4 本間鐘樹の疑問
「質問?ああ、俺ばっかり質問しとったからな。ええよ。今度はお前の番だ」
「3日前、マナミさんは北さんに寒戸関村の過去の話を面白半分に探るのは止してくださいと懇願されました。それに対して、北さんはハッキリと断りました」
「ああ、そうやな」
「僕が初めに寒戸関村に着いて、北さんと食事した時、埋蔵金の話をされましたね?」
「ああ、そうやな」
「今、北さんが調査しているのは佐戸ヶ島埋蔵金説の記事を書くための調査ですよね?」
「ああ、そうやな」
「僕には・・・いくつか不自然に思える点があります」
「不自然やと?」
「まず一つ目。佐戸ヶ島の埋蔵金に着いて調べるなら別に寒戸関村の祝旅館に宿泊する必要は無いと思います。村長である五兵衛さんの北さんに対する心証はあまり良くありません。それにマナミさんも北さんとの接し方・・・距離感に苦しんでいる様に思えます。もしかしたら冬馬さんや名二三、勝吾君も北さんに対する心証は良くないかもしれません」
「そうやな」
「ならどうして?ある意味村人から敵視されている寒戸関村より、むしろ相川中心街のホテル等に泊って埋蔵金を調べれば良いんじゃないですか?」
北さんは特に表情を変えない。
僕の質問は北さんにとって予定調和なのだろうか?
「本間。不自然に思える点は”いくつか”あると言うとったな。質問の回答は全部話を聞いてからにするわ。もちろん場合によってはノーコメントをさせて貰うかもしれへんけど」
「・・・分かりました。3日前のマナミさんに対する北さんの発言は、寒戸関村の12年前の失踪事案に対しても今後継続調査するかの様な印象を受けました。その点はどうですか?」
北さんは肯定も否定もしない。
ノーコメントだろうか?
僕は構わず続ける。
「ここから先の話は北さんが12年前の失踪事案に対しても今も継続調査していると仮定して進めます」
「ええよ」
「僕と北さんが埋蔵金の話をしていた時、確か・・・佐戸ヶ島に埋蔵金があるとは特に確証は無いとおっしゃってましたね。北さんが欲しいのは、埋蔵金と言うより面白いネタだとも発言されてました。それに群馬県で祖父の代から三代続けて埋蔵金研究の調査をしている人を皮肉ってましたね。ワクワクするお宝話がその人にとっては苦行になってると」
「そうやな」
「違和感を感じます。そもそも昨年末にスポーツ新聞に記事を書いた時点でこの話は完結しているはずです。面白おかしいネタを書いて、これ以上何も調査は必要ないはずです」
北さんはノーコメントで返す。
「北さんは12年前の失踪案件に対して異常に固執している印象を受けます。・・・まるで北さん自身が皮肉った埋蔵金研究家の様に」
「そう思うか?」
「思います」
北さんは数秒間沈黙をしたが、僕も沈黙で返す。
「・・・分かった。話を続けてくれや」
「スポーツ新聞の記事のタイトルはこうでしたよね?”集落住民大量失踪の謎が解明!?黄金と権力に狂った内部抗争か!?”」
「そうやな」
「ここで指す”黄金”とは佐戸ヶ島の埋蔵金の事では無いですか?それも寒戸関村に埋蔵金がある事を前提に北さんは埋蔵金の調査を行っている」
ノーコメント。
だが、この場合沈黙はイエスと言っている様なものかも知れない・・・。
「僕が不自然に感じた点と、それに対する推測は以上です」
北さんは顎に手を当てて考え込んでいる。
一分ほど沈黙が続いた後、北さんはポツリと言った。
「本間。お前は12年前の失踪事案に興味ないか?」
「興味が無いと言えば嘘になります。元々僕はミステリー小説を書きたいと言う夢があるので、本来そう言った話は好物かも知れません」
「ミステリー小説家志望やと?」
