番外編『外道探偵vs社畜探偵』後編

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【『転職ポーカー』ルール】

 ①互いに手札を6枚揃え、公開

 ②ベットするコインの数を宣言

 ③防衛する手札を1枚選択

 ④配布された手札の強い側から、奪取したい相手の手札を1枚宣言

 ⑤相手が防衛する手札を確認し、防衛されていなければ獲得

 ⑥最終的な手札の勝者が、賭けたコインを総取り


【役一覧】※上から役が高い順

 ロイヤルストレートフラッシュ:同じ図柄スーツのA・K・Q・J・10

 ストレートフラッシュ:同じ図柄スーツで連続した数字

 フォーカード:5枚全て同じ図柄スーツ

 フルハウス:同じ数字が3枚と、同じ数字が2枚

 ストレート:5枚のカードが連番

 スリーカード:同じ数字が4枚

 ツーペア:同じ数字2枚が2組

 ワンペア:同じ数字2枚が1組


【数字の強さ】

 1>13>12>11>10>9>8>7>6>5>4>3>2


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 薔薇の香りがする洋風の食堂で、テーブルを挟み、外道探偵と睨み合う。


 互いの手元に積まれたコインは、私が10枚。外道探偵は20枚。

 このコインを奪い合い、相手のコインを全て奪った者だけが、この部屋を出る権利が与えられるという。


 テーブルに置かれた新品の山札から、互いに手札を6枚取って、自分の前に表向きで並べていった。


【社畜探偵の手札】

 ♣1 ♥2 ♠3 ♥5 ♦5 ♥12

⇒役:5のワンペア


【外道探偵の手札】

 ♦4 ♥7 ♣7 ♠9 ♥10 ♣11

⇒役:7のワンペア


 両者ともに役はあるものの、全体的に低めの数字。

 互いにワンペアを持っているものの、外道探偵の方が数字は上。

 ただ、こちらは外道探偵から♦4を奪えば、ストレートを狙える手札でもある。


 相手のワンペアを崩しに行くか。

 ストレートを狙いに行くか、悩ましい場面だ。


奪取ヘッドハンティングは外道探偵からとなります。

 二人とも、防衛する手札を3分以内に決定してください〉


 ――防衛する手札の思考タイムが始まった。


 私の手札は今負けている。

 外道探偵に奪取されて、ストレートを作り出す可能性が潰れてしまえば、一気に負けが濃厚となる。


 こちらが奪取する数字を考えるのは、あとで良い。

 まずは、外道探偵が狙ってくるであろうカードを考えるのが先決だ。


 定石で考えれば、外道探偵はこちらのワンペアを崩せる♥5か、♦5を狙うだろう。

 しかし、その場合こちらのストレートの芽を残すことになる。


 私の1~3のいずれかを奪取し、ストレートの可能性を潰す可能性も否めない。


「クヒヒ……さて、今回はどの子をいただこうかなぁ」


 外道探偵の愉快そうなつぶやきを聞き、更に集中する。

 定石で思考を止めてはいけない。


(ワンペアを守る場合は♥5か♦5の2択、ストレートを守る場合は1~3の3択。外道探偵の思考を読み切れた場合でも、防衛が上手くいくかどうかは運も絡むな)


 さらに後攻の場合、防衛のことだけでなく、防衛後のことも考えなくてはいけない。


 もし外道探偵にストレートの芽を摘まれた場合、こちらは外道探偵の♥7か♣7を奪って、ワンペアを潰す以外の勝ち筋がなくなる。

 つまり、勝率は2分の1。


 だが、こちらのワンペアを崩されただけなら、こちらは♦4を狙ってストレートを作る以外にも、外道探偵の7を狙ってワンペアを潰すことでも勝利できる。


 どちらも役無しで終わった場合、最も大きな数字を持つ私の勝利だからだ。


 これなら、狙いは♦4、♥7、♣7の三択。

 勝率は約67%と、私に分がある勝負となる。


 以上の理由から私が今防衛すべき数字は――


(♠3……当たれば勝利が濃厚になるし、私のワンペアを狙ってきたなら、こちらに有利となる。

 それと、1や2は特別な意味がありそうだから、選ぶのを避けがちだ。

 防衛するのは♠3……間違いなく、これが今のベストな選択!)


