おてんばカノジョと冷め期のカレシ

ムーンゆづる

第1話ずっとずっと、一緒にいてください

「朝だぞ!おっきろー!」

 

 勢いよく人の部屋の扉をあけてすぐ横のカーテンをこれでもかと、全開にする。

 

 騒がしい声と朝の日差しによって強制的に覚醒させられた脳はまだベッドを求めていた。

 脳の命令に逆らうことなく二度寝を試みたが、お見通しでリビングまで引っ張られてしまった。

 

 仕方なく顔を洗って歯を磨き、リビングの二人用のテーブルに朝食が並べられるのを椅子に腰掛けて待つ。

 

 以前、朝食を並べるのを手伝ったところ、「私の仕事を取るな。仕事泥棒!」などと意味の分からないことを言われたのでそれ以来大人しく座ってることにしている。

 

 並べられた朝食を食べ、身支度をして一緒に生活をしている卯月唯衣うずきゆいと同じ高校に登校する。

 彼女は腰まである長いピンク色の髪に、学校では一二を争うレベルの美しく整っている顔立ちだ。


「そろそろ学校に行く時間だぞ唯衣」

「今行くから待ってて」

 唯衣が家から出ると慧は戸締りをして登校する。

 

 黒髪短髪の睨みつけているような怖い目つきでメガネをかけている加隈慧かくまけいの少し前を、唯衣はしゃぎながら歩いている。

 その様子は二年間毎日通っている道なのに、まるで未知のものを見るかのように好奇心を溢れさせている。


「見て見て慧。このお花昨日は咲いてなかったよ」 

「そうか?結構前から咲いてると思うんだけど」

「あ、猫ちゃんだ!三毛猫だ」

「もう違う話題かよ」

 

 二人は高校二年生だ。

 

 唯衣は昔から天然でドジだった。

 だから慧がいつもそばにいて、次第に唯衣を好きになり、三年前に告白して付き合うことになった。

 

 唯衣の親は海外にある有名な会社の社長で、両親共に海外にいる。

 唯衣は自分の家を持っているにも関わらず、「あの家はつまんないしせっかく付き合っているんだから」と言って慧の家に住んでいる。

 

 慧は父子家庭で父親はカメラマンで全国を駆け巡っているので付き合う前、家には慧一人だった。

 慧は生活リズムがバラバラで、家事も苦手だったのでむしろ喜ばしい限りだ。

 

 十分ほどの道のりを唯衣の寄り道で二十分もかけて歩いた。


「そろそろ寄り道しないで普通に登校できないか?」

「こうやって寄り道するの楽しいし、慧とも長く一緒にいれるじゃん」

「俺は早く学校に着きたいんだよ」

 

 付き合い始めた当初はあまり気にしなかったが、今は寄り道しながら時間をかけて登校することに少し嫌気がさしている。

 

 ようやく二人の通う私立松浦高校が見えてきた。

 清潔感のある白を基調とした校舎に多くの生徒が入っていく。

 

 二人もその中に混じり、歩いていると一人の生徒が慧と唯衣の間に入ってきた。


「おっす。相変わらず仲がよろしいことで」

 セットされた茶髪に高身長、且つガタイのいい体つき、そして憎たらしいほどのイケメン顔と人のいい所を詰め合わせたような文句無しのイケメン、赤井春彦あかいはるひこ

 

 二人の中学からの共通の友達で共に信頼をおいている。

 

 春彦はバスケ部のエースとして活躍している。

 中学からバスケをやっていてスポーツクラブにも所属している。

 成績も毎回上位にいる文武両道のイケメンだ。


「おはようはるはる!」

「おはよ。相変わらずバカしてるな」

「あぁ、全くだ」

「二人ともひどい!もう慧はお弁当作らないからね!」

 

 頬をふぐのように膨らませて怒る唯衣を二人はさらにからかいながらも会話に花を咲かせていた。

 

 松浦高校は四つのコースに学力別に分かれていて、さらに一つのコースが二つのクラスに分かれるので、一学年八クラスある。

 

 慧と春彦は一番上のコースでクラスは別だ。

 唯衣の成績はとてもひどく、一番下のコースだ。

 唯一国語が得意なのが救いだ。

 

 春彦は英語が得意で一年生の時、英語の弁論大会で外国人並の英語力と発音でぶっちぎりので優勝だった。

 

 慧は数学が得意で一時間に計算問題二百問を休むことなく全問正解で解いたことがある。

 もはや慧の数学は変態の域に達している。

 

 私立入試は三教科なので中学生の時はみんなでよく教え合いをしていた。


「じゃあ俺と慧はこっちだな」

 コースが違うので唯衣とはここで分かれる。


「そうだ慧、今日の昼休み一緒にご飯食べよ」

「悪い。今日は友達と食べる約束してるんだ」

 それを聞いて唯衣は少し残念そうな顔をするも、すぐに笑顔になった。


「わかった。これ、持って行って」

 渡されたのは丁寧に包まれたお弁当だった。


「ありがとな。じゃあまた放課後に」

 そう言って慧は春彦と教室に向かった。



 4時間目の授業を終えるチャイムとともに、多くの人が猛ダッシュで教室を出ていく。

 

 この学校は生徒が千人以上いるというのに食堂が狭く、毎日席の取り合いになるのだ。

 

 慧は毎日唯衣がお弁当を作ってくれる。

 以前はほぼ毎日唯衣と空き教室で食べていたが、最近は友達と教室で食べている。

 

 お弁当を開けようとした時、2人の生徒が机を勢いよく慧の机にくっつけてきた。

「そんなに早く愛妻弁当が食べたいのか?」

「愛妻弁当を作ってくれる彼女とか……羨ましい!」

 

 慧がお弁当を食べようとしていたのを妨害した短髪茶髪で前髪をセンター分けにしている細身のクラスの中心的な男子――上野蘭うえのらん

 

 慧のお弁当を見る度に羨ましがる黒髪でやや長髪のメガネをかけた男子――田中耀太たなかようた


「愛妻弁当じゃねぇよ」

「どうせ未来の妻なんだから愛妻弁当でいいだろ」

 そんな他愛のない話をしながら三人は弁当を食べる。



 午後の授業も全て終わり校門前で唯衣を待つ。

 

 唯衣はマイペースなところもあって毎回遅れてくる。

 待っていると後ろからいきなり誰かに抱きつかれた。


「えへへー待った?」

「二年間欠かさず待ってますよ。お前が遅れてくるのはいつものことだけどいい加減早くすることはできないのか?」

「はーい。気をつけまーす」

 

 付き合った当初は今日以上に待った時も慧は「待ってないよ」や「全然大丈夫」といった優しい言葉をかけていたが、今は無意識のうちに辛辣な言葉になっていた。

 

 そのことに慧も唯衣も気づいていない。



 近くの大型ショッピングモールで買い物をして家に帰る。

 

 今日は学年末テスト一週間前なので春彦が家に来て唯衣に勉強を教えてくれる。

 夕食も春彦と三人で食べる予定だ。

 

 帰宅して制服のままベッドに身を委ねる。


「こら、制服がしわしわになるでしょう。誰がアイロンかけると思ってるの」

 唯衣に注意され、脱力した体を起こし、制服を脱ぐ。

 

 しばらくして交代で風呂に入り唯衣は夕食の準備、慧は部屋の掃除をする。

 

 二人とも一段落ついた時、タイミングよくインターホンの音が鳴り響く。

 慧は玄関に行って扉を開ける。


「おっす。夕食世話になるな」

「こちらこそ唯衣をよろしく頼む。相変わらず国語以外ひどい出来だ」

 

 六時半ぴったりに春彦が慧の家に訪れた。


「今日はよろしくね、はるはる!」

「定期的に教えてるんだからそろそろ身になってくれよな」

「全くだ。数学なんて英語より教えてるのに同じくらいひどい出来だぞ」

「来週のテストは絶対大丈夫だから!」

 

 毎回聞く謎の自信を慧は軽く流して三人は夕食を食べることにした。



 夕食を食べ終えると早速唯衣と春彦はリビングのテーブルで英語の勉強を始めた。

 

 慧はそれを眺めながら皿洗いをしている。

 仲が良く信頼していてもどうしてもこの光景を見ていると少し嫉妬してしまう。

 

 慧は早々と皿洗いを終え自室に行き、ネットに投稿する用の小説を執筆した。

 

 慧は将来ライトノベル作家になりたいと思い、一年前からネットに小説を投稿している。

 唯衣も慧を手伝いたいと編集者を目指しているが今の学力だと不安しかない。

 

 二時間ほど執筆して少し羽を伸ばしていると部屋の扉が開いた。

 春彦が部屋に入り、慧のパソコンを後ろからまじまじと見つめている。


「最新話の執筆か?」

「ああ。勉強は終わったのか?」

「一回休憩。さすがに唯衣も二時間以上ぶっ続けでやったら元からパンクしてるのにさらにパンクしちゃうだろ。なぁ、小説家のどこに憧れたんだ?」

 