北さんは意外そうな表情を見せた。
「そりゃ初耳やな。それならやっぱり気になるやろ。こう言う面白そうな話は?」
「気になりはしますが、決して面白いとは思いません」
僕は断言する。
「そもそもミステリー小説はフィクションです。架空の舞台、架空の話、架空の殺人。どんな酷い話を書いても誰も傷つきませんし、気を悪くする人もいません」
「そうやな」
「対する北さんの行動は・・・少なくてもそれによって感情を傷つける人がいるはずです」
「そうやな」
「そうまでして北さんは記事を書きたいのですか?黄金と権力に狂った内部抗争だとか、ガセネタの娯楽記事でも僕は感心できません」
かなり失礼な発言だとは思ったが・・・。
僕は北さんに思ったままの事を言った。
北さんは表情を殺して沈黙していたが・・・、意を決した様に僕を見ると発言した。
「・・・ガセネタでは無かったとしたら?」
「・・・え?」
全く予想外の発言だった。
「俺は人様の嫌がるスキャンダル的な記事を書いとる。もちろん嫌われる職業や。だから俺の書く記事はテキトーに嘘くさく書く様心がけとる。けど寒戸関村の話は別や」
何だ・・・?
北さんは何かを知ってるのか?
「あの、ガセネタで無いとおっしゃるのですか?何か根拠があるとでも?」
「根拠は・・・無いことはない」
・・・!!
衝撃的な発言だった。
「北さん。何か知っているのですか!?」
「・・・そうやな。けどノーコメントや。・・・逆に聞くが、本間。お前こそ本当は何か知っているんやないのか?」
・・・は?
何を言っているんだ北さんは!?
「僕は何も知りません!知っている訳無いです!」
「・・・そうか」
北さんは少しだけ意外そうな顔をする。
・・・意外そうな顔?
北さんの反応こそ僕にとっては意外で意味不明な話だ。
「とは言っても確信までは無いからな。 昨年末に書いた記事もある程度嘘くさい表現を使って書いた。」
「・・・はい」
僕は記事の内容を読んでいたのでその点は承知している。
寒戸関村の名は伏せて書かれているし、ワザと大げさな表現を使って嘘臭さをあえて演出している様にも思えた。
「ガセネタなら悪質な笑い話。ガセネタでなければ当事者達は精神的な苦痛をともなうやろ?仲良く平和に楽し気に暮らす村人達にとってはええ薬や。それ位の報いは受けるべきやろ」
北さんは吐き捨てるように言う。
僕は答えに窮してしまった。
場の空気が重くなる。
「12年前の失踪事案やけどな、具体的に何月何日から起こった出来事か大橋刑事からは聞いとるか?」
「・・・いえ。聞いてません」
「恐らくやけど・・・、1977年7月23日の土曜日までは一番初めに失踪した男性以外は失踪してなかった可能性が高い」
「それはどうしてです?」
「寒戸関村祭りや。元々寒戸関村の内輪でやる祭りやったが、両隣の集落・・・石田集落や願河原集落からも住民が参加してた。寒戸関村以外の第三者的な客観的証言はそれが最後や。両隣の集落住人の話では村祭りの日には顔なじみの寒戸関住人はほとんどおったそうや。もちろん失踪した人間も含めてな」
・・・そうだったのか。
「その後警察に失踪の捜索願が出されるのが約二週間後。この間に何かあったと推測するのが妥当や」
「そうですね・・・」
村祭りと言えば今年は明後日の日曜日に開催される。
そう考えると少しだけ気味が悪い話だ。
今年は日曜日。
去年は土曜日。
1977年は土曜日。
どちらも休日だ。
まあ普通はお祭りは休日に行われるのが一般的だ。
けど毎年土曜日だったり日曜日だったり統一性がに欠けるな・・・。
・・・ってそんな事はどうでも良いか。