〈時間です。先行からベットする金額を申告してください〉


 結論が出たところで、ちょうどアンヘルが時間を告げた。

 一番初めのベット――外道探偵も様子見をしてくれれば助かると思っていた私の甘い期待は、一瞬で霧散する。


「ベットするコインは5枚だ」


 いきなり私の手持ちの半分。

 ここで負ければ、私は一気に窮地へ立たされる。

 コインの差の有利を存分に活かす構えなのだろう。


 私の心中を察してか、外道探偵が口角をツリ上げ、粘着質な目つきでこちらを見つめてきた。


「さぁ、社畜探偵……勝負を受けるかい? 保守的なアンタには、少しばかり難しい判断かもしれないなァ?」


「舐めないで欲しいね」


 手元のコインを5枚持ち。

 外道探偵へ突きつけるがごとく、前に差し出した。


「もちろん受けるさ。

 ここで引いていたら、勝てる勝負も勝てやしない」


 私のそんな様子を見て、外道探偵は挑発的な笑みを浮かべたまま、自らも5枚のコインを前に差し出した。


〈両者、5枚のベットでOKですね?

 では、買った方が場の10枚のコインを総取りとなります。

 二人とも、防衛用の山札から、防衛したい手札と同じカードを抜き出し、中央に置いてください〉


 外道探偵と睨み合いながら、私は防衛用の【♠3】のカードを伏せたまま中央へと置く。外道探偵も同じようにしてカードを置いた。


 その間、互いに相手から一切視線を外さない。

 防衛に指定するカードが相手にバレれば敗北は必至。

 それに、イカサマを仕込むとしたら、このタイミング以外にないんだ。


 相手に一挙手一投足に注意を払うのは、当然だろう。


〈外道探偵の先行で『奪取』する手札を宣言してください〉


 アンヘルがそう宣言すると、外道探偵は私から視線を外さないまま、私の防衛用のカードに手のひらを重ねた。


 そして、迷うことなく、ボソリと告げる。


「俺が奪取するのは――♣1だ」


 ――防衛失敗。

 外道探偵は私の防衛用のカード♠3をめくり、奪取が成功したことを確認すると、私の手札から♣1を奪っていった。


 そのまるですべてを見透かしたかのような宣言に、私は平静を装いながらも、内心は驚きで満ちている。


 何故、防衛用の手札がバレた。

 外道探偵は迷う様子すら見せなかった。

 おかしい、絶対に何か裏があるはずだ。そうに決まっている。


 まさか、外道探偵は何かイカサマをしているのか――?


「言っておくけど、イカサマなんてしていないよ」


 またもや心を見透かすように、外道探偵が語る。


「社畜探偵、何度でも言うよ。アンタは保守的すぎるんだ。

 アンタが迷った末に、より勝率が高いと思われるストレートの防衛を図るのは容易に想像がついた。

 そしてその場合、真っ先に思いつくだろう1や、何か含みがありそうな2は避けたがる。いや、不安で選べない……と言った方が良いかな?」


 反論の余地のない指摘。

 まさしく、外道探偵が今語った通りの思考回路で、私は♠3の防衛を選択した。


 これでは、勝利できないのも当然だと言える。

 悔しいけれど、完敗だ。


 その後、私が『奪取』を狙う番となり、外道探偵の♥7か♣7、どちらかを奪うか考え抜いた末に、見事に防衛されてしまった。


〈社畜探偵、5のワンペア。外道探偵、7のワンペア。

 よって勝者、外道探偵〉

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◆1回戦 最終結果


【社畜探偵の手札】

 ♥2 ♠3 ♥5 ♦5 ♥12

 防衛:失敗(♠3) 奪取:失敗(♥7)

⇒役:5のワンペア


【外道探偵の手札】

 ♣1 ♦4 ♥7 ♣7 ♠9 ♥10 ♣11

 防衛:成功(♥7) 奪取:成功(♣1)

⇒役:7のワンペア

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◆残りのコイン枚数


 社畜探偵:5枚

 外道探偵:25枚

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 コインの差が絶望的なまでに開いてしまった。

 こちらの奪取は50%の確率で成功するはずだったのに、運にまで見放されたのだろうか。


(いや……違うな。

 敗因は外道探偵の言う通り、私の性根が保守的すぎることだ)