 冗談交じりの会話からいきなり真剣な質問が春彦から来て一瞬、慧は驚くがすぐに平常心を取り戻して答える。


「作家って俺にとっては物語を――世界を創り出す神みたいな存在なんだ。俺はただ元からあった世界で平穏に生きるんじゃなくて、自分の創り出した世界で波乱万丈に生きたい。作家は主人公なんだ。俺はそんな主人公になりたい」

 

 慧の想いを聞いて春彦は驚き、そして微笑を浮かべる。


「作家に憧れるやつはみんなこんな目をして作家について語るんだな。俺の弟も作家を目指していて今小学生四年生なんだけど、同じ質問をした時同じ目で同じことを言ったよ――って」

 

 春彦の弟――赤井夕璃あかいゆうりと慧は会ったことがない。

 春彦から聞いた話だと春彦とは違って昔から少しどんくさいところがあり、球技が大の苦手らしい。


「多分お前の弟も同じ一冊の小説をきっかけに作家になりたいって思ったんだろ。あの本を読めば作家になりたいって思うからな」

 

 あの本とは坂道カクの『Re:tall』というライトノベルのことだ。

 

 作家志望の主人公が一人の女子に恋をして、その恋を二人の女子に手伝ってもらうが、やがて主人公は手伝ってくれた一人の女子のことを好きになってしまうという話だ。

 

 慧は一度夕璃に会ってみたいと思うが、彼も坂道カクに憧れた作家志望の人だ。

 きっと同じレーベルに入ることだろう。

 

 慧は淡い期待を抱き、それは別の物語で実現する。



 その後一時間ほどまた勉強をして春彦は帰宅した。

 

 唯衣はもう何も考えられないと言いながらテーブルに突っ伏している。

 慧が温かいココアを出してあげると唯衣は飛びつくように起き上がってココアを飲んだ。

 

 二人はどこからどう見ても何不自由ない幸せなカップルに見える。

 

 二人もこの幸せな時間はきっと明日も、明後日も、何年後もあると思っていた。



 慧はリビングで唯衣の朝食を待っていた。


「朝ご飯できたよ」

「運ぶの手伝うよ」

 

 慧はそう言って立ち上がり、トーストが乗ったお皿を運ぶ。


「いただきます」


 二人は朝食を食べている時、一瞬の笑顔も絶やさず和気あいあいと話に花を咲かせていた。

 

 それから制服に着替えて二人は同じタイミングで部屋から出て、一緒に登校した。


「あれって桜かな?」

 昨日までつぼみしかなかった木から僅かにピンク色の花が咲いている。


「梅じゃないの?」

「もっと近くで見てみようよ」

 

 そう言って唯衣は木の前まで走って行き、立ち止まってじっくり見つめた。


「やっぱり梅だったな」

 慧の予想通り咲いていたのは梅だった。


「桜だと思ったんだけどなー。でも綺麗だったね。春って感じ」

「そうだね」

 

 二人はそんな話をした後、無言で手を繋いだ。

 

 どちらから言ったわけでも、決めていたわけでもなく。

 ただどちらも繋ぎたくなったから繋いだ。

 

 手を繋ぐタイミングが被ることはこれまでほとんどだった。

 でも二人はタイミングが被ると、まるで初めてのように見合って微笑んだ。


「私達このまま行けば結婚も夢じゃないね」

「そうだな。本当に息ぴったりだしな」

「大人になって結婚したらどこに行きたい?」

 

 そんな唐突な質問に慧は歩きながらしばらく無言で考える。


「まずは同じ大学に行ってそのあと外国とか一緒に行きたいかな」

 

 慧の答えに唯衣は目を輝かせる。


「それいいね!唯衣は日本一周とか東北のお祭り巡りとかしたい。新婚旅行は北海道がいい。誰もいない絶景が見れる場所で写真を撮ったりもしたい」

「絶景が見れるところなのに誰もいないって相当難しいぞ」

「二人でそんな場所いっぱい探そうね」

 

 二人は確信していた。

 このまま二人で同じ未来を支え合って歩んで行くと。

 だからこれはもしもの話ではなく、必ず訪れる未来の話だと。


「慧、大好きだよ」

「あぁ、俺も大好きだよ」



 珍しく慧は唯衣の声や目覚ましなしで朝早く起きた。

 

 恐らく夢が原因だろう。


「そういえばずっと前にあんな約束してたな」

 夢を見なきゃ忘れていたかもしれない約束。


「あの時は手を繋いで登校してたっけ」

 

 いつからかも思い出せないがいつの間にか、二人は手を繋がないで登校するようになった。

 

 何が原因かも思い出せない。

 自然とそうなっていた。

 

 そんな考え事をしていると唯衣が部屋に入ってきた。


「あ、おはよ。一人で起きるなんて珍しいね」

「おはよ。まぁな」

「早く準備してね。もうご飯できるよ」

 

 唯衣が部屋から出ると慧は準備をして、リビングに向かう。

 ちょうど唯衣がお皿に朝食を盛りつけていた。


「唯衣、運ぶの手伝うよ」

「今日は珍しいこと続きだね。どうしたの?」

 

 お皿を持ちながら唯衣は慧の顔を覗いて聞いた。


「な、なんとなくだよ」

 慧はあえて夢の話はしなかった。


「よくわかんないや。でもありがとうね」

 二人は朝食を食べ、昨日と同じように一緒に登校した。

 

 登校の途中、慧は意を決して唯衣の手を取り繋いだ。


「え、またまた珍しいー!登校中に手を繋ぐの久しぶりですごい嬉しい」

 手を繋いだ嬉しさで唯衣はうさぎのようにぴょんぴょん跳ねている。


「たまにはこういうのいいだろ」

「たまにはじゃなくてこれからはまた毎日しようね」

「そう、だな」

 

 慧は少し頬を赤くしながら頷いた。


「慧、大好き」

「あぁ、俺も」

 

 あの夢を見た後でも慧は心の底から好きという言葉は出せなかった。

 

 学校に着き、唯衣と昼休み一緒にお弁当を食べる約束をして一旦分かれる。



 授業中、慧は考え事をしていた。

 

 たしかに慧は唯衣なことが好きだ。

 でも好きという言葉を口には出せなかった。

 恥ずかしいわけではなかった。

 

 自信が、なかったのだ。

 

 以前は自然にできていたことが今はできていないことを夢によって気づかされた。

 

 夢を見ていなければ変化していたことにも気づかなかった。

 

 ある日突然全てが変わったわけではない。

 慧の心と共にゆっくりと変わっていった。

 

 だから慧も唯衣も気づかなかった。

 

 慧は好きという言葉を出せなかったこと、変化にきづかなかったこと、その二つの出来事で迷いが生じた。


 ――俺は唯衣が心の底から、以前のように好きなのか?


 そんな迷いを抱えたまま、昼休みを迎えて唯衣とお弁当を食べた。

 

 午後の授業中もひたすら悩み、迷い、自分の心と向き合ったが答えはでなかった。

 

 六時間目が終わると蘭と耀太が駆け寄ってきた。


「放課後どっか遊び行かね?」

「テスト一週間前だぞ」

「息抜きだよ。大切だろ?」

「まぁいいけどお前ら息抜きしかしてないだろ」

 

 慧に言われ、図星な二人は苦笑いをしながら目を逸らした。



 慧は唯衣に遊びに行くことを伝えてから三人は電車で数駅乗ったところにある、スポーツやアミューズメントを詰め込んだ室内レジャーランドに訪れた。


「僕ここ初めて来るんだよね」

 耀太は挙動不審になりながら辺りを見回す。


「耀太はスポーツそこまで得意じゃないもんな。俺は大人数で来てたな。慧は来たことあるか?」

「俺は唯衣と一回だけな」

 

 ――そういえばあの時は唯衣の運動神経に驚かされたっけ。

 

 あれ以来唯衣が運動しているのを見ていなかったから慧はすっかり忘れていた。

 慧はまたしても唯衣との以前の思い出を忘れていたことに気づき、浮かない顔をしていた。

 

 それを蘭と耀太は見逃さなかった。


「じゃあ俺達が耀太をリードしてやりますか」

「そ、そうだな」

 

 三人は施設に入り、コインロッカーに荷物を預けて身軽な状態になった。

 

 まず三人はテニスコートに向かった。

 

 耀太は中学生の時、テニス部だったのでこれなら耀太も楽しんでもらえると思ったからだ。


「僕経験者だから二人はダブルスでいいよ」

 自信ありげに耀太は向かいのコートに移動する。


「あいつ俺達を舐めてるぞ。ぼこぼこにしてやろうぜ」

 

 蘭はラケットを野球のようにフルスイングしながらコートに入った。

 慧も後を追い、二対一のテニスが始まった。

 

 結果は蘭と慧が僅差で勝利だ。


「二対一なんて卑怯だ!」

「「お前が言ったんだよ!」」

 三人は大爆笑をしながら次の場所に移動した。

 

 次は卓球をした。

 テニスと同じだと思いやってみたが、泥試合もいいところだった。


「卓球って初めてやったけどこんなに難しいのかよ」

 ラリーが続くのはせいぜい一二回が限界だった。


「力加減が難しいな」

 慧は何度も勢いよくピンポン玉を弾いてしまう。


「テニスの縮小したやつだと今まで思ってたけど全然違うや」

 テニス経験者の耀太も苦戦している。

 

 卓球はテニス以上に疲れるスポーツだった。

 

 三人が次のスポーツを探している途中珍しいものを見つけた。


「これ、射的か?」

 一メートルほどの大きい銃が設置してあり、隣には何枚もの紙の的がある。


「これは紙の的を吊るして撃つんだよ」

 蘭はやったことがあるのか慣れた手つきで的を吊るして横にあるパネルを操作して的を移動させた。


「俺のFPSで鍛えた腕を見せてやる」

 自信満々に蘭は銃口を的に向け、撃った。


 撃ち終わると自動で的が戻ってきた。

 

 だが返ってきた的は――


「おい、キレイな的が返ってきたぞ」

「さっきと何も変わってないね」

 二人はお腹を抱えて笑い転ける。


「うるせぇ!ゲームと違ってすごく難しいんだよ。二人もやってみろよ」

 

 そう言われ、二人は射的をしたが


「僕、十二発中八発当たってるよ。慧は?」

「俺は十発だ」

 

 蘭は呆然としていた。

 

 その後もローラースケートやバスケットボール、バッティングなどをして汗をかいた。

 

 ローラースケートで三人は何回も転倒したがその度に見合って笑った。

 

 あっという間の三時間が過ぎた。


「楽しかったな」

「そうだね。慧も楽しめててよかったよ」

「ああ、二人ともありがとうな。多分考えていたことが顔に出ていたんだろ?」

 

 蘭と耀太は、慧が一日中考え事をしているのに気づいて、遊ぶことを提案した。


「うん。困ったらいつでも俺と耀太に言えよな」

 

 三人は今日の思い出話をしながら帰路についた。



 次の日もその次の日も、テスト前の一週間、毎日のように三人は放課後遊んだ。

 蘭と耀太といると、自然と笑いが生まれ、笑顔が耐えなかった。

 

 テスト前日の今日も三人は遊ぶ約束をしており、学校を出ようとした時、通りかかった図書室に唯衣と春彦を見つけた。

 

 二人は楽しそうに勉強をしている。

 

 ――俺達は親友だから。

 そう心に言い聞かせた。

 

 慧は見て見ぬふりをして遊びに行った。



 慧が帰宅してからしばらくすると唯衣が帰ってきた。


「おかえり。随分遅かったな」

「勉強してたら遅くなっちゃって」

「簡単なものだけど夜飯作っておくよ。だから先にお風呂入ってきたら?」

 

 先程唯衣から『先にご飯食べてて』とメッセージが来たので既にご飯は食べていた。


「あ、勉強のついでにはるはるとご飯食べてきちゃった」

「そうか」

 

 そう言って唯衣はお風呂に向かった。

 

 怒りは湧いてこなかった。

 自分が唯衣ではなく、友達を選んだことが原因だから怒ることはできなかった。

 

 それでも、嫉妬してしまった。

 

 この一週間、唯衣から逃げるように三人で遊んでいたのに嫉妬してしまう自分が本当によく分からなかった。

 

 その日は唯衣がお風呂に入っている間に自分の部屋で寝落ちしていた。



 一週間前。


 放課後の静かな廊下を俯きながら一人で歩く唯衣を見つけた。

 春彦は一呼吸おいて、唯衣に話しかけた。


「珍しいな、唯衣が一人だけなの」

「慧は友達と遊びに行ったよ。私はこれから帰るところ」

 

 せっかく唯衣が一人なのにこのままでは身も蓋もない会話をしただけで終わってしまうので春彦はある提案をした。


「時間があるなら図書室で勉強していかないか?」

 予想外の誘いで唯衣もしばらく目を丸くしていた。


「うん!いいよ。英語いっぱい教えてね」

「おう。任せろ」

 

