第4話 二人の過去
カサンドラと最初のギルドを離れて、次の街へ向かうことにした。エレンにすぐに出て行ってと、背中を押されて(いや、蹴られてか?)飛び出したギルドだが、できれば街も出た方がいいということで、二人で馬車を買い、進むことにした。
彼女の持っていた金貨はこの大陸での通貨とは違うようだが、金としての価値があり、彼女がそれを換金して、旅の準備に使ってもいいと言ってくれた。
「いいのかい? カサンドラ」
「お金も時間も、それに使うべき価値があると判断したら迷わず使う。わたしがそう判断したのだから、構わないわ」
この思い切りの良さが彼女らしいといえば、それまでだが、異国から来た女性に借貸しを作ったままではよくない。どうせ戻る気はないと、家にあった家財道具を売り払って折半にした。
「しかし、いいの? ロイドも一緒に故郷を離れることになってしまって…」
自分が来たせいで、街に居られなくなったことに責任を感じているようだ。
「いいのさ。元々俺は孤児でね。知り合いといえば、エレンくらいなものさ。いつか街を出て冒険してみたかったのさ。いい機会だと思っている。むしろ、感謝しているくらいさ。持ち物も、この刀くらいだしね」
そう言って手に持ったのが、拾われたときに一緒にあった一振りの刀である。この地方では珍しく少し反りが入っている片刃の刀だ。俺の先祖由来のものなので、これだけは売れなかった。
「ふーん、そうなの」
彼女は刀を手に取ると珍しそうに眺めた。
「いいものみたいね」
わかるのか? と俺が聞くと
「手に持った時に、なんていうか、とてもバランスがいいと感じたから…」
しばらく眺めていたカサンドラから刀を受け取ると、俺も確認したいことを口にした。
「君こそ、いいのか? 俺のパーティとなって行動することに…なって、なりゆきで一緒に旅をすることになったけど…」
彼女の本音をやはり、知っておきたいのだ。
「たしかに、あまりの急展開に、正直、わたしもよく分からないわ」
そこまで答えると、後はどう説明したらいいのか、困ったような表情をするばかりだ。いきなり飛ばされて来たのだから、無理もない。
「わたしはエルフ王国にいたの」
御者台に二人並んで座り、手綱を引く俺の横で、カサンドラは自分の過去をゆっくりと語り始めた。
その王国は、西方大陸にあると聞いたことがある。
この世界に大陸はいくつかある。中央大陸、東方大陸、北方大陸の三大陸である。この三つの大陸は比較的に近く、浅い海に隔てられて位置しているため交易が盛んだ。もともと、一つの大陸だったものが分離したと言われている。ここには多くの種族が暮らしている。世界地図といえば、三大陸で表記されるのが普通だ。
西方大陸は、この三大陸とは大海を隔てた西方に位置し、交易もほとんどない。西方大陸が三大陸と隔絶している理由は、ひとつめに地理的に圧倒的に遠いことだ。
西方大陸の前に横たわる大海は非常に大きく、船で何か月もかかる。さらに、大海には“絶望の海”と言われる暴風海域があり、ほとんどの船が沈んでしまう。
もう一つの隔絶の理由は、西方大陸にある王国が他の種族との交流をさけたエルフ族だけの独立国家で、限られたものしか交易を許していないためだ。
では、三大陸にエルフはいないかというと、王国に属さない人間と親交を進めるエルフ族も多い。多くは三大陸に居住している。彼らたちは大昔は一つの種族だったが、すでに違う種族といってもいい。そのため、西方大陸のエルフをハイ・エルフとして区別することもある。ハイは「高い」という意味だが、三大陸のエルフにとっては「お高くとまっているエルフ」という揶揄らしい。
西方大陸はほとんどの人にとって幻、おとぎ話に出てくる大陸という認識が普通である。つまり、カサンドラは幻の、おとぎ話に出てくるハイ・エルフということになる。彼女がいることが凄いことで、驚きに値する。
そして、どうやら西方大陸では現在、大きな侵略戦争が起きているらしい。もともと他の国家との連携がなく、あまりに遠いために独自に闘って来たのだろう。
「わたしの部隊は、侵略者の造った魔城の攻略だったの。でも、まるで歯が立たなかったの。わたしの部隊は全滅したの…。わたしが最後だった」
思い出すように彼女の声が震える。
「誰も救えなかった…、誰一人。皆、優秀な戦士だったのよ。でも、敵は圧倒的で…。影のようなやつよ。そして、わたしだけ残された」
そう言うと水を持つ手が震える。
「皆を弔うと、わたしは最後の戦いを向かった。もちろん、勝つ可能性はなかったの…、わたしは死ぬ気だったのよ。そして…」
彼女の手に涙が落ちていた。気丈に振舞う彼女がこんなにも弱く、打ちひしがれるなんて…。
「そして、空間の狭間をおちてしまった。そして遠い異郷の地まで飛ばされた…もうここでは何もできないわ」
隣にいるカサンドラの声を聞きながら、俺は横で泣いている彼女の顔を見ることができなかった。