 私はただ、より勝利する確率が高くなる方を選んだに過ぎない。

 自分の推理より数字を信じただけだ。


 そんな情けない探偵に、幸運の女神が微笑むわけないだろう。


「私はバカだな……本当に、大バカだよ」


 ――もう手段など選んではいられない。

 前髪を掻き上げ、後ろ髪をまとめるゴムを、指で引き千切った。


 一気にほどけ、パラパラと私の肩へと垂れかかる長髪。

 それをスイッチとしたかのように、鼓動が早まり、2つの眼球が熱を帯びていく。


 私の身体に流れる死崎一族の濁った血が、体内から溢れ出そうと、暴れ狂っている。


「目が白兎みたいに真っ赤だけど、大丈夫かい?」


「大丈夫さ。むしろ、この状態こそが、本来の私だからね。

 さぁ、ゲームを続けよう」


 外道探偵を睨み、ゲームの続きを催促した。

 死崎一族秘伝の、血流の加速による身体と神経の強化。

 この状態ならば、外道探偵の声を、仕草を、感情を、より鋭敏に感じ取ることが可能だ。


 ただし、人間が生涯に経験する鼓動数はみんな一定で、そのまま寿命のバロメーターだと言われている。


 鼓動を早める行為は、寿命を削るのと同じ。

 命を顧みない死崎一族ならではの、禁忌の技術。


 しかし、今はもう、寿命のことなど気にしない。

 なんとしてでも、勝たなきゃダメなんだ。


「クヒヒ……良い目だよ、社畜探偵。いや、鬼畜探偵。

 俺はずぅ~~~っと……そっちのアンタと会話したかったんだ」


 愉快げな声を漏らす外道探偵。

 ウソをついている気配は見られない。

 これまでの挑発の目的は、私に本気を出させることだったのだろうか。


 相変わらず、真意の掴みづらい男だと思った。


〈では、2回戦を始めます。

 2人とも、山札からカードを取ってください〉


 アンヘルの声がしたかと思うと、またテーブルにいつの間にか、新品の山札が置かれていた。


 もはや疑問に思うこともなく、その山札から外道探偵と交代でカードを引き、目の前に表向きで並べる。


【社畜探偵の手札】

 ♠4 ♥8 ♥9 ♥11 ♠11 ♥12

⇒役:11のワンペア


【外道探偵の手札】

 ♣1 ♥2 ♦5 ♦7 ♠12 ♣13

⇒役:役無し


 ようやく良い手札が来た。

 すでにワンペアを作れているし、フラッシュも狙える構え。

 これなら、今までの負けを取り戻すことも難しくない。


 私は素早く防衛の対象を選択すると、迷わず手持ちのコイン5枚すべてを賭ける決断を下した。


 しかし――


「フォールドだ。俺は下りさせてもらうよ」


 外道探偵は勝負に乗ってこず、コインを1枚渡した。

 ここで、今更ながら、この『転職ポーカー』の難しさを思い知った。


(……『転職ポーカー』は先行が有利でかつ、互いの手札が完全に見える状態で始まる。不利な勝負には、多くのコインは賭けづらいに決まってるじゃないか)


 手札の有利不利、勝負の勝ち筋がハッキリした状態で始まる以上、手持ちのコインの差を覆すには、不利な勝負に挑まざるを得ない。


 相手の独壇場へと登り、知恵を絞って、状況を覆す他ないんだ。


 まるで、資金力が桁違いの大企業に挑む、中小企業のように――。


〈そろそろこのゲームの肝を理解してもらえたようですね。

 では、3回戦へと移りましょうか〉


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◆残りのコイン枚数


 社畜探偵:6枚

 外道探偵:24枚

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 続く勝負でも、私に有利な手札が舞い込んできて、手持ちのコインをすべて賭けた私に対して、外道探偵はフォールド。


