第4話ストーカー(共犯者)

ストーカー(共犯者)

 復讐のためにまず始めたこと、それはネットでの情報収集だ。手軽に始められることだし、最近のSNSの情報網は凄いものになっている。といっても人の個人情報を知るとなるとそんなに甘いわけがなく、土日の二日間は徒労に終わった。

 学校では先週と同じように三輪の世話をしていた。まだその契約は果たされていないので当たり前なのだが、それでもやっぱりきつい。三輪は会うたびに暗い顔をしているし、時折自分の足を凄い力でつまみ始めることもある。三輪の歩くことへの執着は日に日に増していくようだった。

 

 それから三日ほど経った日、ニュースである情報が流れていた。

[森真太容疑者 ひき逃げの容疑で逮捕]


「いやー、捕まっちゃったね」

 俺は三輪の間延びした声に呆れて、軽いため息をこぼす。

「はあ……どうするんだよ。俺らの復習から警察に保護されたようなもんじゃないか」

「ほんと、どうしようか……」

 やっぱりそう簡単じゃない。警察に捕まった以上俺らから接触するのはほとんど不可能だ。ふと三輪の足に視線が移った。膝のあたりに赤黒い痣ができている。自分では足を動かすことはでない……、自分でやったのだろうか。

「高木君……どこ見てるの」

「あ、いや……なんでもない」

いくら違和感があったとしても女子の足をじろじろ見るのはあまり良くないか。変に不安を感じてしまうが、今はひき逃げの犯人、森についての方をどうにかしなければならない。しかしそれから一週間何の行動も出来ずにいた。

 ある日、またもや森真太に関するニュースが流れる。

[ひき逃げの容疑で逮捕された森真太容疑者、保釈金を支払い釈放]

これは万に一つのチャンス、そう胸を高鳴らせた。

 

 昼休み、俺たち以外誰もいない空き教室で再び相談をしていた。

「三輪、ニュース見たか?」

「うん、釈放の話でしょ」

「ああ、これはおそらく最後のチャンスだ。この釈放されている期間に接触するしかない」

「でも、どうやって?」

 その通り、結局森真太の居場所を知る術はなく話は振り出しに戻った。多分時間はそんなに残されていないし、どうすれば……。

「あ!」

「どうした?」

「そういえば私たちって、あいつの被害者じゃん」

「ああ、そうだけど?」

「多分加害者の個人情報くらい知る権利あるんじゃないの?」

 ……試してみる価値はある。これ以上時間をかけてもいい案は出そうにないしここは、

「それで行こう」


 次の休日、俺たちはとりあえず交番に行って事情を説明すると、正式な手続きのしかたを教えてもらえた。そしてまた後日、俺たちは思ったより簡単に森真太の個人情報を手に入れることができた。


 数日後、俺たちは仮病を使って学校を早退すると、早速森真太の住所の場所へと向かった。バスを使って最寄りのバス停まで行き、そこからは徒歩だ。五分ほど歩いた場所にその場所はあった。結構というか、かなり立派な家だった。停まっている車も高級な部類のもので明らかに裕福って感じだ。

 三輪は言葉を漏らす。

「自分はこんなに恵まれてるのね」

 静かな憤りを感じた。三輪の意思は揺らいでいないようだ。

「まずは、尾行からだ。出来るだけ人目のつかないところがいいし、ちゃんと計画も立てないとな」

 すると、三輪は吹き出すように笑った。

「どうしたんだよ」

「いやー、ちゃんと犯罪者やってるなーってね」

「そうかよ、まあお互い様だがな」

「そうだね」

 三輪はさっきの憤りが嘘のように笑顔で話していた。

「楽しみだよ」

 三輪は自分の足をさすりながらそう言った。

一時間ほど、通りの角で根気よく待っていると、森真太、あの事故の容疑者が家から出てきた。ニュースで見た顔と同じだ。間違いない。

 奴は車に乗り込むと、こちらとは反対側の方に進んで行った。角を右折すると完全に見えなくなる。

「高木君、あいつ行っちゃったよ」

 焦り出す三輪を横目に俺はスマホであるアプリを開いていた。

「いや、車で行ってくれるのはむしろ好都合。これを見てみて」

 俺はスマホの画面を三輪の方に向ける。そこには赤い点がマップの道を進んでいる様子が映されていた。

「これって……もしかしてGPS?」

「正解。さっき近づいた時に付けといた」

「うわぁ……用意周到すぎ」

三輪に若干引かれながらも、俺は画面に映った赤い点を追っていた。

そして三十分程経ったところで、ある場所で点が動かなくなった。その場所を普通のマップアプリで調べてみると、そこは山奥にある廃工場だった。なんでこんな場所に……。不安はよぎったが俺たちにとっては運が良かった。この場所なら人目に付かなそうで、かつばれにくそうだ。

