第5話 魂の簒奪者



「ロイド!」

 カサンドラが俺にぶつかる様に飛びついて、そのまま馬車から二人で道端へ落ちていく。視界から黒体がなくなり、身体の自由が戻る。しかし、背中から地面に落ちると、その上にカサンドラが落ちてきた。


「魂の簒奪者<ソウル・シーダー>よ」

 恐るべき敵らしいが、俺はカサンドラの胸が顔の上にあって、別の意味で死にかけていた。やわらかいマシュマロに包まれて、これが“魂の簒奪者”ならば悪くないと…。

「…」

 カサンドラも胸の下いる俺に気がついたのか、真っ赤な顔して起き上がると睨みつける。いや、俺は不可抗力だよ、無言でアピールすると、横を向いてむくれた。

「もう、仕方ないわけど…」

 気を取り直すと俺の手を引いて、さきほどの黒体から隠れるように馬車の後ろに回ると、現れた化け物について急ぎ説明する。


「あの黒体に目を合わせるだけで、身体の自由が奪われ、瞳から力を少しずつ抜かれるのよ」

 まるで、神話に出てくるメデューサみたいな怪物か。

「やつからは攻撃はないし動きも遅い。でも、確実に目標に近づいて黒体に取り込もうとするの」

 取り込まれる?

「視線を向けた生命体の動きを奪うと、黒体にふれた相手の魂を奪うのよ」

 動きが遅く、逃げるだけならできそうだが、このまま逃げてもこの周辺に犠牲者が出るだけだ。破壊するしかない。俺たちの手で!


 でも、見ないでどう戦う?

「やつは周りの魔力を吸い込むので、魔力偏移によって周囲の空間が色を失うの。やつを中心に色が消える領域が生まれるわ。その無色領域はほぼ黒体を中心とした球体で覆われ、その球体のまわりに色の無い影を地面に落とす。その円形の影を見て、およその中心の位置を予測して攻撃する。魔力は全て吸い込まれるから、物理的な攻撃しか効かないわ」

 下を向いたまま色彩異常の外縁から中心を予測する? かなり当てずっぽうな攻撃しかできないな。

「中心にあるコアを打たないと壊れないから…、実際にはどうしても一瞬見ることになる。魂が吸われる前にコアを破壊するしかないのだけど…奪われる前に動けるか…そこが生死の分かれ目ね」

 コアの大きさはどの程度なのかな?

「わたしの拳くらいかな」

 カサンドラの小さな拳をみせる。かなり小さいな…。それを見ないで斬るのはかなり難しい。

 


「あれが何体もいたら、倒すのはほぼ無理。でも、今は1体だけだから、わたしが倒すわ。それにパンドラ・グラスは、わたしの後ろにいた。前の空間から奴はわたしを標的にしている。」

 そう言いながら、カサンドラは刀を抜いた。自分のオリジナルは壊れてしまったので、街の鍛冶屋で一番、いいものを手に入れたが、アレを斬れるかどうかも怪しい。

「あれはわたしが呼んだの。わたしが責任をもって、相打ちでも始末する! ロイド、あなたは逃げて!」

彼女の声に力がないのがわかる。


 俺は彼女の両肩を強くつかむと、強引にこちらに引き寄せた。驚く彼女の顔が目の前にある。その瞳を見て俺が吠えた。

「だめだ! カサンドラ! 死ぬのは許さないぞ! 俺は君を失いたくない!」


 それを聞いてカサンドラが悲しく笑った。

「だめなの。二人以上で戦っては…あれが恐ろしいのは魂を奪うだけじゃないのよ。魂を操るのよ」

 奪う?

「そう、奪われたものは敵となって襲いかかってくる。同士討ちになるの…、わたしの部隊の半分は仲間同士の討ち合いで倒れたの。わたし…、あなたを殺したくない」


 それで一人で立ち向かおうとしていたのか!


「それなら聞くが、一人で立ち向かう時、君は奴がどちらの方向から自分に向かって来るか正確にわかるのか?」

 何も応えない。そうか…、そんな都合よくいくわけがない!

「君の予想する線上にのって、奴がまっすぐ来ればいい。それなら一瞬で斬れるかもしれない…」

 実際は、外縁でなんとなく方向はわかっても、最後は自分の目でまず奴の方向を探すしかない。その僅かな迷いが、君の身体の自由を奪うのではないのか?

「そうよ。その一瞬の間に、身体の自由は奪われるわ! だから、あなたには遠くに逃げてほしい」

 死ぬ気だったのか…、なおのこと、彼女を一人にはできない!


 時間がない! こうしている間に奴は近づいてくる。


「わたしのせいね。ごめんなさい。あなたをこんな危険に巻き込んでしまったわ。わたしのことは忘れてエレンのところへ戻って!」

 これで戻ったら、俺が一生後悔する! それなら

「ここで死ぬさ!」

「ロイド!」

「惚れた女に殺される。それも一興だ!」

 カサンドラは驚いて俺を見る。


「命を懸ける理由は、十分にある」


 俺はカサンドラの手を引いて、馬車から黒体と反対方向で平らな場所を探した。

「ここで二人で奴を斬る。君の協力が必要だ。標的なら必ず君を追ってくる。ただ方向はだいだいでしかない。カサンドラ、奴の影は円形で、その半径がどれくらいか分かるかい?」


“ほぼ2mだわ”


俺が最初にアイツを見た時、ほぼ30センチほどに浮いていた。



 俺は路上にカサンドラを中心にして半径2mの円で囲む。

「カサンドラ! 君はそこで動かずに奴が近づくのを待つんだ。奴を見ずに、自分の足元だけを見て奴の円形の影だけを見ていてほしい。そして、円の影が君が立っている場所に触れるたとき、今だ! と合図をくれ」

 

“そのとき、俺が奴を斬る!”


 俺の真剣な表情に、カサンドラは圧倒されたように見つめる。

「それだけ?」

「いや、もう一つ、することがある…」

 彼女の中に巣くう、あの化け物へのわずかな恐怖も拭いたい。それが残っていては一瞬の判断を狂わす。


 だから”これは必勝のまじないだ”と言うと。

「心を落ち着かせるため、少し目を閉じるんだ…」

 彼女が目を閉じて、気持ちを落ち着かせようと力を抜いた。


 俺はそのカサンドラの唇に、一瞬キスをした。


「!」

 驚いて目を開くと、自分の唇に手をやり、すぐ近くある俺の顔を見て、真っ赤になって拳に力を込めた。


「その怒りで、化け物の恐怖は去ったろう?」


 カサンドラは殴ろうとした拳を止めた。


 彼女は何も言えない。しかし、カサンドラの瞳の中に、もう恐怖はどこにも見当たらなかった。



 俺は彼女を中心にして描いた円の上に立つ。

 自分の刀の柄に手に置いた。そして、目を閉じると、心の中で呼んだ。刀に潜む化け物を。それこそが、俺がレベルを上げられない、そして誰とも一緒にパーティを組もうとしなかった、本当の理由だからである。


俺は化け物の襲来を待った。

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