 それから唯衣と春彦は毎日一緒に図書室で勉強した。

 唯衣と二人っきりで話す機会は今まであまりなかった。

 

 唯衣の隣にはいつも慧がいた。

 

 その二人の間に自分がいていいのかと何度も考えた。

 ここまでお似合いの二人に自分が入る隙はないと。

 

 でも、唯衣の近くにいたかった。

 親友としてでいい。

 決して二人の関係を壊したいなんて思っていない。

 

 でも慧といない時くらい、二人で勉強したり遊んだりするくらいはきっといい、はずだ。

 

 春彦はそんな思いを心の奥底に閉じ込めながら、唯衣と接していた。



 そしてテスト当日。


 いつものように騒がしい声と眩しい日光によって目覚めた。


 いつものように朝食を食べて、テストへの不安を少し抱きながら準備をして余裕をもって家を出ようとした。

 

 だが、唯衣がいつまで経っても制服を着ない。


「もうすぐ家を出る時間だぞ?どうしたんだ?」

「慧にもらったイニシャルのストラップがないの!」

 

 慧が中学生最後の日に、これからもよろしくと言って照れながら渡してくれたハーのストラップを唯衣は勝負事の時、肌身離さず持っている。

 ストラップには、金色のアルファベットでお互いのイニシャルが書かれている。


 だがこれ以上探していると遅刻してテストを受けられない可能性がある。


「今日くらいもういいだろ。帰ってきてから探そう」

 唯衣の腕を掴み、制止させるが唯衣は手を払って探し続けた。

 

 一人で行くわけにもいかず、一緒に探した。


「あったー!」

 

 二十分後、唯衣がストラップを見つけた。

 だが、もう学校には間に合わないだろう。

 

 慧は今まで散々唯衣のマイペースなところに振り回され迷惑させられていた。

 

 その怒りが頂点に達して、ついに言ってはいけない言葉を放ってしまう。


「お前がいなければ遅刻せずに済んだんだぞ」

 

 その言葉は唯衣の心に深く突き刺さり、唯衣の足を止めた。


「何止まってるんだよ!ただでさえ遅れてるんだから早くしろよ!」

「なら……私は慧の前から消える……もう別れよう」

「お前何、言ってるんだよ……?」

 

 一瞬の沈黙後に唯衣は慧を抜かしてその場から去って行った。

 

 慧も少し遅れて後を追う。

 

 だが高校に着いた時にはもう唯衣は教室に入っていた。

 こうなってはテストが終わるまで会うことが出来ない。

 

 慧は自分の言ってしまった言葉がどれほど強く、ひどい言葉だったか、今知ることになった。

 

 テスト中も唯衣のことだけを考えてしまう。

 

 一時間目のテストが終わった瞬間、唯衣の教室に走り出した。

 

 だが教室に着いた時には唯衣はいなかった。


「唯衣がどこに行ったか知ってるか?」

 唯衣のクラスメイトに居場所を尋ねる。


「卯月さんならついさっき早退しちゃったよ」

「そうか。ありがとう」

 

 二年間早退どころか欠席すらしたことない唯衣が早退したことで慧の不安は高まる一方だった。

 

 今日のテストは二時間しかなかったので二時間目とHRを終えると慧は急いで家に帰宅した。

 

 家に帰ると慧が想定する最悪の事態が起きていた。

 

 家には唯衣の姿はなく、置き手紙が一枚テーブルに置いてあった。


『家に帰ります。今までありがとうございました』

 

 その置き手紙を見た後、すぐに唯衣に何度も電話をかけたが出なかった。

 

 慧は『ごめん』と一言メッセージをいれて一人になった家で一日喪失感を抱えて過ごした。



 次の日。


 いつもより遅い時間に家を出る。

 

 今までは唯衣が寄り道をしたりするため余裕を持って家を出ていたからだ。

 

 二年間唯衣と通り続けた道を一人静かに歩く。

 

 途中に唯衣がよく話しかけていた野良猫、立ち止まって見ていた花、最近見つけた梅の木などが目に入る。

 

 その度に寄り道する唯衣の姿が脳裏にちらつく。

 

 今まで普通で何ともなかった登校。

 それが今、どれだけ大切でかけがえのないものだったと気づかされた。

 

 しばらく歩いていると目の前によく知る二人が仲睦まじく歩いていた。

 

 春彦と唯衣だった。

 