 後はこの場所に再び行ってくれるかどうかだ。そうすれば待ち伏せするだけで簡単に接触できる。とりあえず今できることはないと考え、その日はもう戻ることにした。

 その後の一週間、俺は奴の動きの観察にほとんど時間をかけていた。幸い設置したGPSにバレることはなく、この一週間外されることはなかった。そして分かったことは、二日に一回夕方の四時から五時の間に例の廃工場に行くこと。そしてそれ以外外出することはほとんどないことだ。車を使っていない可能性もあるが、たいして問題ではない。

 そして、また廃工場に向かうと思われる明日に決行日が決まった。日曜日だから学校のことは気にせずに決行することができる。俺は三輪と入念な会議を経て、しっかりと準備を整えた。

 前日の夜だった。遠山から連絡が来ている。

[最近三輪さんとうまくやれているみたいだね。良かったよ。でも、本当は私ももっと高木君と遊びたいです。いろいろ忙しいと思うけど、デートのお誘い待ってます。]

 このメールを読み終えた時、俺は自分に失望した。確かに最近は復讐の件で遠山と接する機会が大幅に減っていた。しょうがないと言い訳することも出来たかもしれないが、これは完全に俺の失態だ。たかが自分が楽になるための馬鹿げたことをしているせいで彼女との時間は減らしてしまっていた。いや、正直全く気にしていなかったのだ。あれだけ気を遣わせといて、こんなのありえない。自分の行動にここまで落胆したのば初めてだった。あれ?なんのためにこんなことしてるんだ。一番大切だと思っていた人を犠牲にして俺はなにをしているんだ? 頭が痛い。イライラする。この複雑な感情はどこにぶつければいい? とりあえず森真太。あいつを…………。


 翌日、俺たちは例の廃工場の隅で待機していた。ここまで来るのは意外と大変で、最寄りのバス停からも二十分ほどかかるし、車椅子を押しながらとなると負担は倍以上だ。早めに来といて正解だった。この場所は夜に来たら完全に心霊スポットに化すであろう物々しい雰囲気を醸し出していた。つまり明らかにやばいところだ。工場の建物は、至る所にヒビが入り、たくさんの植物に埋もれかけていた。俺たちのいる場所はいろんな機械が置いてあって入り口からは見つけることはできないだろう。変な汗をかきながら待つこと約三十分。俺が予想していた時間より早く車がやってくる。そしてなんとその車はあの家にあった車とは別の車種だった。予想外の展開に汗を握りながら、俺はスマホの画面を確認する。確かにGPSの反応はここにあるのに、どう言うことだ?三輪と目を合わせると疑問を口にし合う。

「ねえ、あの車って」

「ああ、あの家の車とは別のものだ」

「それってつまり……」

「GPSはバレていた可能性が高い」

「え?それってかなりまずいんじゃ……」

その時、車からガタイのいい二人組の男が降りてきた。両方とも森真太ではない。

そして片方の坊主頭が腰から何かを取り出して……

「おい!!誰が居やがるか!」

 物凄い声量で叫ばれたせいで俺は腰を抜かしてしまった。そしてあいつが腰から取り出したのは刃渡りの長いサバイバルナイフ。三輪は口元を押さえて必死に呼吸を整えていた。俺は三輪の体を車椅子から持ち上げ、そのまま大きな機械のそばにしゃがませる。

 すると、二人組のもう一人、サングラスを掛けた男の子が話し始めた。

「なあ、やっぱりただの嫌がらせか何かじゃないか?あれから一週間ぐらい結構な頻度で来てるけど、全く人の気配なんてないぜ」

「ばか、そんなん考え方で取引がバレちまったらどう責任とるんだよ。とにかくこの工場一帯くまなく確認するぞ」

「へいへい、了解」

 ……かなりまずいことになった。完全に奴らの思う壺だった。早く逃げないと見つかってしまう。さっきよりもいっそう小声で話す。

「三輪、逃げるぞ」

 三輪が頷くのを確認すると、俺は肩を貸した。幸いここには劣化によってできた人一人分の穴がある。これで安全に工場の壁を抜けられる。しかし、足を全く動かせない三輪が一緒となると話は違ってきた。俺たちが苦戦していると、奴らの探す物音はどんどん近づいてきた。焦りが高じてか、俺は瓦礫でできた段差に足を踏み外す。転倒することはなかったが、その時無視できないほどの物音が鳴った。当然奴らの物音も止まる。

「おい、聞こえたか」

「ああ」

 それなりに近い場所から聞こえる声。全身から汗が溢れ、焦りと緊張は最大限に高まる。

「くそっ……」

 もう無理か……。

その時、三輪が上半身の力を目一杯使って俺の体に、力強く抱きついてきた。もうここは諦めるしかない……!

 俺は精一杯の力で瓦礫の山を蹴飛ばし、出来るだけ遠くの機会の側に倒れ込んだ。大きな音が建物内に響き、背中でゴロゴロと、瓦礫が落ちる音が聞こえた。体を傷だらけにしながらも、這うようにその場を離れた。同時に奴らの慌てる声も近づいてくる。俺らから二、三メートルほどのところに奴らはいる……。俺は三輪を強く抱きしめ続けた。

「おいおいなんだ!?動物でもいたのか?」

「いや、俺たちを待ち伏せしていた奴かもしれない。気をつけろよ」

大丈夫奴らはあの瓦礫の崩れたあとに注目している。しかしその直後、俺たちが一つの失敗をしていたことに気づく。

「あ?なんだこの車椅子。一昨日はこんなのなかっただろ」

「ああ、しかしなんでこんなものが?」

「確かになぜ車椅子があるかは分からんが、人がいることは確かだ」

これで俺たちがいたことはバレてしまった。

「ああそうだな……うん?そういえばここってなんか穴みたいなのなかったか?」

「俺も見た気がする」

「てことはここから抜け出したってことか」

 奴らの考察は既に逃げ出した方向に固まってきている。頼む……このまま外を探しに行ってくれ……!

 数秒後、俺の願いが叶ったのか奴らはこちらを確認することなくその場から離れていった。

「「はぁ……」」

二人揃って安堵のため息。俺は三輪から離れるといまだに浅い呼吸を整えた。起き上がる気力は残っていなかった。体は汗でグッチョリだ。

「だい、じょうぶか……三輪」

「死んだ……」

「良かっ…た、生きてるな……」

そのとき、再び車の音が聞こえた。俺はぐったりした身体をゆっくり起き上がらせると、その車を確認した。それは確かに森真太が乗っていた車だった。

「森真太が来た」

三輪は驚いて目を見開き、表情を一変させる。先程はただただびびってしまっていたが、今度を俺が狙う側と考えると、自然と体の強張りは収まり僅かな昂揚感を覚えていた。

「やるの?」

三輪は尋ねる。先程は逃げるのに必死で取り出していなかった道具を、自宅から持ってきたリュックから取り出した。このリュックは床に普通に落いていたが、さっきの二人組には不審に思われなかったらしい。右腕に持った大きなトンカチは、俺に頼もしい重さを伝えてきた。

奴ら三人は何やら小声で話し合っている。こっちまでは聞こえないが、おそらく何か違法なものの取引をしているのだろう。俺たちは既に逃げたと思われているらしい。ひき逃げの犯人がまさかの違法取引者でもあるとは。余計に復讐への抵抗は無くなっていた。

 そして十分ほど経った時、両者は何かと大量の札束を交換した。正直そんなのはどうでもいい。俺はただタイミングを図っていた。二人組は先に車に乗り込むと、すぐにこの場をさっていった。森真太はさっき交換した何かの小さな袋をずっと眺めている。今しかないそう思った。俺は道端に落ちていた石ころを拾うと、車目掛けて思いっきり投げた。

(バン!)石はボンネットに命中するとかなり大きなを立てた。

「なんだ!?」

森真太は慌てた様子で、胸元からナイフを取り出す。俺はもう驚かない。俺は脇から出来るだけ慎重に近づく。その時、俺がいる場所の反対側から大きな物音が鳴った。三輪が石を投げたのだ。そちらに注意が向いているうちに俺は一気に近づいた。

