入道雲よ、わたしの代わりに復讐をして

紫鳥コウ

入道雲よ、わたしの代わりに復讐をして

 炭酸激抜けのラムネを流しこむと胃酸とまざりあって季節がひとつ進んだ気がしたものの、それは錯覚であり催眠であり鏡に映るもうひとりの自分が、わたしの首を絞めてくるようなもので、ああ、なんか、柔軟剤になった気分もしてきた。


 ラムネの瓶を振るとビーダマがからんと音を立てて、牢獄に閉じこめられた囚人という比喩を拒絶し、塔の上で鎖に繋がれたお姫様よ、わたしは、みたいに澄ましていて、むかつく。


 ブーメランみたいに投げた。


 くるくる不規則に回転し、橋の下に落っこちていったが、粉々に砕け散った音は聞こえてこず、あまりすっきりとしない。眠くなってきたけど、眼が冴えてきた。べつにいいのだけれど、なんで夏は、ドーナツのまんなかの穴みたいになった感じがするのかな。


 枝豆の皮、蝉の抜け殻。


 鎖骨にひっかき傷があって、どうしたのと訊かれたらどうしようと思っていたのに、しらんふりをされて、まあ、わたしがこの世から消えたところで、その空いたスペースを酸素だの窒素だのが埋めてくれるのだからいいのよ。そういえば、オットセイの鳴き声が思いだせない。青春って、そういうものだよな。


 どうよ。お前たちは橋の下で、公約を掲げ、履行し、同盟を結び、弱みを握りあい、小説の一節を剽窃し囁きあい、空間を円錐にして、一分を八十五秒にしていると思うのだけれど、ラムネの瓶が割れた音は聞こえたかね。とくに、あざとかわいい仮面紅マント泥棒子猫ちゃんよ。


 螺旋階段、砂紋。


 こっぴどく殴られるより、わたしの嫌いな楽器で、わたしの好きな曲を奏でられる方が苦痛で、耐えがたく、逃げだしたく思うものだけれど、そうしたピーマンの肉詰めみたいなものを口にねじ込んで、胃に落としてしまわないといけない。


 だって、きみが、好きな楽器で好きな曲を弾く存在だったとしたら、わたしときみ、どっちかはこの世に必要ないのだから。そういえば、ドロップ缶のハッカって、綺麗な白色をしているよな。


 読まれない小説を書いているのって、苦痛だし、恨めしいし、嫉妬するし、もう止めたいと思うのだけれど、ここで止めたら情けないし、じゃあ、別の楽しみ方を見つけるしかなくて、そうこうしているうちに、疎外されていく感じ。あの苦痛。


 いまのわたしは、それ。


 山の向こうで、もくもくと入道雲がわいてきた。ああいいね。あれはいいぞ。橋の下にいる奴らに気づかれる前に雨が降ってしまえばいい。帰れなくなればいい。もめろ、もめろ。


 止むなよ、夕立。生やさしく、するなよ。


 いま、復讐のために、きみの力を貸してほしい。うまく役目を果たしたときには、六つくらい言うことを聞いてやるから。

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