 まるで唯衣の隣りに空いた穴を埋めるかのように春彦が一緒に歩いている。

 そんな光景を見ても、慧は唯衣の元へ駆け寄ろうとはしなかった。



 四日後。


 今日やっとテスト四日目が終わった。

 

 二人が一緒にいる姿はあれ以来見ていない。

 慧が足早に教室を出て下駄箱に行こうとした時、春彦が廊下で慧を待っていた。


「なんだよ」

 慧は喧嘩腰で春彦に話しかける。


「唯衣と仲直りはしないのか?」

「もう、いいんだ。放っておいてくれ」

 慧はすぐに春彦の前から姿を消そうとしたが、春彦は慧の肩を掴んだ。


「なんでそんなこと言うんだよ」

「もう唯衣の隣にはお前がいるんだろ?」

 

 その言葉を聞いた春彦の頭の中で何かがプチっと切れた音がした。

 春彦の今まで溜まっていた思いが爆発する音だった。


「唯衣の隣にはお前しかいないんだよ!俺や他の人じゃ、だめなんだ……」

 春彦の手は震えていた。


「なんでそう言えるんだよ?」

「俺はずっと唯衣が好きだった。でも慧から唯衣を取りたいとは思っていなかった。でも唯衣は空いて、告白したんだ。告白した時に唯衣はな――『やっぱり私の隣は慧しかいないみたい。一番の親友のはるはるでも慧にはなれない』ってそう言ったんだよ」


 慧は呆然とした。

 

 とっくに唯衣は諦めて春彦と付き合ったのかと思っていたが、実際はその正反対だったからだ。


「だから唯衣と仲直りしろよ」

 どこか悲しげに、でも託すように春彦は慧の肩を叩く。


「もちろん。もう絶対離さない。ありがとな、春彦」

 

 そう言葉を残して慧は息が切れる勢いで走った。

 

 家に着いてすぐ慧はパソコンを起動させた。

 

 ――ただ謝って想いを伝えるだけじゃだめだ。

 

 慧がありったけの想いを伝えられる方法で伝えないといけない。


 それは――『小説だ』


 そう決めた時には想いと一緒に手が動いていた。

 

 唯衣の騒がしい声が聞きたい。

 

 唯衣のお茶目で天然でバカなところがたまらなく愛おしい。

 

 唯衣の笑顔をもう一度見たい。

 

 唯衣が隣にいると安心する。

 

 唯衣の笑顔があれば俺は何だってできる。

 

 唯衣の真っ直ぐな心が俺を振り向かせてくれた。

 

 唯衣を今度こそ離さない。

 

 次は絶対に最後まで2人で幸せになるんだ。

 

 まだ約束したきり行けてないところが沢山ある。

 

 同じ大学にも行けてない。

 

 結婚もしてない。

 

 新婚旅行に行くと決めた北海道にも行けてない。

 

 外国巡りや日本一周もできてない。

 

 お祭り好きな唯衣のために東北を回ることもできてない。

 

 俺が作家で唯衣が編集者で、最高の小説を創りあげることもできてない。

 

 絶景を背景に二人で写真を撮ることもできていない。

 

 子供を授かって幸せになることもできてない。

 

 これから全て叶える。

 体が、心が、魂が唯衣への愛を叫んでる。

 その叫びを、想いを、情熱を全て小説に注ぎ込む。

 

 小説を書いては寝て、書いては寝ての繰り返しの日々が一週間過ぎた。

 

 松浦高校は期末テストが終わった次の日から長期休みなので小説に勤しむことができた。

 

 想いをぶつけて完成した小説を印刷して、唯衣の家まで走った。

 

 息を整えながら呼び鈴を鳴らす。


「え、慧。どうしてここに」

「本当にごめん。この前あんなにひどいことを言って。俺の今の想いを小説にしてみた。読んでみてくれ」

 

 慧は唯衣にリビングに通されたあと、小説を渡した。

 

 二時間かけて唯衣は最後までじっくりと読んだ。


「俺の小説全部読んだか?」

「うん。慧の想いは全部受け取ったよ」


「あれが俺の魂からの想いだ。唯衣、きついこと言ってごめん。もう一度、今度は最後まで幸せにするから」

「幸せにするんじゃなくて、2人で幸せになろ?」

「ああ。そうだな。2人で幸せになってずっと一緒にいよう。だから唯衣――俺は唯衣のことが大好きだ。もう一度付き合ってくれ」

「はい!」


 一冊の想いを綴った小説によって、再び二人の物語は紡がれていった。



 春休みがあけ、晴れて高校三年生になった。

 