「はあっ!!」

 相手の体めがけて思いっきりトンカチを振り下ろす。相手の右腕にクリーヒット。森は不意打ちに対応できず、ナイフを取り落とした。

「ぐはぁ……!?なんだ……お前は」

 森が強烈な痛みと急な出来事で混乱する中、俺は相手の言葉を無視して追い討ちをかける。思いっきり振り抜いた俺の攻撃はギリギリの所で躱された。しかし相手は大きく後ずさる。床にはさっき森が落としたナイフがある。俺は迷うことなくそれを拾うと、ゆっくりとした足取りで近づいていく。

「おいよせ、俺がお前に何をしたって言うんだ!お、おい!この通りだ」

そう言って奴は土下座をし始めた。体は大きく震えている。その時、俺は迂闊にも足を止めてしまった。その瞬間相手は低い姿勢のまま思いっきり突っ込んできた。俺は足を掬われて盛大に転倒する。

「ふざけんじゃねえよ!!」

相手は馬乗りになって俺を物凄い勢いで殴ってくる。右手のナイフを使って反撃するが、奴は力強い腕でこちらの手首を掴んできた。反対の腕で反撃しようとしても、肩を使ってホールドされていて動かせない。

「あー!!」

思いっきり右手を動かして解放させることはできたが、勢いでナイフを遠くに投げ飛ばしてしまう。武器が使えないこの状況。上をとっている森の方が有利だ。すると、森は俺の目を押し潰そうとしてきた。必死に抵抗するが、全体の体重をかけることができる相手に力で勝つことはできない。奴の指は俺の目に容易に侵入してきた。物凄い圧力が右目に加えられる。

「ぐあぁ!ああ!!あああーー!」

激しい悲鳴をあげる俺を森は嘲笑う。

「俺さっきのトンカチで右腕使い物になんないだけど〜ー!文句言えねぇーーよなー!!」

容赦のない力がどんどん加えられる。右目の奥が圧迫感されて、破裂しそうだ。もう無理だ。そう諦めかけたとき、急に奴から力が抜けた。森の背中側からどくどく流れる血液に気づく。俺は奴の体をどかした。そこには森真太背中にナイフを突き刺す。三輪の姿があった。

「三輪?ど、どうやって……」

彼女の肘から手首にかけてが傷だらけになっているのが見えた。まさか、腕だけの力で這ってここまで来たのか?

「高木……くん……トンカチ……、取って……」

息切れが激しい彼女の姿からは想像できない鋭い憤りを感じた。俺はゆっくりとした動作だが、もう持つだけでも苦しいそれを三輪に渡した。

「ありが、……とう、あと、支えて、もらえないかな」

俺はフラフラとしか動かないその体に鞭を打ち彼女の後ろに回り込んだ。うつ伏せの彼女を持ち上げると、膝たちの体勢にさせる。俺は彼女を後ろから腰に手を回し、しっかりと支えた。

 三輪志保は静かに、倒れ込んだ森真太を見下ろす。血は止まることなく、絶えず流れ続けている。うつ伏せに倒れていた体を思いっきりひっくり返すと、森の顔が見えた。餌を求める魚のように口をパクパクさせている。体全体が痙攣していた。三輪はゆっくりとした動作で重いトンカチを持ち上げた。

「はぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

彼女全身から溢れる叫び声と共にそれは容赦なく森の太もも辺りに目掛けて振り下ろされた。

 …………骨と肉を同時にぶち壊す、最悪な音が響き渡る。森の口からは悲惨な叫び掠れ声となってででくる。

三輪はそれに対して笑みを浮かべ、

「まだ……死なないでね」

その言葉を皮切りに彼女は狂ったようにトンカチを振るい続けた。俺は霞んだ視界の中にその光景を見る。暴れる彼女の体を必死に支えながら、強く抱きしめながら…………。

「これが!私の味わった痛みだ!!よかったなお前をもうすぐ死ねるんだよ!!!」







 あれからどれくらい経ったのだろう。いつのまにか彼女は動きを止めていた。俺ももう、腕に力が入らない。森の体は…………。

 三輪はつぶやく。

「………これで……よかったのかな」

彼女は無表情で涙を流していた。


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ストーカーによる最悪な過去を変えた。恋人と一緒に Shimoma @Shimoma

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