ピストル

私は自転車競技部がある都立高校に進学した。

自転車競技部も競輪選手も危険だからやめてほしいという母を説得してくれたのは、父だった。


父はギャンブルなどしたことがなかったけれど、私が部活を始めると休みの日はせっせと競輪場に足を運ぶようになった。私は父について時々、一緒に競輪場に行き、様々な選手の走りを観察しながら、車券の買い方を父に教えてもらった。私の予想で車券が当たるとうれしかった。


そんな父がさして長い闘病も経ず、癌で亡くなったのは私が高校二年の冬だった。


父にとってのジャイアント馬場は、私にとっての父だったのかもしれない。

まさか目の前からその人が消えるとは思ってもみず、私はローラー台を回しながらしばらくうろたえていた。


残してくれたたまごの木の疑問は、今も、実際あるのかないのかわからない幻のまま、ある日、私が父から引き継いでいることにふと気が付いた。

でも、それは気づいた途端また頭の中のどこかにしまわれてしまい、それから私はたまごの木の置き場所をそこと定めた。


私は高校三年生になり、受験を迎えた。

みんなが机に向かっている中、私は父に語った夢を叶えるべく、部室や家でひたすらローラー台を回し続けた。


そして、11月。


ここは、修善寺。

競輪選手養成所の入所試験当日。

私は、バンクのスタートラインについていた。


一次試験の内容は500メートルタイムトライアル。


はあ

はあ


息を整える。

そして、前屈みになって私はハンドルを抱え込んだ。


その時、一瞬、たまごの木が頭に浮かんだけれど。


ばん!


スタートのピストルとともに、それは再び頭のどこかにしまわれた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たまごの木 味噌醤一郎 @misoshouichirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