「その後の話は寒戸関村からの住人の証言だけや。マナミも俺の部屋の前で言うとったけど、大人三人はその話したがらへんのやろ?」
「あの、それは子供に取ってつらい話だからですよ。マナミさんも言ってたじゃないですか」
「なら大橋刑事は?奴は何かを疑ってるフシがあるねん。何の根拠無く疑うか?」
「知りませんよ。そもそも大橋刑事は話を大げさにしてるだけじゃないですか?警察は人を疑うのが仕事だと本人も言ってましたよ?職業上あくまで様々な可能性に付いて検証する必要があるだけだと思うんですけど。それとも北さん、大橋さんから何か根拠になる事聞いているんですか?」
「大橋刑事から?アイツとは話はしてないねん。俺、警察嫌いやから」
「警察が嫌い?」
「ああ、俺悪い奴やからな。悪い奴は警察の正義は気に入らんねん」
「・・・北さん過去に何か犯罪行為とかした事あるんですか?」
「無い!と言いたいところやがノーコメントや。奴らの取り調べ行為とかヤクザと変わらんで?そう言うの俺気に入らんのや」
よく分からないが北さんは警察に何か嫌疑をかけられた事はあるらしい・・・。
とにかく警察が嫌いらしい。
あ!ここまで話して気が付いた。
”・・・逆に聞くが、本間。お前こそ本当は何か知っているんやないのか?”
さっきの北さんの発言の意味が!
恐らく大橋刑事と北さんは、12年前の失踪事案に対して疑いを持ってる事は確かだろう。
けど、二人は手を組んで調査している訳ではない。
北さんが知っていて大橋刑事が知らない情報もあるはずだ。
その逆パターンも当然あり得る話だ。
つまり・・・大橋刑事が知っていて、北さんが知らない情報もあるはず・・・。
僕が空き家で大橋刑事から話を聞いた事は北さんも知っている。
けど何をどこまで話を聞いているのかは北さんは知らない。
北さんは僕が大橋刑事からもっと失踪事案の核心的な情報を聞いてると思い込んで先ほどの発言をしたんだろう。
分かってしまえば先ほどの北さんの発言も、意外そうな顔も不思議な話でも何でもないな・・・。
「大橋刑事が疑ってるからガセネタでは無いってのは少し根拠が薄いと思います。それとも他に根拠はあるんですか?」
「根拠はあるで。興味あるか?俺に協力してくれるなら話してもええけど・・・」
あれ?そういう話になるのか・・・。
「あ、すみません。僕は興味半分で人の嫌がる事はしたくないんです・・・」
人の嫌がる・・・とは言ったが正確に言えばマナミさんが嫌がる事はしたくない、と言うのが本音だった。
マナミさんは過去より未来に目を向けている。
暗い過去の話を蒸し返す北さんの行動には同調できない。
「そうやな・・・。悪かった。こんな話をする為に晩酌付き合わせるつもりや無かったんやけどな。ほれ、もう一本缶ビール飲むか?」
「あ、頂きます」
僕もそもそも北さんと喧嘩するためにここに来た訳じゃない。
北さんは氷を詰めたボウルに入れてある缶ビールを僕に手渡す。
「えーと、おつまみもあるで~」
と北さんがちゃぶ台の横の袋から新しいおつまみを取り出そうとしてゴンと足をぶつけ、よろける。
その拍子に半開きになっていた北さんのリュックから古い紙に何か書かれたものがスルリと落ちた。
その紙には古文書の草書風の文字でこの様な事が書かれていた。
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十の贄を葬りし罪人よ。
寒戸の婆はまだおるぞ。
その亡骸は岩陰に?
その亡骸は谷底に?
それともそれとも、まだここに?
報いの初めは十の死で。
丸一日の時が逝き、
寅が卯を、食い殺す。
八方に散るは嘘に塗れ亡くす仮初の平穏。
その時、その時、その村は?
何処に、何処に、黄金は?
