サンダル|逃避行《エスケープ》
星太
サンダル|逃避行《エスケープ》
星の瞬く夜空の下、畦道をペタペタと歩く私。浴衣は汗で張り付き、サンダル紐が指の付け根に食い込んで痛い。
ぬるい風が、花火の音を運ぶ。
どおん、どおん、どおん……
私は今、後悔している。
1つは、出会いが早すぎたこと。
1つは、気付くのが遅すぎたこと。
1つは――……
……
……
……
「一緒にあそぼ!」
「いーよ!」
小1の夏。ジリジリと首の後ろを焼く日差しの下、サンダルで野を駆け回っていた。
私とあなたは、物心ついたときから「ともだち」だった。恋を知るよりも早く、あなたに出会ってしまっていた。
あなたがいることが当たり前すぎて。
それが「特別」だなんて、気付かなかった。
……
「あのさ……2人って、付き合ってるの?」
中1の夏。グラウンドで汗だくになりながら白球を追うあなたを、金網越しに彼女と見ていた。私が「ううん」と言うと、彼女はすごく喜んでいた。
彼女はすぐに野球部のマネージャーになった。
私はまだ、金網の外からあなたを見ていた。胸の火照りが夏のせいではないことに気付いたのは、それからしばらく後のことだった。
……
「東京、行くんだって」
高3の夏。公園で偶然会ったあなたとの久しぶりの会話。木陰のベンチに座り、サンダルを履いた足をぶらぶらさせる私の横で、あなたは水滴のついたペットボトルをグイと飲み干した。
あなたには話していなかったのに、どうして知っていたのか。私にはわからなかった。
狭い田舎町で、あなたと彼女が並んで歩くのを見ない日は無かった。私は、逃げ出すように東京へ進学する道を選んでいた。
「どうしてさ」
本当に疑問に思っている顔だった。あなたはいつも真っ直ぐで。だから私も、嘘をつけなかった。
「ごめん」
謝らないで。あなたは何も悪くないんだから。
ただ、早すぎて、遅すぎて。
思わずベンチを立ち、逃げ出した。
私はいつも逃げている。あの時も、今も。
……
「疲れてるなら帰っておいで。ほら、もうすぐ夏祭りだよ」
就職5年目の夏。過酷な飛び込み営業の連続で、身も心も磨り減っていた。電話越しに心配する母に申し訳無くて、私は電車を乗り継いで実家へと帰った。
久しぶりの実家は、とても落ち着いた。
「せっかくだから」と母が青い花柄の浴衣を着せてくれたので、私はサンダルを履いて、一人で川沿いの花火会場へ向かう。
土手には屋台が並び、日の沈んだ空にソースの匂いと煙が舞う。続々と河川敷に人が集まり、いよいよ花火が始まるという時、私は見た。
小さな子供を肩車しているあなたの背を。
隣で笑う彼女を見て、笑い返すあなたを。
どおん。
夜空に上がる大玉が、あなたを照らし出す。
幸せなあなたと、あなたの家族を。
私は人混みをかき分け、逃げ出した。
花火に背を向け、遠く、遠く。
暗い夜道の方へ。
……
……
……
やがて会場を離れ、人気のない畦道をペタペタと歩いていく。浴衣は汗で張り付き、サンダル紐が指の付け根に食い込んで痛い。
ぬるい風が、花火の音を運ぶ。
どおん、どおん、どおん……
背中の空が光る度、
震える音が響く度、
私はあなたを思い出す。
早すぎた出会いを。
遅すぎた気付きを。
でも忘れられない、焦がれた日々を。
サンダルで、遠くまで逃げられるはずもない。
私はサンダルを脱ぎ、夜空に思い切り投げ捨てた。
バイバイ。
――サンダル
サンダル|逃避行《エスケープ》 星太 @seita_t
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