第4話 従属契約?

 カイトの申し出は断ったカサンドラは、この問題はおしまいだと、カイトに背を向けた。一方的に交渉を切らされた格好となったカイトは、納得をするはずもない。酒場の机を蹴り上げ、叫び声をあげる。「なぜなんだ」「これだからエルフは」「だれがいけ」とか文句を言っている。


 悪いなカイト…。俺の彼女(になる予定)は諦めてくれ。三流役者くん。


 カサンドラはカイトの暴れる声が聴こえないかのように(耳が良い彼女が聴こえないはずがないが)、エレンに測定結果の数値について質問をする。


「エレン、この従属レベルというのは何だ?」

 ルシードは自分の指標の4行目にあった。特別な数値について聞く。この行だけ赤く表示され、特別なスキルであることを意味しているようだ。それは俺も疑問に思っていた数値だ。


「だれかとの関係を示すレベルではないでしょうか? わたしもよく分からないのですが、かつて、召喚契約に近いのを見たことがあります」

 とエレンも首を傾げる。


 つまり、誰かがカサンドラを従属させているらしい。誰だ? そんな羨ましい奴は? もしも、そんな奴がいるのなら、カサンドラを強引に連れ去ることもできるのでは…、それは困る。非常に困る。


“一体、誰が俺のカサンドラを…”


「誰が、あなたのカサンドラよ!」

エレンが俺の耳を引っ張る。


「いてて! こら、エレン、痛いじゃない…って今、俺、口にしてた?」

カサンドラも苦笑している。


「でも、確かに誰がマスターか? は問題よね」

とエレンが指摘する。

「ロイドがマスターということはないのか?」

カサンドラが意外な指摘をする。


“俺が”


そう俺がそうならいいさ。それが理想だが、あり得ないだろう?


しかし、二人は俺を見ている。つまり、俺がルシードを従属させている可能性があるというらしい。

 まさか…、俺がそんな高位のエルフを従属させられないでしょ? という言葉を無視して、エレンは俺を引っ張っていくと、ギルドの測定水晶の前に座らせた。こういう表情のエレンはいつも強引だ。


「ロイド・クリス

 職業:剣士

 レベル:640

 支配レベル2」


 640?


 支配レベル2?


「あんたがマスターっぽいですけど!」

とエランが俺を睨む。


”えっ、そんな都合のいい事ってある?”


カサンドラもこちらを見て、ほら、わたしが言ったとおりでしょ、という自慢げな顔をしている。そこ自慢するところ? まあ、自慢してくれて嬉しいけどね…。


嬉しいけどね…、もしも俺がカサンドラのマスターならね。


いいでしょう!

百歩譲って俺がカサンドラのマスターだとしよう。


しかし、俺のレベル640はないでしょ?

「エレンさん、この測定装置、壊れている可能性があるんじゃないか?」

エレンは呆然としている。他の人に別の想定水晶を持ってきてもらうが、結果は同じだった。


 エレンの挙動がおかしい事に気がついた冒険者たちが集まってくる。水晶の数値を覗いた一人が声を上げる。


「どうやら、ロイドのレベルがおかしい」

「640って何」

「ありえないだろう」

「彼ってそんなに強かったの?」


 最初はひそひそとした声も、やがて騒然となった。誰も聞いたこともないレベルだからだ。それも直近までレベル一桁の冒険者が? なぜ? 


 俺も分からない。640って、そんなに俺って強かったか? って異常だろう、この数値。


 二つの数値を見比べていたエレンがあることに気がついた。カサンドラのレベルの2倍がロイドのレベルになっている。どうやら、従属レベルは、従属させているレベルを基準値にするらしい。つまり、ルシードのレベル320に、支配レベルの2を掛けて支配者のレベル640になっているのではないか、と推測した。



