3 晩酌のお付き合い
その日の仕事が終わったのは午後10時頃だった。
僕は旅館の外に出ると、空を見上げて一息ついた。
東京では考えられない程に星が輝いている。
何気に仕事終わりに夜空を見上げるのが習慣になっていた。
すぐ隣の冬馬さんの家を見てみると明かりが消えている。
もう就寝したのかな、と思ったが、冬馬さんの家の自動車が無い。
もう結構遅い時間だが、外出しているのだろうか・・・。
今日はこの後北さんと雑談する事になっている。
一体北さんは僕に何を話すつもりなのだろう?
そんな事を考えていると、ふと祝旅館の2階の東側物置部屋の北窓から明かりが漏れているのに気が付いた。
掃除用品や生活用品等を置いている従業員用物置部屋なので、弥栄さんかマナミさんが部屋で何かやっているのだろう。
フッと物置部屋の明かりが消えた。
用はすんだのだろうか?
と思ったらまた物置部屋の明かりが点いた。
・・・?
明かりが消えた。
明かりが点いた。
・・・え?
物置部屋の明かりが点いたり消えたり・・・。
規則的に。
と思ったら不規則に。
点いたり消えたり。
何だ何だ?
僕は気になって玄関から旅館に入る。
食堂には佐藤さんが頬杖をついて暇そうに座っている。
北さんは売店でおつまみと冷えた缶ビールを数本買っていた。
お会計をしているのはマナミさん。
マナミさんが一階にいると言う事は、先ほど物置部屋の明かりを点けたり消したりしていたのは、弥栄さんだろうか?
程なくして二階から弥栄さんが降りてきた。
「弥栄さん、さっき二階の物置部屋で明かりを点けたり消したりしていましたか?」
僕はちょっとした雑談のつもりで弥栄さんに話しかけた。
ほんの些細な話をしただけのつもりだったが・・・。
「え!?えーと・・・そ、そうですね」
何だか弥栄さんは虚を付かれた様に相当驚いていた。
僕そんなにマズイ事聞いたかな・・・?
「えーと、あの・・・物置部屋の明かりの調子が悪くて、確認していたんですよう」
弥栄さんがしどろもどろに説明する。
「あ、そうだったんですか」
「そ、そうなんですよお」
別に何もやましい事をしている訳では無いのに、弥栄さんはバツが悪そうにそそくさと僕から離れると、寝室に入ってしまった。
「よお本間、付き合わせて悪いな。おつまみとビール買ったからちょいと晩酌の相手してもらうで」
北さんが僕に話しかける。
明日の朝食当番は弥栄さんなので、多少夜遅くまで北さんの相手をしても特に問題は無い。
・・・僕も北さんに聞きたいことがあったので、好都合だった。
「マナミさん。会計終わったっスか?」
「うん、佐藤さん。待たせちゃってごめんね」
マナミさんはお盆にお菓子とお茶をのせている。
「じゃ、自分の客室でお話しましょう。マナミさん」
「うん。試合の時の話とかだよね?懐かしいなあ」
試合?
何のことだか分からないが、北さんも言っていたように、佐藤さんとマナミさんは面識があるようだった。
佐藤さんは北さんと同じく今年は祝旅館の常連客になる様なので、マナミさんと良い関係になってくれると助かる。
・・・というか佐藤さんは僕に一目惚れとか言っていたけど・・・。
正直僕は佐藤さんと、どう接して良いか分からない!
アレって一種の告白だよね?
先ほどは頭が真っ白になって固まってしまったが、何て返答すれば良いんだ?
そもそも佐藤さんがどんな人なのか知らないし・・・。
そもそも今はアルバイトで寒戸関に来ているんだし・・・。
そもそもただ単にからかわれているだけかも知れないし・・・。
僕たちはそろって二階に上がって行った。
客室は北さんと佐藤さんは隣の部屋らしい。
先に佐藤さんとマナミさんが客室に入って行った。
僕も北さんの客室にお邪魔する。
北さんがちゃぶ台にビールとおつまみを置く。
「まあ座ってーな」
「あ、失礼します」
僕たちは缶ビールで乾杯した。
僕はそれをグイっと飲むと、北さんに質問する。
「あの、北さん。・・・佐藤さんって子、誰なんですか?」
「フリーライターの仕事してる俺の同業者兼後輩や」
「あの、その・・・僕の勘違いじゃ無ければ佐藤さん、僕に好意が有る様な発言をチョクチョクしてくるんですが、・・・えーと、何かの間違いですよね・・・?」
「ああ、あいつお前の事気に入っているみたいやで?」
「それはどうしてです!?だってお互い初対面なのに、どうしてそんな事になるんですか!?」
「さあ?・・・本人に聞いてみたらええんやないの?」
「そうですけど・・・。あ!そう言えば北さん僕の事カメラで隠し撮りしたらしいですね。佐藤さんが言ってましたよ!」
「ああ、悪い。キズナに頼まれたもんやから」
「矛盾してませんか?どうして佐藤さんが見ず知らずの僕の写真を要望したりするんですか?」
「お前の事をキズナに話したのは俺や。最近祝旅館にこんな新人アルバイトが入ったって話をしたんや」
「じゃあ、きっかけを作ったのは北さんなんですね?変に僕の事美化して佐藤さんに話したんですか?そう言うの困るんですけど・・・」
「いや、俺は客観的な事実しか話とらんで?お前の本名、年齢、マナミと同じ大学で同じアパートの友達とか、貝類が苦手とか、料理が得意とか、寝言がうるさいとか、小学校を途中で転校してるとか、子供の頃秘密基地で遊んでたとか・・・美化した情報は話してへん」
確かに美化した情報は話して無いみたいだが、情報量が異常だ。
「な、何でそんな詳細すぎる情報を佐藤さんに?」
「そうか?俺らの職業だとこれ位普通やけどなー」
そ、そういうものなのか?
