充電器
我堂 由果
第1話 充電器
『お子様やお年寄りの見守り、安心安全!』
『お家のセキュリティと一緒に契約すれば、最初の〇か月間は無料!』
秋晴れの週末にやって来たホームセキュリティ会社の営業さんが、A4サイズのチラシを見せてこう言った。
「お子様は来年から小学生ですよね。GPSの契約をしませんか?」
チラシを見た主人は即座に言う。
「契約します」
数か月後、セキュリティ会社から宅配で小さな箱が届いた。中身はGPS機器とバッテリーとアダプター付き充電器。
そして四月。小学校に入学した息子のランドセルには、毎朝このGPS機器が入れられるようになった。
GPS機器を家に忘れないようにと、それを充電する充電器は、居間の廊下よりにある収納脇のコンセントに繋がれた。朝、GPS機器のスイッチを入れると、それを給食袋と一緒にランドセルに入れ、帰宅すると取り出してスイッチを切り充電器へ。その習慣が生活に加わった。
彼が遅刻気味に家を出てから三十分後に、パソコンで位置を確認したことが何度もある。画面に小学校の住所が出てホッとした。
帰宅が遅いなと心配した時も位置を確認した。彼は家と学校の間にいた。何をのんびり歩いているのやら。帰宅した彼の手には、私にあげようと思って拾ったという三枚の赤いモミジの葉っぱが。どうやら友達と一緒に、道路に落ちている葉っぱの中から、綺麗な葉っぱを探していたらしかった。
そうして私たち親は彼の居場所を把握し安心していた。
学年が上がってくると、お稽古事や塾にも、電車に乗って一人で行くようになった。彼の鞄には必ずGPS機器。ちゃんと乗り換えはできたのか、お教室には間に合って着いたのか、パソコンや携帯ですぐに確認できた。
月日は流れ息子は中学生に。
『もうこれはいらないだろう?』
と本人は言っていたが、母親から見ると男の子は幼く見え、何かと頼りない。『もうしばらくはダメ』などと言って先にのばし、結局中一の三月まで押し切って、お弁当と一緒に強引に通学カバンに入れた。塾へ行く時もこっそりカバンに入れた。本人は不満そうだったけれど。
息子が中二となった春、セキュリティ会社に解約の連絡を入れた。
GPS機器はセキュリティ会社に返却。バッテリーは電気店の回収ボックスへ。そして充電器はお客様の物。そうセキュリティ会社から連絡がきた。
解約手続きが終わり最後に手元に残ったのは、私物となった充電器。
今までずっと居間の隅にひっそりと置かれ、毎日GPS機器の帰りを待っていた。帰ってくれば明日のために即充電。そして朝になると、息子と機器を送り出していた。
機器が返却され家になくなった今は、充電器はただの無機質な黒い塊。もう使用されることはない。息子を守るためのGPS機器を充電することもない。役目が終わったのだ。充電器はコンセントから抜かれ、居間の収納の最奥にしまわれた。私はすぐに捨ててしまうのが忍びなかったのだった。
それから数年。収納の整理をしていて、久しぶりに充電器と対面した。
GPS機器を使っていた日々を思い出す。もう二度と戻らない騒がしかった日々が頭に浮かび、懐かしさで顔がほころんだ。それを再び収納の奥に戻そうとして手が止まる。ここにしまっておいても仕様がないことに気づいた。手の中の充電器を見る。もう処分を決心する時期だろう。
処分するならこれは不燃ゴミだろうかと思いながら、自治体のゴミに関するホームページをパソコンで見る。すると、ふと目に留まった自治体からのお願いがあった。
『以下の小型電気製品を回収しています。リサイクルできる部分を集めメダルを製作します』
回収品目に充電器も入っていた。
数日後。私は充電器をビニール袋に入れ区役所に向かった。
区役所に着くと入り口のガラスドアの向こうに、回収ボックスと書かれた大きな箱が置かれているのが見えた。私は回収ボックスの前に立つと、ビニール袋の中から充電器を取り出した。
『あの七年間、どうもありがとう。でもこれで終わりじゃない。君の部品はメダルになるんだよ。じゃあね』
心の中でそう言って、私は回収ボックスの中に充電器を入れた。
照りつける太陽。立っているだけで汗が噴き出す。頭上を、三角形に隊列を組んだ飛行機が、五色のスモークを出しながら通過していった。都心方向の空を見る。眩暈がしそうなほど煌めく大きな白い雲が青を遮るようにわく空に、五色の輪が描かれた。
充電器 我堂 由果 @gayu-gayu-5
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