 コインが1枚私の手に渡った。


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◆残りのコイン枚数


 社畜探偵:7枚

 外道探偵:23枚

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 しかし、まったく喜べる状況ではない。

 この2回連続の不戦勝は、単に運気が私に傾いているだけだ。


 運気は生モノ。

 いとも簡単に、逆側へと傾く――。


〈では、4回戦を始めます。

 2人とも、山札からカードを取ってください〉


 もはや作業的に、私と外道探偵は新品の山札からカードを引き、自分の前に表向きで並べた。


【社畜探偵の手札】

 ♠1 ♣3 ♠6 ♥7 ♦10 ♦12

⇒役:役無し


【外道探偵の手札】

 ♥1 ♦1 ♣4 ♣6 ♦6 ♥13

⇒役:1と6のツーペア


奪取ヘッドハンティングは外道探偵からとなります。

 二人とも、防衛する手札を3分以内に決定してください〉


 深く考えるまでもなく、圧倒的に不利な手札だった。


 外道探偵は私の♠1か♠6を奪取すれば、フルハウスが完成。

 もしワンペアを潰されても、スリーカードでねじ伏せられる。


 対して私は役すら無い状態。

 一応勝ち筋はあるものの、奪取と防衛、どちらかに失敗した時点で、敗北確定だ。


「防衛の手札は決まったよ。賭けるコインは7枚だ」


 当然、外道探偵は上限いっぱい――私の手持ちのコイン全てを賭けることを要求してきた。


 まだコインに余裕のある外道探偵からすれば、この状況でコインを出し惜しみ理由などないのだから、当然だろう。


 ただでさえ早い鼓動がますます加速する。


 このゲームに負ければ、命の保証はない。

 ここが、運命の分かれ道となる――。


「……受けよう。私も、すべてのコインを賭けるよ」


〈両者、7枚のベットでOKですね?

 では、買った方がコイン14枚の総取りとなります。

 二人とも、防衛用の山札から、防衛したい手札と同じカードを抜き出し、中央に置いてください〉


 私は迷うことなく防衛用の山札からカードを選び、外道探偵とほぼ同時に、裏向きでテーブルの中央へと置いた。


 そんな私の様子を見つめ、外道探偵がこれまでにないほど嬉しそうな笑顔を浮かべ、浮ついた声で語りかけてくる。


「保守的なアンタにしては、勇敢な選択だね。

 勝てる見込みがあるのかい?」


「戦う前から負けることを考える者はいないよ。

 ただし勝負の前に……そのコートは脱いで、改めさせてもらう」


「コートを? 別にかまわないとも」


 外道探偵がコートを脱いで、両手で私に渡す。

 私はそのコートに触れ、入念に調べたあと、外道探偵へと返した。


 受け取ったコートを着直すことなく、自分の手元のそばへと置く外道探偵。

 その目には、私に対する好奇心と疑念の色が混ざり合っている。


「そちらの要求は呑んだんだ。俺の要求も飲んでもらうよ。

 この勝負の間、アンタは両手をテーブルの上に伏せておいてくれ。

 鬼畜探偵は、手癖が悪いことで有名だからねぇ」


「ああ、分かった。言う通りにするよ」


 言われた通り、私は大人しく両手をテーブルの上に伏せた。

 私の指の動きを制限し、得意のワイヤー術を使えなくするための指示だろう。


 お互いに、相手に何か裏があることを疑っている。

 まるで、凶器をトランプに持ち替えただけの、殺し合いのような雰囲気だ。


〈二人とも、防衛の対象を選びましたね。

 では、先行の外道探偵から、奪取する対象を宣言してください〉


 アンヘルの声に従って、外道探偵が私の防衛用カードの上に手を置く。


 それから、フクロウのように首を傾けながら、ネバついた目で私の顔を凝視する。


「俺が狙うとしたら♠1か♠6だ。

 それは、キミもよーく分かっているだろう?」


「ああ、当然分かっているよ。私の勝ち筋は、キミから1を奪取し、キミの1のペアを潰しつつ、自分が1のペアを作ることだ。しかし♠1か♠6を奪われれば、キミの役はフルハウス……こちらの奪取が成功したところで、絶対に勝てなくなる」


