後編
――この国には魔女が居る。
あのシャーロットの悲劇と名付けられた令嬢と同じ名前の魔女が。魔女は国内を点々と歩き、拠点を変え、今日もただ、ひたすらに何かを待っている。
それはシャーロットの悲劇から三百年後のある日、魔女の家に訪れたひとりの少年。シャーロットは彼を見て、驚いた。
「――リンジー……?」
「やぁ、シャーロット。随分、待たせてしまったようだね」
三百年前と容姿は違えども、それは確かに『リンジー』だった。
この三百年で君主政からへ共和政と変わり、国は見違えるほど豊かになった。様々なトラブルもあったが、国民たちが協力し、解決していった。それを三百年、シャーロットはずっと見守っていた。
「まさか本当に君とはね……」
リンジーを家に招き入れて、シャーロットはお茶を出した。あの日、毒を飲んだ後……シャーロットは埋葬されるはずだった。だが、シャーロットの身体は死んでおらず、仮死状態だったようで、誰も居ない場所で目覚めて以来、シャーロットの身体は老いることも死することも出来ずにただただ生きることしか出来なかった。
どうやら毒薬の副作用のようだ。毒薬をくれた魔女の元へ向かい、シャーロットはなぜ自分が死ねなかったのを問う。魔女はひっひっひと笑いながら、シャーロットが受け取った毒薬は近くの人の想いに反応することを教えてくれた。
あの日、シャーロットを死なせたくないと願ったリンジーの想いによって、シャーロットは生き延びたのだ。
「……本当の本当に、リンジーなの?」
「うん、まさか三百年後も経っているとは思わなかったけど。ごめんね、シャーロット。随分と待たせてしまったようだ」
三百年細々と暮らしていたシャーロットにとって、リンジーの訪問は本当に驚きで、リンジーが生まれ変わり、前世の記憶を持っていることにも驚いた。リンジーは生まれ変わってから十六歳になるまで、首都で暮らしていたらしい。十六歳のとある日、突然記憶が蘇ったという。
「小さなころに記憶を取り戻していたら、多分発狂していただろうね」
「……残酷な記憶ですもの」
「記憶が戻ってから、君のことをずっと探していた。シャーロットと呼ばれる魔女のことを。すまない、俺が君を守りたいがために、君を死なせることが出来なかったんだな……」
申し訳なさそうに眉を下げるリンジーに、シャーロットはゆっくりと首を左右に振った。
「魔女が言っていました。きっとあなたが生まれ変わるだろうと。そして、私のことに気付いてくれるだろうと……」
「魔女が?」
「はい。彼女は私とあなたが再会すれば、きっとまた運命が巡るだろうと……」
運命が巡る、とリンジーが口にする。シャーロットはその時のことを思い出して目を伏せた。リンジーが首を傾げると、シャーロットは視線をリンジーに向ける。
「――会いたかった、ずっと、待っていたの……」
「シャーロット……」
目に涙を浮かべて微笑むシャーロットに、リンジーは椅子から立ち上がって彼女に近付き、その手を取った。
「ずっと一人きりにしてすまない。これからは、共に生きよう、シャーロット」
「……それはプロポーズですか?」
「花も指輪もないプロポーズでは、失礼だったかな?」
「いいえ、いいえ。リンジー殿下。あなたと共に居られることが、一番の喜びですわ」
そっとリンジーの手に自分の手を重ねて、シャーロットは美しく微笑んだ。
それから、リンジーとシャーロットは二人で細々と暮らしていた。生まれ変わったリンジーは、孤児として首都の施設で暮らしていたこと、そこで共に住んでいた子どもたちや世話をしてくれていた人たちのこと、十六歳の誕生日に記憶を取り戻してからシャーロットを探すために旅に出たことなどを時間を掛けて彼女に話す。
シャーロットも、三百年の間にあったことをゆっくりとリンジーに話した。
「――色んな事がありましたね」
「本当に。シャーロットを見つけ出せて良かった」
「……首都で、私のことはどのように伝えられていましたか?」
自分で聞きながらも人の評価が怖いのか、少し肩が震えていた。そんな彼女を安心させるようにリンジーは微笑みを浮かべる。
「心優しき魔女が居る、と。君は、良く人を助けていたのだろう?」
「……助けた、と言うよりも……、私はただ……尋ねられたことを教えただけで……」
薬草の煎じ方、どの薬草がどの症状に聞くのか……魔女として必要な知識を、親や子を助けたいという切なる願いを持った者に与えていた。各地を転々としていたが、どこからかシャーロットの話を聞いた人たちが助けを求めるようになった。
そして、シャーロットは結局首都の近くの森の奥に住むことにした。
(――私がこの森の中に住むようになったのは十六年前……。もしかしたら、リンジーが生まれ変わったことを感じていたのかもしれませんね……)
目の前に居るリンジーに、シャーロットは頬を赤らめた。
彼女の師匠である魔女は、シャーロットの寿命は愛する者と共に居ること、そしてその者が命を落とす時に彼女が望めば共に死ねるだろうと言っていた。本当かどうかはわからない。
「……もしも、もしもこの先……、リンジー殿下が命の危機に陥った時、今度こそは、私も一緒に連れて逝ってくださいませね」
「……シャーロット、それは……」
「私はもう、あなたを失った後の虚無感を味わいたくないのです……」
「……そうか、そうだね……。うん、今度は共に……逝こう」
リンジーがそう言うと、シャーロットは美しく微笑む。
リンジーとシャーロットは、森の中でひっそりと暮らすことを選んだ。時々、旅行のように各地を回って、平和になった国を見てあの時の判断は間違っていなかったのだと確認し、危険が近付けば出来るだけ遠くへ逃げる。
二人だけの世界を何年も、何十年も続けた。それでもリンジーとシャーロットは幸せそうに暮らしていた。互いしか要らないと思えるほどに、彼らはずっと傍にいた。
たまに喧嘩をすることもあったが、いつの間にか仲直りをしていた。喧嘩よりも笑い合う時間のほうが圧倒的に多かった。そんな時間を大切に、大切に積み重ね――二人はずっと一緒に暮らしていた。最期の瞬間まで、二人は幸せに暮らしていた。
シャーロットの悲劇には、続きがあったことを国民は知らない。
それが彼と彼女にとって、とても幸せな結末だったことも。ただただ、シャーロットの悲劇は語り継がれていた。時には絵本に、時には劇にと姿を変えながらも、シャーロットの悲劇は受け継げられていた。
ただ、その悲劇ではあまりにも彼女たちが哀れだと、年々シャーロットの悲劇は幸せな結末へと書き換えられていく。
シャーロットとリンジーは、天からその話の流れを眺めていた。
「まさかこんな後世にまで語られることになるとは」
「あの頃は思いませんでしたね」
そんな会話をしながら、彼らは共に過ごしている。
彼らの幸せな時間は、まだまだ続いていくようだ。
君を守るために、演じ切ってみせよう。 秋月一花 @akiduki1001
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