2 提案
その日の祝旅館の夕食は北さんを含め他の客室のお客さんも食堂では無く、自室で取るとの事だった。
・・・ただ1人、佐藤さんを除いて。
「この夕食、どなたが作って下さったものっスか?」
佐藤さんが弥栄さんに尋ねる。
「誰が・・・というより3人で作ったものですよお。どうぞお召し上がりくださいなあ」
弥栄さんが答える。
「フーン。この焼き魚は?」
「焼いたのはわたしですよお」
と弥栄さん。
「このサザエの料理は?」
「あ、それは私が作りました」
とマナミさん。
「このお刺身は?」
「あ、それをさばいて作ったのは僕です」
と僕。
佐藤さんはお刺身とご飯だけ手元に残して他のおかずを遠ざける。
「自分、刺身だけ食べるっス。後のおかずは下げてもらって良いっスか?」
「もしかして、佐藤さん焼き魚やサザエは苦手でしたか?なら、簡単なものでよろしければ別メニューを作りますけど・・・」
マナミさんが佐藤さんに言う。
「良いんスか?じゃあ・・・7月17日に本間鐘樹お兄さんが作ったチャーハンが好評だったらしいじゃないっスか。それ頂けます?」
僕はチャーハンを作って佐藤さんに持って行った。
「美味しいっス。愛情たっぷりの手料理って感じっスね!」
「佐藤さん。リクエスト頂ければ、答えられる範囲で夕食のメニュー、リクエストを伺いますよ?明日は何を希望されますか?」
マナミさんが聞く。
「じゃあ、明日は本間お兄さん手作りの”焼き魚とサザエ料理”を頂きたいっス」
・・・?
佐藤さんは焼き魚やサザエが苦手だから下げさせたんじゃないのか?
弥栄さんもマナミさんも、もちろん僕も、訳が分からずキョトンとしている。
「もう一つリクエスト良いッスか?隣の空き家には泊れないと伺ったっスけど、自分北さんの部屋に泊るつもりは無いッス」
「あ、はい。事前にその話は伺ってましたので客室は北さんとは別のお部屋をご用意しました」
とマナミさん。
「けど、この旅館、これから繁忙期で満室になる事もあるっスよね?」
「え、ええ。そういう事もあるかも知れません」
「そんな状況で1人分の料金で客室を独り占めするのは心苦しいっス。そこで提案っスけど・・・。料金は2人分払うんで自分と、本間お兄さん、同じ客室で泊れないっスか?」
・・・。
・・・。
・・・。
ハア!?
何を言ってるの佐藤さん!?
「そ、それはどう言う事でしょうか?カネちゃん・・・本間君は当旅館の従業員でしてその様な事はいたしかねますが・・・」
マナミさんも流石に驚いている様だ。
「一目惚れって奴っス。自分、お兄さんの事が好きになったんで、同じ部屋で寝泊りしたいっス」
佐藤さんの想像もしてなかったセリフを聞いて、僕もマナミさんも目が点になる。
一目惚れ?
誰に?
好きになった?
誰を?
・・・僕を?
僕とマナミさんが固まっているのをよそに、弥栄さんがニヤリと笑い、目をキラリと光らせる。
「佐藤様。私の不詳の愛娘、マナミと本間鐘樹さんは、東京のアパートで同じ屋根の下で暮らし、互いに下の名で呼び合う仲。それを知ってのご発言でしょうか?」
弥栄さん!?
脳みその80パーセント位が恋愛脳で出来ている弥栄さんがいる事を忘れていた!
これは何かとんでもない事になるぞ・・・!?
「北さんから聞いてるっス。けど聞いた話じゃ男女の仲では無いって話っスよね?」
「うふふ。果たしてそうでしょうか?若い男女が同じアパートの隣同士・・・。そこで何もおこらない訳が果たしてあり得るでしょうか・・・」
「何が言いたいんスか?オバサン」
まずい!
マナミさんと協力して、弥栄さんの暴走モードを止めないと!
と思ったら、マナミさんが僕の腕を引っ張って台所に連れていく。
「マナミさん・・・?弥栄さん止めなくて良いの?」
「良いんじゃない?」
「・・・は?」
「それよりさ、さっきナっちゃんから聞いたんだけど・・・。佐藤さんとカネちゃんがさっき旅館の前で熱烈に抱きしめ合っていたって本当?」
「あ、あれは僕にもよく分からないんだよ。そもそも抱きしめ合っていたんじゃなくて、いきなり一方的に初対面の佐藤さんに抱きつかれたんだよ」
名二三の奴、相当話を盛ってマナミさんに伝えてるらしい。
「フーン。まあいいや。所でカネちゃんと佐藤さんって本当に初対面なの?」
「そうだよ。見ず知らずの女性だよ」
「うーん?けど、ナっちゃんの話だと・・・」
「名二三は多分大げさな話を伝えてると思うから。そこの所はむしろ勝吾君に確認取って!」
マナミさんはしばらく腕組みをして考えていたが、最終的には納得してくれた様だ。
「それもそうだね。食堂に戻ろう」
食堂の方ではどう言うやり取りが行われていたのか知らないが・・・。
「うふふふふ。では、宿泊代は結構です。1部屋にお布団を3つ。佐藤様、マナミ、鐘樹さん。当旅館は決していかがわしい所ではありませんが・・・どうぞ愛憎と狂乱の一夜をお楽しみ下さい・・・」
「・・・本当に何言ってるんスか?オバサン」
何だかよく分からない事になっている。
何がどうしてそう言う話になったんだよ・・・。
てか、流石に佐藤さんもドン引きしてるぞ・・・。
と、ここで北さんが2階の客室から降りてきた。
「よお、キズナ」
「何スか。北さん」
「お前何訳分かんない事で駄々こねてるねん。俺の部屋に泊れ言うとるやろ」
「アンタと同じ部屋?それは願い下げっスね」
えーと。
佐藤さんは北さんが呼んだ人のはずだけど・・・。
二人はあまり仲が良くないのだろうか?
「そうか・・・。ならしゃーないな。けど、キズナの言う通りこれからの宿の繁忙期に1人1部屋独占するのは気が引けるな」
北さんが弥栄さんとマナミさんと・・・そして僕を見る。
「俺からの提案なんやけど、本間。お前俺の部屋に泊らへん?売店横のスペース冷房無くて寝苦しいやろ?料金は2人分出すで?」
え?どう言う事だ?
「い、いけません北さん!殿方同士でそのような・・・ッッ!!」
弥栄さんが顔を輝かせて何か言ってるが・・・。
それはひとまず置いておいて。
北さんの意図は何だろう?
”俺からお前に話をすることもあるかも知れへんけど、嫌だったら断ってくれてもええ。逆に・・・話に興味があったら聞いてくれてもええ。後はお前に任せるわ”
ふと3日前、最後に交わした北さんのセリフを思い出した。
恐らく・・・。
北さんは僕に何か話したい事が有るのではないか?
ここで断ったら二度と北さんの方から僕に話をすることは無いかも知れない。
「北さん。僕は売店横のスペースで寝泊りします」
「そうか・・・」
「けどもしご退屈する事があれば・・・。僕で良ければお部屋にお邪魔してお話相手をいたしますが・・・」
取り合えず、そう答えてみた。
「そうか。助かるわ。ちょっと退屈して話し相手が欲しかった所なんや。後片づけとか仕事終わったら、チョイと俺の部屋来てくれるか?」
「分かりました」
北さんは自室に戻って行った。
「余計な事してくれるっスね、北さんも」
佐藤さんはマナミさんの方を向く。
「祝マナミさん。良ければアナタともお話したい事があるっス。仕事終わったらお付き合い頂けないッスか?」
「え?私ですか。構いませんが」
「別に敬語使わなくて良いっスよ。アナタの方が一学年上じゃないっスか」
「・・・分かった。実は私も佐藤さんに話があるんだ」
マナミさんも佐藤さんの提案に答えた。
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