最後の戦争
体力が新兵ほどない経験のある老兵がこういう時には真っ先に死ぬが、残してきた瀕死の新兵のことを考えている新兵が、優秀な兵士の盾になってくれている。
それでも、やはりこういう体力勝負の時は銃には、頼ってきた俺らより敵さんのほうが強い。しかも俺らは、情報を知らない仲間に
「逃げろ!」
と、声をかけながら進んでいるため、さらにスピードが遅い
クレイが最後尾の新兵に
「一発撃て!」
と言った。かなりの声を出さないと、最後尾まで聞こえない。後ろの兵士三人が振り向いて全員が一発ずつ撃って、三人を殺した。
その直後、矢でハリネズミにされて、道をふさいだ。判断力のある新兵がマッチを擦って、投げた。火葬してもらえる兵士は少数派だ。それで敵は立ち往生して、俺らは追跡を振り切った。
「わざとだろ」
クレイに言うと
「偶然さ。お悔やみ申し上げるよ」
嘘をついてることは、分かった。ともかく、その三人のおかげでそのあとは誰も弓に撃たれなかった。そのまま逃げてたら犠牲は十人ぐらいになってただろう。
「命は大事なんだぞ。ガキだって知っている」
俺が道徳に対する皮肉七割、ジョーク三割で言うと
「お前、蟻つぶしたことあるか?」
クレイが急に聞いた。本心は・・・読めない。こんなポーカーフェイスができるならギャンブラーにでもなればいいのに。兵士よりはよっぽど割に合うぞ。
「あるが・・・それがどうした?」
「アリの命も、人の命も同じ価値って、幼稚園で教わっただろ」
道徳に対する皮肉なら、こいつのほうが一枚上手だった。まあ、道徳の教科書の編集委員会に喧嘩を売るのはこのあたりにしておこう。
彼らも、軍隊を支える納税者なのだから。
「とりあえず補給部隊がいつも到着するあたりまで行こう」
「そうだな」
「休憩終了!もう少し進むぞ!」
「はい!」
俺らは、疲れている体を動かして歩みだした。
後ろではいまだに炎が上がっていて、敵の足止めをしていた。下手に突破しようとした兵士のものなのか
「ギャーーーー熱い、熱い」
という地獄の底から湧いてくるような叫び声がかなりの数聞こえた。炎に突っ込んだらやけどするなんて幼稚園児でもわかるよ。
俺らは五キロほど走って、補給部隊が到着する前に、補給部隊が来る位置に到達できた。
周囲にいた補給部隊から物資を受け取るために待機していた兵士には、南にに避難するよう呼び掛けた。
「ここは俺らが止めておく。お前らは先に逃げろ」
とか正義のヒーローっぽいことを言って補給部隊のためにに残ろうとする情に厚い兵士もおぱらった。まあ南に逃げた兵士は、実際助かるだろうが。
「よしOK」
クレイが言った。
「万が一のために敵を迎撃する準備をしながら補給部隊を待とう」
俺が指示を下すと
「了解!」
と、返事が返ってきた。新兵と言っても、実戦経験はかなりあるからな。落ち着いている。だが、指揮官であるクレイの仕事を取ってしまったかもしれない。まあ、本人は気にしていなさそうだからいいだろう。
俺は、補給部隊から受け取った予備の食料や武器弾薬を入れる部屋に入って、中に入っている弾薬と食料を、近くの椅子や砂袋でバリゲートを作っている兵士たちに渡した。
俺らの銃は五発連射で、持ち歩く弾丸は大体五十発程度だ。もう無くなっている兵士も多い。
銃が壊れている兵士には新しいものを渡しておいた。
こだわっている兵士は、支給された銃を微妙に加工してあったりする。
そのため、新しい銃を分解して壊れている自分の銃と、パーツを取り替えている、いわゆる共食い整備をしている器用な兵士もいた。すさまじい早業だ。
十人ほど、バリケードで身を守りながら北側に銃を構えた。その他の手の空いている兵士たちは、補給部隊がいつ来るかを双眼鏡で眺めながら待機していた。
さらに
そのうちの一人が北側のバリケードに細工をしているのに、その時は気付かなかった。
「敵が来たぞ」
「補給部隊だ」
北側で銃を構えていた兵士と、双眼鏡で補給部隊を待っていた兵士から同時に声が上がった。ついでに銃声が響き始めた。
「南に後退する」
マジかよ。何のためにバリケードを作ったんだよ。そう言おうと思うと、クレイは言葉を続けた。
「南側から補給部隊の横に回り込む。成功しなければ、補給部隊も我々も銃の威力を生かせず全滅するだけだ」
なるほど。確かに敵から離れて塹壕から出ることは、理にかなっている。
「後退するぞ」
クレイの指示で、全員一斉に後退しだした。最後尾からついてきた、さっき細工をした兵士が、マッチを擦ってそれをバリゲードに放り投げた。