 慧は春彦にお礼を言うために春彦の教室に訪れた。


「お前のおかげで唯衣と仲直りできたよ。本当にありがとうな」

「俺はお礼を言われる立場じゃないよ。それに俺は二人とはもう関われない――関わる資格がない」

 

 春彦から放たれた言葉は予想外で衝撃的だった。


「唯衣に告白したことなら気にするなよ。春彦が取ろうとしていなかったことくらいわかってるよ」

「慧と唯衣が許してくれても自分自身が許せないんだ」

 

 そう言って春彦は慧の前から姿を消した。

 

 その後、気まずくなり春彦と話すことができなかった。

 

 唯衣とは以前の数倍も良い関係を築いていったが、心の真ん中に穴が空いてしまったような気持ちは消えることはなかった。

 

 そんな気持ちを抱えながら唯衣と順風満帆の高校生活を送り、無事に高校を卒業した。



 そして七年の時が経った。


「朝だぞー!起きなさーい!」

 

 最早聞き慣れた騒がしいこの声でないと起きれなくなっていた。

 いつも通り太陽の光を浴びて慧は起きる。


「今日は授賞式があるんだから早く起きなよ」

 

 今日は慧が本を出版させてもらっているHG文庫の第十五回新人賞授賞式だ。

 

 慧は起き上がって顔を洗い、リビングの椅子に座った。

 二人で朝食を食べて片付けは慧がする。

 

 唯衣はあの後凄まじい勉強量を重ね、見事慧と同じ私立大学に合格し編集者になった。

 

 二人はまだ家を出るまで時間があるので掃除を始めた。

 床の掃除が終わったあと、壁にかけられている何枚もの写真を眺めた。

 

 高校の卒業式に大学の入学式と卒業式。

 

 大学卒業祝いのルクセンブルク。

 

 ウエディングドレスに身を包んだ唯衣と、タキシードの慧。

 

 新婚旅行の時の北海道。

 

 入社祝いの東北祭り巡り。

 

 取材という理由を口実に会社のお金で行った旅行。

 

 どれも紛れもなく二人で幸せになった証だ。

 

 そんなことをしているともうすぐ家を出る時間だった。

 大学も出版社も電車を使うが駅は高校と同じ方面にあるので高校を卒業した後もいつもの道を通っている。


「あ、ミケちゃんだ。おはようミケちゃん」

 高校生の時を含めて十年も同じ道を通っている唯衣はよくこの道を通る三毛猫と友達になっている。


「野良猫と友達になってるのって唯衣と田舎の婆ちゃん達くらいだよな」


「唯衣はこの道にあるお花や木とも友達だよ!」

「それはなんかイタいぼっちみたいだ」

 

 慧の言葉に唯衣は激怒し歩きながら慧をポカポカと叩いた。

 

 この変わらない日常が何にも変えられない大切な日々だと知っている慧は、この時間を一番大切にしている。

 

 二人は電車に乗り授賞式の会場に着いた。

 今年の新人はどのような人なのか楽しみにしている。

 

 そして授賞式が始まった。

 

 壇上には八人の新人作家が並んでいた。

 

 一人ずつ言葉を述べていく。

 

 最後の一人が前に出た。

 

 前の七人のように言葉を述べていくが、どこか惹かれるものがあった。


「ありがとうございました。新人賞副賞の赤井夕璃さんでした」

 

 その名前を聞いて慧は身震いをする。

 ――やっとだ。やっと待ちわびていた作家がやってきたと。

 

 彼もまた、主人公に憧れた者だとするなら、慧のように幾つもの困難にぶち当たり、そしてそれを作家として乗り越えるだろう。

 

 幸せを掴んで主人公になった慧。

 幸せを掴み主人公になるであろう夕璃。

 

 この二人はいずれどこかで出会うだろう。

 

 だが、ここで慧の物語は終わる。

 

 でも幸せを掴んだ慧は幸せをこぼさないように、今も全力で走り続けている。

 

 主人公になって終わりではない。

 主人公としてい続けることが彼の次の目標だ。

 

 彼がここで必死に本を書かなければ唯衣も、唯衣のお腹にいる新しい家族も幸せに暮らすことができないから。

 

 まだ掴むことができていない幸せを掴むために、主人公は歩みを止めない。

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おてんばカノジョと冷め期のカレシ ムーンゆづる @yuduki8

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