フリーライターという人達はよほど情報が好きなのだろうか・・・。
「でもどうして佐藤さんは僕の事が気に入っているんですか?」
「本人に聞いてみたらええんやないの?」
は、話が堂々巡りだ。
「ぼ、僕は佐藤さんとどう接すれば良いんでしょうか?」
北さんは少し考えていたが・・・。
「恋愛相談なら弥栄さんの方が適任やないの?」
北さんはお手上げのようなポーズをとって、無責任な事を言う。
弥栄さんに恋愛相談とか話がこじれるだけだ。
何だかこの話はこれ以上していても埒があかない気がしてきた・・・。
僕はビールを飲んだ。
あ、一本目が空になった。
「ほれ。まだまだいっぱいあるからどんどん飲んでーな」
「あ、ありがとうございます」
僕は二本目の缶ビールを飲み始めた。
「ところで、本間。寒戸関村も慣れてきたか?」
北さんが僕に聞く。
「あ、おかげ様で。村人全員とも挨拶しましたし、何とか良い関係を築けそうです。・・・名二三だけ僕の事毛嫌いしてるみたいですけど」
「そうか?ナツミは何だかんだでお前に懐いとる様に思えるけど」
「・・・え?いえいえそんなはずはあり得ません」
「だって、今日キズナがナツミに話しかけた時、ナツミはお前の後ろに隠れとったそうやないか」
あ、そう言えばそうだった。
と言うか体よく壁代わりに使われていただけだと思うんだけど。
「俺も何度かナツミに話しかけたことあるけど、オドオドしてるだけであんまりマトモに会話したことあらへん。そこいくとお前とは普通に会話出来とるそうやないか」
うーん。
会話と言っても理不尽なイチャモン付けられている印象しかないけど。
「話が逸れたな。寒戸関村には慣れてきたか?」
北さんが先ほどと同じ質問をする。
「あ、ハイおかげ様で」
僕も同じ返事をする。
「この間発作起こしたそうやないか。その後大丈夫なん?」
「その後は特に問題ありません」
「そうか・・・」
北さんは腕組みをする。
「発作起こした前後の情報を教えてくれ。何か原因があるはずや」
「慣れない環境下で緊張してただけです。あと・・・警察の人にちょっと良くない噂を聞いてナーバスになっていたのも原因かも知れません。けど、それはマナミさんから話を聞いて解消しました」
数日前、北さんの部屋の前でマナミさんと話をしていたから、そのあたりの事は北さんも知っているだろう・・・。
「他にも原因があるんや無いか?発作が起きたタイミングは土屋冬馬に挨拶しに行った時やったな?」
「どうしてそれを知ってるんですか?」
「あの日俺は旅館に一日中おったんねん。外が騒がしかったから、一部始終は見とった」
「そうだったんですか。確かに冬馬さんに挨拶しに行った時、初対面だったから変に気負って余計緊張していたのも原因だったかもしれません」
「本当にそれだけか?他にも原因は?」
北さんは妙にこの話題にこだわる。
何なんだ一体?
「他には無いと思います」
「そうか」
北さんはそこで黙ってしまった。
例によってメモまで取ってる。
この人メモ魔だな・・・。
「過呼吸の発作以外で何か変わった事は無かったか?例えば・・・頭痛がしたり、頭がモヤモヤしたり・・・」
「いえ・・・。特に無いと思います」
北さんは一体何を聞きたいんだ?
頭痛なんて起きてないし、頭がモヤモヤ何てしてない・・・。
・・・ん?
本当にそうだろうか?
僕はこの村に来てから何か重要な事を見落としている様な、致命的な考え違いをしている様な・・・モヤモヤした感覚に陥った事が何度かあった様に思える。
それが何なのかは僕にも分からないが・・・いや、本当は分かってる。
12年前の失踪事案だ。
空き家で大橋刑事から話を聞いてから、どうしても頭の片隅に引っかかって離れない。
まあ、マナミさんに話を聞いてかなり落ち着いたものの、やっぱり気にならないと言えば嘘になる。
けど、僕には直接関係ない話だし、村の過去を無暗に蒸し返すのはマナー違反だ。
それに・・・この件でもう一つ気になっていた事がある。
それは北さん自身に関する違和感だ。
「北さん。逆に僕から質問して良いですか?」
僕は思い切って尋ねてみた。
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