ラーム伯爵家の本気

 ガタガタ揺れる部屋の中央に置かれた椅子――そこに腰掛けながら「キャァ~キャァ~!」騒ぎ立てる侍女に抱きつかれ、眉を寄せる女がいた。


 エリージェ・ソードルである。


 この女、ラーム伯爵邸の茶話会に参加していたのだが、ラーム伯爵夫人に面白い出し物があると言われて、侍女ミーナ・ウォールと共に、この入り口に段差がある、小さな窓しかない小部屋に案内されたのだが……。

 中央に置かれた椅子に座るよう促され「少しお待ちを」とラーム伯爵夫人と令嬢が部屋から出た途端、突然、部屋がガタガタ揺れ初めて少々驚いた。

 その揺れは断続的に続き、初めのうちは、この女、「ずいぶん、大がかりな出し物ね」と感心していたのだが……。


 余りにも変化無く、ただただ揺れているだけなので、少々、飽きていた。


 あと、侍女ミーナ・ウォールが「これ、ただ事ではありません!」とか「これ、誘拐じゃないですか!」とか、訳の分からない事をギャアギャア言い出し、挙げ句の果てに、「わ、わたしがお嬢様を守ります!」とか言って、女にへばりつき始めたのである。


 エリージェ・ソードルは少々、嫌気がさしていた。


 この女は、侍女ミーナ・ウォールの言う誘拐だなんだの言葉を真に受けてはいない。

 勿論、この余り頭の良くない女も、この部屋が実は馬車で、どこぞに運ばれていること自体は分かっていた。

 だがこの女、それも出し物の一端だと思っている。


 この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。

 貴族の中の貴族と言っても良い。


 故にこの女、ただの伯爵貴族夫人が自身に害をなそうなどと考えるとは、欠片も思っていない。


 例えば、他国の王族や貴族なら……。

 まあ、分からなくもない。

 国と国の争いを辞さないのなら、それもあるかと納得出来た。

 例えば、自国でも王族や大貴族なら……。

 潰しに来ているのだと警戒もしただろう。

 そして、相手が平民なら……。

 ”何も無き”者の破れかぶれの自殺――そう判断も出来ただろう。


 だが、それが伯爵貴族なら話は違う。


 名目上、公爵代行とされているが、この女は”公”と名乗る事を許された存在である。


 この女を害した場合は必ず、族滅にされる。

 仮に五大伯爵貴族が含まれていてもだ。


 ハイセル王家の名の元に、確実に行われる。

 その罰則は、王家の親族である太公たいこう――下手をすると、その場合よりも重い。


 それは、この国におけるソードル公爵家が如何いかに重要なのか、それを如実にょじつに表していた。


 そして、そのような事、貴族では誰もが知っている事と、この女は思っている。

 故に、この女、自分ばかりか親族を巻き込んでまで自身を殺しに来る、狂った貴族存在など、ちょっと想像が出来ない。


 なので、現状を”一生懸命もてなそうとして空回りをしている”――そんな風に思っている。


(別に、ラーム伯爵家程度に、大層な物など期待してないんだけど……)

 部屋が大きく揺れ、侍女ミーナ・ウォールが床に転がり落ちそうになるのを、”黒い霧”で支えつつ、呆れたように目を細めた。


 実はこの女、空回りをした”もてなし”を、何度か受けた事がある。


 小洒落た事を言おうとして噛む令息や、優雅に先導しようとして転ぶ紳士、止せば良いのに自ら入れたお茶を、危なっかしい所作で運び、案の定、ぶちまけた令嬢――などなどだ。