 フルハウスは、ワンペアとスリーカードの組み合わせ。

 私の奪取によってワンペアを潰しても、スリーカードが残るし、スリーカードを潰してもツーペアが残る。


 相手にフルハウスができた時点で、役無しの私は勝ち目がなくなるんだ。


「♠1と♠6、どちらを選んだところで俺のメリットは同じだ。

 さて、2分の1の確率を、当てられるかな……」


 挑発的な言葉を口にしつつ――


「奪取するのは、♠1だ」


 外道探偵がカードをめくった。

 そして伏せていた私の防衛対象――♠1の絵札が露わとなる。


「……奪取失敗か。50%の確率だから、まぁ仕方ないよね」


 さして残念でもなさそうに語る外道探偵。

 その横顔にジャブを放つように、私は言葉をかける。


「今のは運ではないよ、外道探偵。

 キミなら♠1を選ぶと私は信じていた」


「……何故かな? さっきも言った通り、どちらを選んでも特に変わらないだろう?」


「常人にとってはね。だが、キミにとっては違うだろう?」


 外道探偵が目を丸くし、その口元が緩んだ。


「私はさっき、キミに♣1を奪われている。もし奪取を防げなかった時に、より悔しい想いをするのは、同じ数字の♠1だ。

 どちらを選んでもゲーム的には変わらないなら、キミは必ず、俺がより悔しがる方を選ぶさ」


 もちろん私がそう推理することさえ読んで、逆を防衛する可能性も否めない。

 決して確実とは言えない推理だ。


 しかし、単純な確率よりもずっと、外道探偵の性格の悪さの方が信じられる――。


「キミの性格の悪さを信じて本当に良かったよ、外道探偵」


「クヒ、クヒヒヒ……良~~~い推理だよ、鬼畜探偵ぇ。

 さぁ、次はキミが俺を攻める番だ」


 外道探偵が興奮を抑えつつ語り、私に奪取するカードの選択を促す。


 今、私は役無しで、外道探偵は1と6のツーペア。

 ♥1か♦1を奪取できれば、私が1のワンペア、外道探偵が6のワンペアとなって、私の勝利だ。


 ♥1と♦1、どちらを選んでも変わりはない。

 正解率50%の賭けとなる。


 そう、何も手を打たなかったのであれば。


「さぁ、早く決めてくれよ、鬼畜探偵。

 アンタに当てられるか? 命がかかった、この実にスリリングな二択を」


「……そう、急かさないでくれよ。

 重要な選択なのだから、真剣に考えない、と――えっ?」


 私は、外道探偵から僅かに視線を外し、その後ろを見つめ、目を大きく見開いてみせた。

 外道探偵がツラれて、ほんの一瞬だけ、視線を後方に向ける。

 1秒にも満たない出来事。


 その僅かな時間で私には十分だった。


 テーブルに伏せたままの手のひらを、僅かに移動させる。

 指に巻きついた糸が連動して動き、糸の上に置かれたカード――外道探偵の防衛用の札を浮かばせた。


 ――♥1。

 確認が完了すると同時に、指から糸を弾き飛ばして、証拠隠滅。

 外道探偵が視線を戻した時には、もはや何もおかしな点には残っていない。


「華族探偵さんが通りがかった気がしたけど、勘違いだったようだ。

 すまないね。さぁ、ゲームを再開しようか」


 明らかに訝しむ外道探偵を余所に、防衛用のカードに触れながら、先ほど見た通りの札を宣言する。


「♥1」


〈社畜探偵、1のワンペア。外道探偵、6のツーペア。

 よって勝者、社畜探偵〉

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◆4回戦 最終結果


【社畜探偵の手札】

 ♠1 ♥1 ♣3 ♠6 ♥7 ♦10 ♦12

 防衛:成功(♠1) 奪取:成功(♥1)

⇒役:1のワンペア


【外道探偵の手札】

 ♦1 ♣4 ♣6 ♦6 ♥13

⇒役:6のワンペア


――――――――――――――――――――――――――――――

◆残りのコイン枚数


 社畜探偵:14枚

 外道探偵:16枚

――――――――――――――――――――――――――――――


 外道探偵は素早く自分のコートに触れ、ボタンに巻きついた私の髪の毛の存在ヘと気付き、抜き取った。


「……なるほどねぇ。この毛をお得意のワイヤーみたいに操って、俺のカードを覗き見たんだろ? ヘアゴムを千切ったり、血を高ぶらせたりしたのは、自然に後ろ髪を触れるためのカモフラージュだったワケだ」


「私を買いかぶり過ぎだよ。

 髪の毛を操るなんて、できるワケないじゃないか」


 毛髪を武器に用いる技術は、子供の頃に学んだ。

 ちょうど仕事のせいで後ろ髪は十分な長さがあったし、利用しない手はない。


 外道探偵のコートを改める際に毛髪をさり気なく巻きつけ、テーブル上にコートを置かせれば、コートと私の指とを結ぶ毛髪でカードに干渉できる。


 ギャンブル性が高い綱渡りのような策だったが、上手くハマって良かった。

 ここだけは、何としてでも、勝たなければいけない勝負だったんだ。


「少々気分が高ぶって油断してしまったけれど……もう見逃さないよ、鬼畜探偵。

 奥の手を出すのは、早すぎたんじゃないかい?」


「どうかな? コインの枚数はほぼ並んだ。もう、資金力の差で圧殺することはできないよ。本当の勝負は、ここからだ」


 『転職ポーカー』の難しいところは、最初の手札で勝利した側――先行が有利になりやすい点。


 その弊害により、資金力で上を行く側は先行をとった時にだけ勝負に出れば、有利に立ち回れる。

 資金力で負けている側は、今しがた私がやって見せたように、不利な後攻で賭けに出るしかない。


 企業の市場競争と同じで、長期化すればするほど、資金力の差で押し切られやすくなるんだ。


 ゆえに、まず何より重要なのは、資金力で並ぶこと。

 イカサマを使ってでも、同等のコインの枚数を持つ必要があった。


「外道探偵、提案がある。

 コインの枚数がほぼ同じになった以上、ここから先、泥沼化は必至だ」


「クヒヒ……まぁお互い、自分が勝利を確信できる手札でないと勝負に出ないだろうからねぇ。

 それで、提案っていうのは?」


「次の勝負で決着をつけよう。

 手札を引く前に、私はコインを全掛けオールインすることを宣言するから、キミも乗ってくれ」


「ほう?」


 言いつつ私は、自分の手持ちのコイン14枚を全てテーブルの中央に置いた。


 コインの枚数がほぼ同じだからこそ、この提案を通せる。

 純粋な心理戦では、外道探偵に勝つことは難しいかもしれない。

 だが、初めからコインを全て賭けるなら、『運』の要素を強く絡めることが可能。


 外道探偵を、得意分野から引きずり下ろすことができるんだ。


「最初から、最終的にこの形にすることを狙っていたワケか。

 うん、良いよ。俺も、ダラダラとゲームを続けるのは嫌だしね」


 外道探偵も私と同じ枚数――14枚のコインをテーブルの中央に置く。

 これで勝負は成立だ。


〈二人とも、手札を揃える前に賭け金を定めることに、同意しましたね?

 では、第5回戦に移りましょう〉


 そして、実質的な最終戦が幕を開けた――


【社畜探偵の手札】

 ♦5 ♦6 ♣9 ♠10 ♥12 ♣13

⇒役:役無し


【外道探偵の手札】

 ♣1 ♠6 ♥6 ♦7 ♠8 ♥13

⇒役:6のワンペア


 ――ここで役無し。しかも、外道探偵は役あり。

 自分が天に見放されていることを思い知った。


 だが嘆いている暇はない。

 勝ち筋を見出す他に、選択肢はないんだ。


奪取ヘッドハンティングは外道探偵からとなります。

 二人とも、防衛する手札を3分以内に決定してください〉


 外道探偵が狙う価値のあるこちらの札は、スリーカードを作れる♦6と、ツーペアに繋がる♣13。

 この二者択一だ。


 しかし運否天賦に任せるワケにはいかない。

 もっと深く、自分が奪取する時の都合も考えて、選択するんだ。


 私が奪取する候補は現時点だと、ワンペアを狙える♠6、♥6、♥13の3種。

 外道探偵なら、どのカードを狙い、どのカードを防衛しようと思うだろうか?


 この男は初めから、運否天賦よりも自分の推理を信じる性格。


 まして今回は最終戦だ。

 防衛を考える際にも、確証のない二択は避けたがるはず。


 外道探偵が防衛するなら【♥13】だと仮定してみよう。

 外道探偵が【♥13】を防衛する場合、外道探偵は何を奪取する?


 外道探偵は自分の推理に絶対の自信を持っている。

 【♥13】は防衛できるという前提で、戦略を練るはずだ。


 私は役無しである以上、13のワンペア以上の役は作れない。

 【♥13】を防衛してその可能性を潰す以上、わざわざこちらの【♣13】を奪取して、ツーペアを狙う必要はない。


 もう一つの残るワンペアの可能性――【♦6】を狙えば勝利は固いんだ。


 外道探偵の性格から考えて、奪取は【♦6】、防衛は【♥13】。

 私の中の探偵としての頭脳は、そう導き出した。


「……なぁ、鬼畜探偵。

 俺たちがアンタたちの元から逃げ出した時のことを、覚えているかい?

 あのジメジメとした……カビ臭い季節の出来事を」


 そこで不意に外道探偵が語りかけてきた。

 その言葉で、脳裏に色褪せた過去の映像が浮かび、刺すような頭痛がした。


「……もちろん、覚えているよ。忘れたことはない。

 私の運命の分かれ道だからね」


「そうか、安心したよ。あの日、俺たちの前に立ち塞がったアンタは、無言で道を開けてくれた。そのおかげで、俺たちは生き延びることができたんだ」


 ――そうだ。

 私は博士探偵の指示で、『不滅探偵』と称されていた子供たちの脱走を防ごうとした。


 しかし、最後には道を開け、彼らの脱走を手助けしてしまったんだ。


「今までずっと言えなかったけど、これでもアンタには感謝しているんだよ? 当のアンタは、覚えていないどころか、忘れようとしているみたいで、悲しかったけどね」


「……そう見えたなら、悪かったね。忘れられるワケないさ。油断すると、すぐに昔を思い出してしまう。だから、意識しないように振る舞っているんだよ」


 いくら組織を離れようとも。

 いくら犯した罪を償おうとしても。

 幸せな家庭を築き、家族を得ようとも。


 『鬼畜探偵』としての所業が消え去ることはない。

 これからも永遠に、この汚名を背負って生きていく。

 罪の象徴とも言うべき男を前にして、私は決意を新たにすることができた。


 私の言葉を聞き、外道探偵はいつになく柔和な微笑を浮かべる。


「その言葉を聞いて安心したよ。

 さぁ、俺たちの因縁に、ケリをつけようか」


〈――時間です。

 二人とも、防衛用の山札から、防衛したい手札と同じカードを抜き出し、中央に置いてください〉


 アンヘルに言われた通り、私は決めていた通りのカード――【♦6】を山札から取って、裏向きで置いた。


 外道探偵も同じように防衛用のカードを置く。

 最後の勝負が始まった。


〈先行の外道探偵から、奪取する対象を宣言してください〉


「♦6だ」


 外道探偵があっさりと奪取する対象を宣言した。

 拍子抜けするほど簡単に、防衛が成功してしまった。

 その意図を問いただす間もなく、私のターンが回ってくる。


〈では、次は社畜探偵が奪取する対象を宣言してください〉


「あ、ああ……」


 私の防衛が成功したということは、外道探偵は私の推理通り【♥13】を防衛しているのだろう。


 外道探偵の選択は奪取が【♦6】、防衛が【♥13】だったんだ。


「6、13……」


 ――覚えているかい?

 ――あのジメジメとした……カビ臭い季節の出来事を。


 ゾワッと背筋に悪寒が走った。

 この数字の選択、順番。なぜ気付かなかったんだろう。


 外道探偵は恐らく、私の推理通り【♥13】を防衛している。

 しかし、それは勝負に勝つための選択じゃない。


 この選択の意味は――


「どうしたんだい? 鬼畜探偵。

 早く、奪取するカードを宣言しなよ」


「キミが防衛しているカードは分かっている。

 ……【♥13】だろ?」


「さぁ、どうだろうねぇ?」


「キミが出してくれたヒントのおかげで気付いたんだよ。

 6と13……6月13日。これは、キミたち『不滅探偵』が脱走した日付だ」


 防衛の数字を選択する前から語っていたから、本当は私に、防衛の数字も見抜いて欲しかったのだろう。


 私を惑わせたいだけなら、他にも方法はいくらでもある。

 わざわざこれらのカードを選択肢、そのヒントを示す理由など、一つしか考えられない。


「キミは勝負など度外視して、私に過去の罪を突きつけるために……『奪取』と『防衛』のカードを選択したんだろう?」


「クヒヒ……分かっているなら、♠6か♥6を奪取すれば良いじゃないか。

 それで、俺は役無し。キミは6のワンペアとなって、キミの勝利だ」


 普段通りのからかうような調子。

 その軽々しさに耐えきれず、感情が口からあふれ出す。


「相手が地獄に堕ちると分かっていて、選べるワケないだろう……!」


「ただのゲームで大袈裟だなぁ。

 負けた方は、この部屋から出られなくなるってだけだろう?」


「もうキミだって分かっているはずだ……!

 このゲームと、アンヘルの正体に!」


 本当は初めから気付いていたんだろう。

 きっと、脳が受け入れるのを拒否していただけだ。


 アンヘルは、スペイン語で『天使』の意味。

 先ほどから不自然に発生するカードの山札は、明らかに非現実的な現象。


 何より――私は自分の命を犠牲に、外道探偵を殺したはず。


 これだけ情報が揃っていたら、気付くなという方が無理がある。


「アンヘル、あなたは死者の国の住人ですね?

 そして、ここは死後の行き先を定める場……先ほどから行っている『転職ゲーム』とやらは、私たちを天国と地獄、どちらへ送るか決めるための、儀式なんじゃないですか?」


〈…………ずいぶんとファンタジックなことを口にしますね〉


 しばらくの沈黙が続いたあと、アンヘルから歯切れの悪い返事があった。


〈意外とロマンチストなんですか?

 常識的に考えれば、死者の国など存在しないと思いますけど〉


「……自分でもバカなことを言っている自覚はありますよ。

 ただ、親交のあるオカルトに詳しい方が、事実だけを突き詰めていけば真実にたどり着く……とよく語っていましてね」


〈なるほど。多少は心得があるご友人をお持ちのようです〉


 クスクスとからかうような笑い声が聞こえてきた。


 それも、アンヘル一人じゃない。

 大勢の笑い声だ。


 子供とも、老人とも思える、甲高い笑い声が部屋中に響き渡る。

 明らかに人ならざる者の気配に、冷や汗が滲んだ。

 魔界さんなら感涙する状況だろうな。


〈まぁ我々のことも、この部屋のことも、あなたたちの知るべきところではありません。

 それより、早くゲームを終わらせてください〉


「アンヘルくんの言う通りだよ、鬼畜探偵。

 さぁ、早く奪取するカードを宣言してくれ」


 伏せられた防衛用のカードに手を乗せる。

 手のひらに伝わる、これまでとは段違いの重み。

 アンヘルの言動から察するに、ゲームの敗者は地獄へ堕とされるのかもしれない。


 私は、かつて地獄を味あわせた子供を、もう一度地獄に突き落とすのか?


「……外道探偵。これが、キミの目的だったんだな。

 ヒントによって伏せられたカードが分かったことで、ゲームではなくなった。

 これはもはや、キミの運命を決める裁判じゃないか」


「早く判決を下してくれよ、裁判長。

 今のアンタになら、別に裁かれたってかまわない。

 もうアンタは、俺という命の重みを、無視できないからね」


「ああ……キミがよく語っていた言葉の意味が、ようやく分かったよ」


 以前までの私は、過去の罪に苛まれながらも、それを気にせずに生きようとしていた。新たに得られた幸せで、悲劇を覆い隠していた。外道探偵が不満に思うのも、無理ないだろう。


 私は鬼畜探偵から社畜探偵へと、転職かわったんじゃない。

 永遠に、鬼畜探偵であり、社畜探偵なんだ。

 それを、忘れてはいけない。


「大丈夫……俺の考えに気付けた時点で、アンタの勝ちだ。

 今回は素直に負けを認めるよ、畜探偵」


 外道探偵の言葉で決心が固まる。


 私は、奪取するカードを宣言した――

――――――――――――――――――――――――――――――

◆5回戦 最終結果


 ♦5 ♠6 ♦6 ♣9 ♠10 ♥12 ♣13

 防衛:成功(♦6) 奪取:成功(♠6)

⇒役:6のワンペア


【外道探偵の手札】

 ♣1 ♥6 ♦7 ♠8 ♥13

 防衛:失敗(♥13) 奪取:失敗(♦6)

⇒役:役無し

――――――――――――――――――――――――――――――

◆残りのコイン枚数


 社畜探偵:28枚

 外道探偵:2枚

――――――――――――――――――――――――――――――

 大勢が決した。

 もはや、ここから外道探偵に逆転の目はないだろう。


〈社畜探偵の勝利で決まりましたね。

 これ以上の勝負は無意味なので、決着としましょうか〉


「――まだ勝負を続けます」

 勝負を終わらせようとしたアンヘルの言葉を、私は遮った。


「ルール上、まだ勝負は続くはずです。

 それまで、私たちの処遇を定めるのは、待っていただきましょうか」


 勝負を終えて満足げだった外道探偵が、私の言葉を聞いて意外そうな顔となる。


「……社畜探偵、何がしたいんだい?

 俺を地獄に堕とすことを、決めたはずだろう?」


「悪いけど……私とキミ、どちらかを選ぶなんてできなくてね。

 第三の選択肢を模索してみたんだよ」


 この『転職ポーカー』は、資金力のある方がゲームを支配する。

 今の私なら、勝負をどこまでも間延びさせることが可能だ。


 そしてゲームが続く限り、私たちの処遇も決められない。

 それが、このゲームのルールなのだから。


「キミの望みに応えられなくてすまないけれど、私のワガママに付き合ってもらうよ。

 子供を防衛まもるのは大人の務めだ」


「クヒヒ……奪取ゆうかいしていたアンタが、それを言うかい?

 予想外の結末だけど、まぁ良いか。アンタとは、積もる話もあるしね」


〈……まぁ良いでしょう。どちらにせよ、あなたたちの処遇は、まだ当分保留しなければなりませんしね。

 では、第6回戦を始めますよ〉


 不承不承にアンヘルがゲームを再開させた。


 相手は超自然的存在。

 この先、どうなるかは予想がつかない。


 ただ、足掻いてみせよう。


 私だって最初は、あの無能探偵くんのように――

 誰かを守るために、探偵を志していたのだから。


 Fin

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『探偵撲滅』後日談集-The Day After Tragedy- 日本一ソフトウェア @nippon1

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