或る休日
羽間慧
或る休日
休日の朝に電話が鳴る。敦は飛び起きた。
発信者は太宰だ。雑用を任せたいのか、その場のノリで呼びたくなったのか。はたまた、自殺に失敗して後始末を頼みたいのか。過去に振り回された経験から、敦は蒲団から遠く離れた机に携帯電話を置いた。
寝直そう。今度こそ、休みを自分のために使うんだ。
「電話、出なくていいの?」
同室の鏡花が尋ねた。眠そうに眼をこする鏡花に罪悪感を覚えるものの、決意は揺るがない。
「こんな時間にかけてくるなんて、絶対仕事の依頼じゃないから」
敦は頭まで蒲団を被る。
「はい。もしもし」
「ちょっと、鏡花ちゃん!」
鏡花が敦の代わりに電話に出ていた。
「国木田さんが中央公園に来てほしいって」
もしかして、今日は地区清掃の日だったのかな。敦の頭から血の気が引く。
俺の予定よりも十分四七秒も遅れたぞ。急いで軍手を嵌めて草取りをしろ。国木田に説教される未来が見えた。
「大変! いってきます」
敦は急いで身支度を整え、指定された場所に向かった。
国木田の姿はどこにもない。見慣れたコートを羽織った男性が、ベンチでくつろいでいる。
敦は膝をつく。純粋な鏡花が騙すはずはない。太宰の策略に嵌ってしまった。
「うふふ。その反応見たさに呼んだ甲斐があったよ」
太宰は一冊の本を掲げた。
「この本にはね。今まで試した自殺法より効果がありそうなことが書かれているのだよ」
また変な本の影響かと思い、敦は肩をすくめた。
「私の愛読書にケチをつけるのは止め給え」
いつも持ち歩いている『完全自殺読本』もそうだが、太宰が参考にする方法はろくな結果にならない。しかし、今回実践してみる方法は、普段の趣向と異なっていた。
「猫と一緒にいると、ふわふわした気持ちになるそうだよ。気持ちよく死ねるなんて、私の信条にぴったりじゃあないか」
人に迷惑をかけない清くクリーンな自殺。確かに迷惑はかからないかもしれないが、本気で試されたら困る。
「そういえば、どうして中央公園に来るように言ったんです?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。ここは野良猫が集まりやすい公園で有名なんだ。つまり、実践にはうってつけの場所と言える。子猫ちゃーん、私のために出てきておくれよー」
太宰の鬼気迫る目力のせいか、敦の足下に擦り寄っていた猫は逃げてしまった。
「敦君。虎になってよ」
敦は首を振った。異能力の無駄遣いだ。
「嫌ですよ。同じ猫科とはいえ、朝の街に虎が出没したら近隣住人の迷惑ですって」
「つまんないなぁ」
太宰は口を尖らせた。
武装探偵社に苦情が来ないことが不思議で仕方がない。国木田がうまく処理しているのだろうか。
敦が首を傾げていると、太宰は両手を叩いた。
「やーめた。私は河川敷に行くよ。君はもう帰っていいから」
「僕は、類は友を呼ぶ的な役目で呼ばれたんですね」
肩を落とす敦に、本が差し出される。
「駄賃として、この本あげる」
「えぇー。ほんと、自分勝手というか飽き性というか……」
扱いに困る本を貰っても。困惑する敦だが、猫の写真集に眼を丸くした。
この本なら、僕よりも適任の貰い手がいる。
「敦か」
「社長、おはようございます」
福沢は日課の素振りをしに来たらしい。ちょうどいいタイミングだ。
「太宰さんが、いらない本をくれたんですよ。社長のお知り合いで、誰か貰ってくれる方がいたらお渡ししてくれませんか?」
「……あぁ」
敦の去った後で、福沢は表紙を撫でる。固く結ばれていた口角が緩んだ。
「尊死」
或る休日 羽間慧 @hazamakei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます