中編


 ――そして、それから一週間後。クーデターが起こった。

 平民たちが力を合わせて、王族たちを捕らえた。リンジーの父親である国王陛下も、母親である王妃殿下も、リンジーの兄弟や親戚までも、捕らえられた。捕らえられた王族は牢に入れられ、最期の時を待つ。ひとりずつ、狭い牢屋に入れられたからか、父親の憤怒の声、母親の嘆く声、様々な声が聞こえた。

 リンジーはただ、最後の時を待っていた。


(シャーロットは無事に南の国についただろうか?)


 牢屋の壁に背をつけて座るリンジーは、ぼんやりとした思考でシャーロットのことを想った。南の国にこの話題が届くのは時間が掛かるだろう。……出来れば、シャーロットの耳に届かないで欲しいと思うのは、許されないことだろうか。

 リンジーがそんなことを考えていると、父親が連れられた。公開処刑を行うらしい。それほどまでに、王族たちに対して憎悪を向けていると言うことだ。どこで行われるかはわからないが、父親が処刑されたのか人々の声が聞こえた。

 いつか、自分もそうなる運命なのだろうとリンジーは考えて目を伏せる。


(……父や母を止められなかったは俺たちだ。当然の報いと言うわけだ……)


 税金を上げて平民を苦しめ、逆らう者は見せしめとして死なない程度に痛めつけた後に、家に帰していた。だが、遅効性の毒を飲ませていたから、家に戻った者はあっという間に命を落とす。それをまるでゲームのように楽しんでいた両親たち。

 止めようとすれば殺されかけた。だからこそ、助けられた者は僅かだった。シャーロットはこのことを知らない。教えていないから。


(聡い彼女のことだから、バレているかもしれんがな……)


 リンジーはゆっくりと息を吐いて、それから目を閉じた。どうせ殺される運命なのだ。見せしめのように公開処刑され、新たに王が生まれるのだろう。レジスタントのリーダーなら、後のことを任せられる。

 レジスタントのリーダーは、騎士だった。父親たちの悪行を止めようとしたが、結局は止められず毒を飲まされ、拷問の末に左目を失った。あと一日遅ければ、その命はなかっただろう。助け出すのは苦労した。リンジーの護衛である騎士も、彼を助けるのに協力してくれた。仲の良い同期だったそうだ。そんな護衛も、つい先日に休暇と言う名の国外追放にした。うまくいけば、シャーロットと会えるかもしれない。


(……ローズマリーにも感謝しなくては)


 アカデミーの秀才であった彼女は、このままでは国が滅びるとわざわざリンジーに伝えに来た。それに対しリンジーは沈黙で肯定した。


『ローズマリー、君のことを雇いたい』

『雇う、ですか? 殿下が、男爵令嬢の私を?』

『有能な人材に、身分は関係ないだろう。協力してくれたら、君ら家族……使用人を含む男爵家の人たちを他国へ逃がし、生活の基盤を整えるまでの金貨を渡そう』

『殿下は、どうなさるおつもりですか?』

『……王族としての責務を果たすさ』


 そう言った時の彼女の表情は、何かを耐えるようだった。


 計画は順調に進んでいった。ローズマリーは本当に良くしてくれた。レジスタントのリーダーは着実に仲間を増やしていったし、国民たちの不満は増えていったし、極めつけは心優しき公爵令嬢を公開婚約解消だ。さらに問答無用で国から追い出した。そのため、国民のリンジーへの評価は下がり、クーデターの日を早めたようだ。


(シャーロット、どうか君だけは、無事でいて欲しい)


 そう願って目を伏せる。

 そして、それからどのくらいの時間が経ったのかわからない。日に日に減っていく牢屋に入った人たち。一日に一回は確実に公開処刑を行っているようだ。それだけ、国民たちは王族や貴族を憎んでいると言うことだ。

 ……さらに数日が経ち、ついにリンジーの番になった。

 公開処刑の場所まで連れていかれ、断頭台に押し付けられる。


(――これだけの人々が、王族の死を望んでいる)


 リンジーは何も言わなかった。ただただ、憎悪で満ち溢れている国民たちの視線を感じ取り、目を伏せる。刑が執行されるその一歩手前、凛とした声が響いた。


「お待ちください、お願いします……!」


 その声がシャーロットのものだと気付いた時、リンジーは反射的に顔を上げていた。民衆をかき分けるように近付いて来る彼女の姿を目視した彼は、「近付くな!」と声を上げる。


「なぜです、なぜなのですか、リンジー殿下! どうして私に、共に死ねと言ってくださらないのですか!?」


 運命を共にする覚悟だとシャーロットが口にする。ならば共に死ねばいいと民衆がシャーロットを断頭台へと運んだ。南の国に居るはずの彼女がなぜここに居るのか、そしてリンジーと共に命運を共にしようとするのかがわからず、リンジーはただ、シャーロットを見つめていた。


「――なぜ、戻って来たんだ。君は、君だけは生き延びるべきだったのに!」


 声を荒げるリンジーに、シャーロットはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、リンジー殿下。私もこの国と……あなたと命運を共にしたいのです。私は、あなたを愛しているから」

「シャーロット……」

「国民たちよ! これで満足か!? お前たちもこの国の王族と変わらない! 私利私欲のために公開処刑するなど、下衆の極みである! 覚えておきなさい、我ら王族、貴族の死を! 誇り高き死を! その目に焼き付けなさい!」


 そう言ってシャーロットは瓶を取り出した。リンジーに顔を向けて、優しく微笑むと、シャーロットはその瓶の蓋を開け、中身をぐっと飲み干す。


「やめろ、やめてくれ、シャーロット! 死ぬべきなのは俺であって、君ではない!」

「――いつかまた、巡り合いましょう……」


 シャーロットが倒れるのと同時に、ギロチンの刃が落とされた。

 その瞬間を見ていた人々は、王族を処刑することで自分たちのこれまでの憂さを晴らしていたことに気付き、叫び出す。自分たちが、あれほど嫌っていた王族と同じことをしていることに発狂したのだ。

 のちに、このクーデターはシャーロットの悲劇と名付けられた。

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