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・・・何だこれ?
”本間君。オカルト記者を舐めてもらっちゃ困るで。資料が無ければな、作ればええんや”
”埋蔵金を示す資料が無ければ・・・作ればええんや”
”そう言うの得意な知り合いがおるんや。若い女の子なんやけど、えらい器用な奴でな”
”そいつに暗号文みたいな文章書いてもらう”
・・・あ、これ多分北さんが佐藤さんに頼んで作った適当な暗号文だろう。
最後の方に”黄金”とか書かれているし。
二行目には”寒戸”というキーワードまである。
それ以外は訳が分からないが、寒戸関村に埋蔵金があることにするためにこんな偽文書を作っているのは少し不快だった。
・・・北さんは寒戸関村の失踪事案と埋蔵金を結びつける為に、意図的な工作をしているのだから。
「北さん。これ・・・」
「ああ、キズナが書いたヤツや」
「あの・・・。埋蔵金の楽しい記事を作るだけなら構いませんが、そこまでして寒戸関村の失踪事案の”根拠”を”捏造”するのは正直感心できません」
「ああ、せやな。けどこの文章は不採用や」
「・・・?どういうことですか?」
「キズナの奴、俺の考えた文章と全然違う事書きよった。文章に”寒戸”というキーワードを入れるつもり無かったし、埋蔵金の記事と失踪事案は別個の物として取り扱うつもりやったんや。そもそもこの”?”、ハテナマークってなんやねん。古文書なのにこんな記号いれたら胡散臭さこの上ないやろ。全く、俺の持ってる古い紙の数量も限られとるのに変な事しよって」
「た、確かにそうですね」
ハテナマークって西洋の記号だよな?
古文書としては違和感ありまくりだ。
草書の文字はとても良く書けていて、本物かどうか見分けが付かない位なのに台無しだ。
「ところで本間。俺さっきから気になってる事あるんやけど・・・」
「なんです?」
「隣のキズナの客室、何か険悪な雰囲気漂ってるの気付いとるか?」
「え!?そうなんですか?」
「俺耳良いから何となく分かるんやけど、マナミとキズナが何か口論しとるみたいやで?」
え?そうなの?
「俺、チョイと仲裁に行こうと思うんやけど・・・。お前も来るか?」
「い、行きます!」
僕と北さんは、佐藤さんの客室に向かった。
部屋はすぐ隣。
佐藤さんの客室をノックする。
しばらくたって、マナミさんの声で、”どうぞ”と返事があった。
・・・恐る恐る部屋に入る。
「北さん、カネちゃん。どうかしましたか?」
マナミさんはいつもの表情と口調だが・・・何か燃え盛るオーラの様な物を感じる。
マナミさんの周辺だけ陽炎のように空気が揺れてないか・・・?
いや、もちろん僕の目の錯覚だけど。
何なんだこの迫力は!?
「北さん何の用っスか?女の戦いに横槍入れるのは無粋っスよ?」
佐藤さんも口調はいつも通りだが・・・ニヤァァと笑っている。
何て言うかその・・・邪悪な笑顔だ。
大悪魔の微笑み・・・。そんな表現がしっくり来る。
ちゃぶ台には紙が置かれ、何かが書かれていた。
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試合日:7月25日 火曜日 14:00
内容:防具着用の上、打撃、投げ、寝技、その他もろもろOKの総合格闘技ルール
場所:寒戸関小中学校
勝者の権利:本間鐘樹の身柄を解放
━━━━━━━━━━━━━━━
・・・何コレ?
格闘技の試合?
・・・いやいや、もっと重要な事が一番下に書かれているぞ?
勝者の権利:本間鐘樹の身柄を解放。
・・・。
・・・。
・・・。
何コレッッッ!?!?!?!?
寒戸関村の惨劇に対する仮説と検証 第1部 ━1989年 サウンドノベル編━ ちゃっぴー @chapioziisan
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