「今にして思えば、仲間たちが死ぬな、と言ってくれたような気がするわ」
俺は自分ばかりが浮かれていることを恥じた。
「俺は馬鹿だな」自嘲するように笑った。
「俺は、君が落ちてきたとき、幸運の天使が来たと、一人で喜んでいた。そして君を連れてギルドに戻る時に、一緒にパーティを組めたら…と思ったよ」
いつも俺は一人で、スライム相手に戦ってきたからね。
「今まで、誰も俺と組んでくれない。俺も自分から誰かに組んでくれと熱望しなかったのかもしれないけど…」
同級生や街の仲間たちがパーティを作って冒険者として出ていく後ろ姿を、俺は見ているばかりだった。ボッチだったんだ。
「君にしてみれば、よくわからない男に誘われて、まあ、迷惑だったろうに…」
それなのに、俺と組んでくれると君は言ってくれた。カイトに誘われても、俺を選んでくれた…。
「それがどんなに嬉しかったことか…、でも、それは俺一人の嬉しさだった…。君がどこから来て、それまでどんな思いでいたことなんて、何も考えもしないでね」
カサンドラは何も言わず、視線を動かさない。
「自分勝手な大馬鹿野郎さ…」
彼女がどんな思いで生きてきたか、多くの仲間たちの思いを一人で背負い、ギリギリまで耐え抜いてきた。安易に俺みたいな男がつかまえてはいけない女性なのだろう。手綱を握る手に力が入る。
つまらない俺の話が終わると、残っているのは、ただ馬車の音が渇いた大地に響くだけだった。あーあ、俺、かっこ悪いな…まったく。
馬車は街を囲む小さな森を抜けると、そこからは、次の街へと続く街道が小さな丘を回り込むように登りながら続いていくのが見えた。木陰から陽の当たる道に出ると、落ち込んだ気持ちも少しは薄まる気がした。
「それはわたしも同じよ…」
突然、彼女は言った。
「わたしは、あのとき、時空に飛ばされ、もう死ぬんだと思った。ある意味、楽になったわ。これで全てが終わると思ったの。皆が命を懸けて戦ったのに、わたしはその命を自ら簡単に放棄した馬鹿野郎だわ…」
そう言うと、俺に悲しそうに笑いかけた。
「だから、仲間たちが死ぬのは早いと怒ったのね。あの高さから落ちて、わたしは怪我一つしなかった…。最後に仲間たちが抱えてくれたような気がしたのよ」
本当は一緒に死にたかったのかもしれない。
彼女のために、俺に何ができる?
そう自問しても答えを見つけることはできない…。
馬車は小さな丘を登り終えると、遠く地平戦まで続く草原の海が一望できた。ここからの道は、まるで草原の海に落ちていくように下っていく。気がつくと丘の上で馬車をとめて、俺たちは爽やかな風に揺れる草原の海をしばらく見つめていた。
ふと、彼女の席の後ろにある小さなガラスのような瓶に気がついた。瓶がカタカタを音を立てて揺れているからだ。これまでは馬車の走る振動で、荷物の中にある何かが音を出しているのかと思っていたのだ。しかし、これは馬車が止まっても揺れている。
「カサンドラ? 瓶が揺れているけど、何が入っているんだい?」
なにか生き物でも入っているかのような、不気味が感じがする。
「!」
振り向いて、そのガラス瓶に気がついた彼女は、顔から血の気が引いていく。
「…パンドラ・グラス!」
パンドラ?
「あらゆるものを閉じ込めることができる魔法具よ! でも、こんなものはわたし持っていない」
カサンドラが不意に立ち上がる。
パンドラ・グラスに閉じ込められたものは、絶対に中から動かすことはできないらしい。それが中からの影響で動くほどの力だとすると…かなり危険なものだという。
「ロイド! 離れて!」
カサンドラがそう言うのと、ガラスが目の前に浮かび砕け散るのが、ほぼ同時だった。
風が止まり、辺りが少し暗くなったような気がする…。
馬たちも心なしか怯えているようだ。
すると、馬車の目の前に黒い点が現れたかと思うと、黒い球体となり大きくなっていくではないか。すると、周りの色彩が消えていき、黒体の周囲だけ色の無い世界に包まれていく。
「な、なんだ? これは」
自分の視覚異常に驚きながら球体を見つめる。直径は人の頭ほどだろうか、地面からは1m程度浮いているように見える。完全なる黒色で、底の見えない穴にも感じる。
穴の中心に何かあるように感じて目が離せない。
”お、おかしい…視線を黒体から動かせない”
視線が離せないのだ! どうしても視界の中心にある黒体から目が離せずに、視界がそのものが闇で覆われていくようになる。まるで、引き寄せられるように身体も動かせないことに気がついた。
横でカサンドラの震える声が聴こえる。
「パンドラ・グラスに中に入ってついてきたのね! 西方大陸を侵略した化け物のひとつよ!」
はい? 侵略者!
「魂の簒奪者 <ソウル・シーバー>」
カサンドラがその黒体をそう呼んだ。
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