短編集
しらとり(くゆらせたまへ)
腐った天使を飼っている
「おれ、もう時間だから帰る」
拓斗は公園にある大きな時計を見てから、蹴って遊んでいたボールをカバンに入れた。
僕はなんだか寂しくて、まだ遊びたいなという気持ちで拓斗を見るけれど、拓斗は「今日の晩ごはんカレーなんだ」と自慢気に笑っているだけだった。僕の家だって今日はカレーだもん。
拓斗は夕暮れの中を小さなカバンだけを背負って歩いていく。僕も帰らなくちゃいけないけど、遊んでいたい気持ちも強い。だって僕はまだ子どもで、子どもは遊ぶのが仕事ってパパは言っていたもの。
もう少し、もう少しと思いながらブランコに座っていると、公園の隅にある、丸く切り整えられた花の木の辺りが、ガサガサと揺れ動いた。
「うわあ!」
きっと、僕のお尻は五センチくらいブランコから浮いたと思う。だって、さっきのは野良猫が通ったような音じゃないし、あと、なんだかうめき声みたいなのもするし、しかもくさい!
幽霊なのかもしれない。けど、僕は勇気がある男の子なので、おそるおそる花のところに近づいた。
ちらりと、白っぽい、例えるなら鳩の羽根みたいなのが見えた。それと、黒い髪の毛。
「…天使?」
花の木に埋もれるようにうずくまっていたのは、背中からぜんぶで六つの翼を生やした女の人だった。発想がすごくファンタジーだけど、背中から翼を生やしている人間…っぽく見えるものなんて、天使以外の何物でもない気がする。
僕には天使っていうのがよくわからないけど、きっとこれは人間じゃない。
天使は辛いのか、「うー」とか「あぁ」とか声をあげながら、頭を抱えている。
けど、なにせ僕は勇気ある男の子なので、話しかけてみようと思い立った。
「ねえ、だいじょうぶ?」
草木をかき分けてさらに近づけば、天使はこちらに気づいたらしく、ばっと顔をあげて、その青い瞳で僕を見た。髪は黒いけど、瞳は青いんだ。それってなんだか天使っぽい。
「あ…ぁ、あ…え…、ぇ」
それからも天使は何か言葉を続けていたけど、結局何を言っているかわからなかった。「あええ、あええ」これが天使の言葉なのかな?それとも、英語とか?僕が話せる英語は「さんきゅー」とか「ないすちゅみーちゅー」くらいだから、きっと意思疎通はできない。うーん、スマホに翻訳アプリを入れておくべきだったな。
天使をじっと観察する。なんとかそれだけは着てますって感じのボロボロの黒いシャツの、破けたところから小さい翼がよく見える。
その翼はぜんぜん動かなくて、まるで張りぼてみたいだったけど、確かに本物だ…と思う。
僕は、興味と人…天使助けのつもりで、手を差し出した。
「うちにおいでよ。ひとりだと大変でしょ」
「え、ぁ」「おえ、」天使が首を横に振る。僕の言葉がわかるらしかった。
天使は泣きながら、自分の身体を抱きしめて、ひたすらに震えている。かわいそうだなと僕は思って、今度は天使の土で汚れた右手をとって、立ち上がるように声をかけた。
どうしてこんなに怖がっているんだろう。僕、悪いことはしていないと思うんだけどな。
しばらく困っていると、この気持ちが伝わったのか、天使がゆっくりと立ち上がろうとした。でも、バランスがうまくとれないのか、転んでしまう。なんだか赤ちゃんみたいだ。
僕は、僕より背が高い天使に肩を貸した。短くてボサボサで、適当に切られたって感じの髪の毛を見上げる。天使って、つむじあるんだ。
「今日はね、カレーなんだ。おいしいよ」
天使は何も言わないまま僕の肩に寄りかかって、なんとか歩き出す。
誰も通らないような車線のない道路の隅を、僕たちはのんびりと歩いて帰った。
短編集 しらとり(くゆらせたまへ) @dousite
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