君を守るために、演じ切ってみせよう。
秋月一花
前編
とある城で行われた、とあるパーティー。貴族たちが優雅に微笑んで世間話に花を咲かせているその会場で、王太子であるリンジーは自身の婚約者であるシャーロットではなく、男爵令嬢のローズマリーをエスコートして入場した。
ざわつく会場に冷たい視線を送り、遅れて入って来たシャーロットはリンジーの隣に居るローズマリーに気付くと傷ついたような表情を一瞬浮かべた。
「リンジー殿下、なぜ婚約者であるわたくしではなく、そちらの令嬢をエスコートしたのですか……?」
「それは君が一番良くわかっていることではないか?」
ローズマリーは勝ち誇ったような表情を浮かべる。それを見て、シャーロットはぎゅっと拳を握った。確かに彼女のことは知っていた。アカデミーでは成績優秀で生徒会にも所属しており、将来を約束された才女であると噂されるほど、彼女は賢く美しい。そしてそれはすべて、彼女が自分で勝ち取ったものだとリンジーも、シャーロットも知っている。
「――シャーロット、君との婚約破棄を宣言する!」
「なぜですか、リンジー殿下!」
目を大きく見開き、今にも泣きそうなほどの涙を浮かべながら声を荒げるシャーロットに、リンジーは目を伏せてローズマリーの肩を抱いた。それからゆっくりと呼吸をして、シャーロットへと視線を向ける。いや、睨んでいると言っても過言ではない。
「君は南の大陸に行くことになった。今すぐに、この国から出ていきたまえ」
リンジーの冷たい声が会場内に響き渡る。シャーロットは肩を震わせて耐えきれないとばかりに会場を後にした。シャーロットが会場に到着してから、十分も経っていない。会場から姿を消すシャーロットの姿を、リンジーはただ見つめていた。
「――さて、頭の固い公爵令嬢は会場を後にした! 今宵は時間を忘れて楽しもうではないか!」
シャーロットが完全に姿を消したのを確認してからリンジーはそう叫んだ。会場内はシャーロットのことなど気にせずに、むしろ一種のパフォーマンスを見たかのように盛り上がった。それを冷めた目で見つつも、リンジーはパーティー会場に最後まで居た。
パーティーが終わり、別室に居るローズマリーの元へ向かう。扉をノックすると、ローズマリーが「はい」と返事をした。
「失礼するよ、ローズマリー」
「どうぞ、リンジー殿下」
部屋の中に入るとローズマリーがリンジーを見上げた。そして、痛ましそうに表情を歪ませると、こう尋ねて来た。
「本当に宜しいのですか、殿下」
「ああ。……君も、すぐにこの国から逃げるべきだ。――ご苦労だった、ローズマリー」
金貨の入った袋を手渡す。ローズマリーは金貨を受け取って、それから頭を下げた。
「殿下のお心遣いに感謝いたします。これだけの金貨があれば、家族ともども逃亡することが出来ます」
領地を持っていない男爵家だったため、家族と使用人がどこか遠くへ逃げられ、逃げた先で暮らしの基盤を整えられるくらいの金貨をローズマリーに渡したのだ。
リンジーはふっと微笑みを浮かべて、こくりとうなずいた。
――どうか、シャーロットが南の国につくまでは、何も起きませんように。
シャーロットがパーティー会場から出ていって既に三日が経過している。恐らく、現在は馬車で南の国に向かっていることだろう。シャーロットの家族たちも、南の国に行くように言ってはみたが、公爵はそれを断った。
そして本日はそんな公爵がリンジーの元に訪れていた。
「――天気の良い日が続きますね」
公爵はそう切り出してきた。リンジーはすっと視線を空に向ける。確かに晴れの日が続いていた。
「そうですね」
リンジーと公爵は、リンジーの執務室でお茶を飲みながら話をする。公爵はお茶を一口飲んでから小さく息を吐いた。
「――恐らく、あと一週間もすればシャーロットは南の国につくでしょう。リンジー殿下には感謝と同時に、申し訳ないと思っております」
「公爵?」
「シャーロットは何も知らずに南の国で暮らすでしょう。いずれ来る日に、我々のことを恨むかもしれませんが……」
「それでも、シャーロットが生きてくれることが俺の望みですから」
腐りきったこの国は、もう終焉まで時間がないだろう。
レジスタントがクーデターの準備をしていることを知ったのはもう何年も前になる。悪行の数々を犯して来た国王、それに付き従う貴族。平民たちの不満は増すばかりの国。……人数を集め、武器を集め、……恐らく、まもなく始まるであろうクーデターを思い、リンジーはお茶を飲む。
「……殿下は、本当にシャーロットを愛してくれていたのですね。親としては嬉しい限りですが……」
「ええ、愛していました。愛しているからこそ、彼女は俺と命運を共にすることはないと判断しました。穏やかで優しく、平民たちからも慕われている彼女を追放したことで、国民の不満は更に高まったでしょう。恐らく、近いうちにクーデターが起きると思います。俺は最期まで王族としてこの城に残るつもりです」
この事態を招いたのは国王並びに貴族だ。無論、貴族の中でも平民に慕われている人たちも居る。公爵家のシャーロットがそうであったように。
(俺と共にこの国と命運を共にする必要はないだろう……)
幼い頃からリンジーの婚約者として育ったシャーロット。妃教育を受けながらも、慈善活動にも力を入れていた。あのパーティーの日に、問答無用で南の国に向かわせたのは、南の国は優しい人が多く、暖かく過ごしやすいと聞いていたからだ。もちろん、シャーロットの生活の基盤は整えている。南の国の知り合いに、彼女のことを頼んでいた。
「シャーロットが生きていてくれさえいれば、俺は満足です」
シャーロットがリンジーのことを恨んでも構わない。恨まれなくても、リンジーのことを忘れて幸せに暮らしても構わない。むしろ、自分のことを忘れて、幸せな日々を過ごして欲しいとリンジーは目を伏せた。
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