バリケードを越えようとしていた敵兵が吹き飛んだ。同時に近くの火薬庫にも引火してそのあたりにいた敵兵が一気に吹き飛んだ。
放棄された大砲が倒れたまま発砲され、大砲を鹵獲しようとしていた兵士が、吹っ飛ばされた。その反動で付近に立っていた敵兵を押しつぶした。
倉庫に入っていた弾を込め終わっている銃が燃えながら火を噴いた。俺らの側にはほとんど火が回らなかったから、爆発には巻き込まれなかった。
「すごい技術だな。バリケードを加工するだけで、あの辺り一帯を巨大な爆弾にしたんだ」
「確かに。いったい誰がやったんだろう?」
俺とクレイは、全速力で、崩れていくさっきまで俺たちがいた塹壕から逃げながら会話した。マッチ棒を投げた兵士は、新兵に紛れ込んでいる。
塹壕の骨組みは燃えてしまう木をやめて、金属製にすべきと報告書を書いておこう。
そんなどうでもいいことことを考えていると、クレイが明るい声で
「みんな。補給部隊がちょうどよい位置に入った。これから補給部隊の後ろに回って、各自で本国を目指せ!!」
命令を下して塹壕から飛び出した。それに続いて兵士たちが一斉に塹壕から飛び出す。
すでに補給部隊は奇襲攻撃されていた。補給部隊は気の毒だが、やっぱり自分たちの命には代えられない。
「わーーーー」
全員で絶叫しながら補給部隊の後ろへ入った。
「なんだ!」
「どういうことだ」
補給部隊が振り向いて俺らに向かって聞いた。
その後ろから巨大な矢と、剣を持った熟練の兵士が迫っていた。
「後ろに注意!」
そう警告した時には、すでに矢と剣士が到達していた。
補給部隊は、背後の犠牲者をもって俺らに囮にされたのに気付いたらしい。
「クレイ!ラタ!この悪魔どもが!」
「ふざけんなー!」
「裏切者が!」
と、すさまじい恨み言を吐かれた。これは悪夢に出てくるな。
俺は最後尾を走っていたのだが、突然兵士後ろから走ってきた。
何とか戦っている補給部隊を突破してきたのか息が上がっていて、鎧は途中で脱いだらしく、一般人とほとんど変わらない恰好をしていた。
しかも肩に銃で撃たれた傷があった。
元は結構大人数の補給部隊を突破した最強の戦士でも、こうなったら素手でもやれる。
「みんな。先行っててくれ。こいつは俺がやっておく」
「了解しました」
とりあえず先に行ってもらった。どうせ三秒ぐらいで済むからな。
俺は三メートルぐらい離れたところにいる兵士に向き合って言った。
「今逃げるなら右足一本切らないといけない状態にするだけで済ませてやろう」
銃を向けながら言った。すなわち、命だけは助けてやろうということだ。
無言で切りかかってきた。けがしてなければ強い剣士なんだろう。型は決まっている。でも、銃を相手にするとしたら遅い。俺は、右足を狙って引き金を引いた。
「どうかな?今なら右腕を切断しなきゃいけない状況にするだけで許してやろう」
これはジョークのつもりで言った。しかし彼が声もなく倒れたため、多分その返答は聞けないと判断した。まああんな満身創痍の状態で倒れたら、死んだようにしか見えない。
しかし、彼は倒れながら剣を投げつけた。腐っても剣士。初対面の人にものを投げるとは失礼な奴だ。
俺は、銃床でそれをはじいた。木製の銃床に深い傷がついてしまった。後で取り替えておこう。素材は定番クルミ材でいいだろう。
というか銃床の素材はクルミ材って決まってるからな二つの木材を継いで使って衝撃を分散させるというやつを試してみよう。
俺は、次の手を撃たせないように相手の右腕に一発撃って言った。
「死にたいようだな」
俺は相手の心臓に銃口を当てた。これでいつでもやれる。
「待ってください!殺さなくてもいいでしょう」
急に命乞いしだした。ここまで来て命乞いとかこいつ中途半端だな。
「貴重っていうのは需要のほうが供給より大きい時のことを言うんだ。今の人間は、供給が多すぎるからな」
「待っ」
「無理だな。俺も忙しい。もう少し暇なときに頼んでくれ」
俺は引き金を引いた。カチンと、銃が玉切れを告げた。こいつ一人のために弾を使うのは惜しい。それに、彼には殺す価値もない。俺は振り向くと、仲間を追って走り出した。
「一寸先は闇とは、よく言ったものだ」
おれは逃げながらつぶやいた。
終
◇◇◇
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。もしよければフォロー&★評価をいただけると、幸いです。
戦争と戦場と兵士と 曇空 鈍縒 @sora2021
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます