えっ? なぜ馬車じゃないかって?
魂の簒奪者を斬った余波で、馬車も二つに斬れていたのだ。
カサンドラが少し怒りながら馬車に戻り、乗り込もうと馬車に触れた途端、大きな音を共に、彼女の前で馬車が綺麗に二つに分かれてしまった。
「ロイド!」
カサンドラが振り向いて俺を睨む。
「この馬車の弁償は、当然、あなたがしてくださいね」
はい! すみません!
「それと、その刀、やはり、あなたの言う通り、封印ね! 使用禁止よ!」
あーあ、カサンドラ、かなり怒っています。
「あなたは、わたしがいないと、レベル戻ってしまうし…一緒にいないと、ダメダメだから、仕方ないわね」
これじゃ、どっちがマスターなんだい?!
こうして、どちらがマスターか分からたない二人組パーティは、新しい冒険の旅を続けるのであった。
<第1部 終わり>
突然降ってきた僕のカノジョは最強説‼ 最弱彼氏が最強彼女をどう口説くのか? ルグラン・ルグラン @rufufuru
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