 それら全ては、最高位と行って良いこの女に対して、無理をしてでも心証を良くしようとした故の失敗で有り、エリージェ・ソードルもそのことは理解をしていた。


 理解はしていたのだが……。


 そんな場所に居合わせる身としては『普通で良いから!』『余計な事をせず、普通で良いから!』と遠い目をしてしまうのも、致し方がない事でもあった。


 とはいえ、流石のこの女としても、一応、こちらに悪意がないと思われるそれらに対して、いちいち冷や水を浴びせる事を言って回る訳にはいかなかった。

 なので、現在の状況も、一応、受け入れている。


 勿論、この有様は流石に酷いと思っている。


 この出し物の結末がどの様なものにせよ――仮にあり得ないと思うが、素晴らしい物だったとしても――一言二言は言わなくてはならないと心に決めている。


『凄く揺れたわよ!』とか、あと『お茶も出さないで待たせるのはいかがなものなの?』とかである。


 因みに、この女が座っている椅子は、どうやら床に固定されているようで動かない。

 とはいえ、座っている本人は止められていないので、時々、ズレ落ちそうになるのを、”黒い霧”で固定している。

 そんな手間を取らせている点も、結構な失点だと思っている。


(いや、一叩きぐらい――例えば、扇子での一発ぐらいはしても良いんじゃないかしら?)


 などと、徐々に苛立ち考え始めていると、突然、動いていた馬車部屋が大きく揺れると止まった。


 そして、外で何かをする音が聞こえてきた。


「やっとなの?」

 ため息を付きつつ、エリージェ・ソードルは座り直した。

 ついでに、支えていた侍女ミーナ・ウォールを”黒い霧”で本来立つべき場所に付かせる。


 この女基準ではあるが、ていを整えると、少々不機嫌そうに言う。


「で?

 この見世物の終着点はどこなのかしら?」

「いや、お嬢様!

 これ、絶対誘拐ですよ!」

「はあ?

 誘拐だったら――」

 エリージェ・ソードルがそこまで言うと、馬車部屋の外が何やら騒々しくなる。

 そして、何やらガチャガチャ言う音と、幾人もが動き回る気配がしばらく続く。

「あら?

 今度は何かしら?」

 エリージェ・ソードルは呆れつつも、自分が座る椅子――その膝当てに肘を付き、手で頭を支えつつ様子をうかがう。

 すると、男達の野太い声がひときわ大きく聞こえた。

 それと同時に、再度、馬車部屋がガクンと揺れた。


 その揺れは、先ほどまでのものとは少々違うように、女は感じた。


「これは?」

 エリージェ・ソードルが呟くと、馬車部屋にある小さな窓、そこを覗いた侍女ミーナ・ウォールが悲鳴混じりの声を上げた。

「お、お嬢様ぁ!

 ここ!

 うえに――うえに上がってます!」

「あら?」

 流石の女も、目を丸くした。

 そして、椅子から立ち上がると、同じく、窓から外を見た。

 小さな窓から見えるのは、一本の木と何やら朽ちた小屋だ。


 それが、徐々に下に進んでいく。


 どうやら、男達のかけ声と共に上昇しているようで、「せ~や!」と言う声に合わせて馬車部屋が揺れた。

 これには、”前回”を合わせて、多くの出し物を見てきたこの女をして「なかなか、面白い事をするわね」と感心した。

「いやいやいや!

 大変な事です!

 これ、逃げ場を無くす、大変な事なんです!」

 などと、ミーナ・ウォールは侍女としても、貴族令嬢としても、不適切なほど狼狽するが――この女、エリージェ・ソードルは確信していた。


 つまりこれは――ラーム伯爵の本気なのだと。

 本気で、この女を歓待しようとしているのだと。


「ふふふ、良いでしょう。

 ラーム伯爵家の本気とやら、見せて貰いましょうか」

「だから、誘拐!

 絶対、誘拐ですってば!」

「……どうでも良いけど、ミーナ。

 男爵令嬢のあなたが、伯爵家に対して誘拐犯扱いとか、流石に失礼でしょう?」

「だから、そんな事を言ってる場合じゃないんですってばぁぁぁ!」

 侍女ミーナ・ウォールの叫び声が、馬車部屋中に響き渡った。

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殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です 人紀 @hitonori

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