「もしそうなると、凄い才能だけど、聞いたこともないわね。」

 推測通りだとしたらと驚くエレンの傍らで、カサンドラだけが当然ではないかという。

「もともと、ロイドが凄い戦士なのではないですか? わたしは最初からそんな気がしていたのですが…」

 エレンは苦笑しながら

「 そうね。わたしも素質はあると思っていたけど…、直近でのレベルは10程度だったし…」

 カサンドラが俺を見ながら、そうなの? という問いかけの目を向ける。俺、頷くしかない…残念だがそれは事実だ。



「従属契約、召喚魔法、いずれも極めて高位な魔法ね。ロイドにそんな能力があった?」

 エレンの問いに“そんな魔法があるなら、とっくに、カサンドラみたいな天使を召喚しているさ”と手を挙げて答える。


「わたしは…その、天使ではないぞ、ロイド」

 真面目だねカサンドラは。例えですよ。まあ、俺には天使のような存在ですから。


 天から降ってきたことが、カサンドラを召喚させた、術式になったのだろうか? 俺が召喚者で、彼女が従属者…。


 とにかく俺とカサンドラの関係は、ただの冒険者パーティの関係よりも強い絆、契約でつながっている、ということになる…らしい。それは嬉しい誤算だ。



「640? ふざけるな。エレン、えこひいきもいい加減しろ!」

 カイトが怒りに震える。また来たよ。向こうで静かに酒を飲めないのかな、この貴族さんは…。


 確かに、にわかに信じられない数値だ。昨日までレベル10がいきなり60倍以上も強くなるわけがない。当の俺でさえも信じていない。そこは同意するよ!  でも、お前から言われるのは気に食わない! 


それにな…

「エレンは関係ないぞ、カイト」


 反論すると、カイトは睨みつけてくる。

「なんだと、この弱虫が! 貴様など、俺の魔法でいつでも灰にできるのだぞ!」

 カサンドラに振られた腹いせに、この虫を焼き殺してやろう、と手に魔力を込める。プライドに揺すぶられて、正常な判断を失っている。


 すると、冒険者の一人が、誰もが納得しやすい説明を思いついた!

“もしも、そんな能力があるなら、これはロイドではなく、エルフの持つギフト能力”だと叫んだ。


「なるほど! それなら合点がいく。すばらしい、やはりあなた、わたしと一緒にきていただく運命の人だ」

 怒りを一先ず抑えると、カサンドラに手を伸ばす。


「わたしに、そんな能力はないわ!」

 と大きな声で否定するカサンドラだが、カイトは信じない。


 俺の大事な仲間、せっかく一緒に来てくれると言ってくれたルシードを、三流役者に渡す気はない!

「ルシードは誰にも渡さん!!」

 実力は下でも、“ここで彼女を連れ去られるくらいなら、死ぬ気で戦うさ!”と、カサンドラの前で手を広げた。

「おい、図に乗るなよ。下民が!」

 立ちふさがる俺を睨みつけると、胸ぐらをつかむ。


 “その下民とやらの、意地を見せてやろう!”

 こぶしに力を込める。そして、エレンが仲介に入ろうとするよりも早く、俺の胸ぐらをつまむカイトの腕を全力で握ると、力いっぱい彼を薙ぎ払った。



 そのとき、驚くべきことが起こった。

 突然、カイトは自分たちのパーティまで数メートルを吹き飛ばされ、そのときの衝撃波のようなもので、皆の持っていたジョッキが粉々に砕けた。まるでドラゴンの咆哮したように…店内の空気が震え上がった。


 カイトのパーティは巻き込まれて、全員が店の壁まで飛ばされ、カイト自身は口から泡を出して気絶してしまった。その右腕はまるで圧搾機にかけられたように、握り潰されていた。


これがレベル640の力…。


 エレンもカサンドラも一歩も動けなかった。誰一人、声も出せず、この目の前で起こったに硬直していた。店は俺に圧倒されていたのだ。



* * *



 こうして、俺とカサンドラの旅が半ば強引に始まった。


 “ギルドの冒険者同志のいざこざはよくあることよ、後始末をわたしがするわ”とエレンは言った。


「あなたたちは、もう行って…」

 店の惨状をみて、小さく溜息をつく。少し間をおいてカサンドラを見て

「彼の事、よろしくお願いします」

そう言って、エレンは俺たちを強引に店から追い出した。



俺たちはギルドを出ると、街も出ていくことにした。二人で新しい冒険を始めるのだ。異常レベル者がいつまでも、ここに居ない方がいいとエレンは言う。



「エレンは、いい人ですね」

 馬車に揺られながら、カサンドラはそう口にした。“エレンを残していいのですか?”と、問いかけるように俺を見る。


「エレンは、姉みたいな存在だったよ。それに彼女はギルド一の実力を持っているし、うまく取り払かってくれるさ」

 エレンの事を心配してくれているのだろう。俺も街を出ていくのは、心苦しいところはある。しかし、彼女がそうしろと、俺たちを送り出したのだから、今は、こうするのが一番だと思っている。


「姉さん…? 彼女はそう思ってほしいのかしら?」

カサンドラはそう小さく呟いた。


新しい冒険をカサンドラと始めることに胸躍らせる俺は、その小さな呟きは聴こえなかった。あとから考えれば随分と自分勝手なことをしたと思うよ。


エレン、ごめん。

そして、

ありがとう。

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