Another Story
崩れていくホシを、背中で見送る。
今までの知識と、視覚的にはまだわからないけど脳内に送られてくるイメージから、ここも例外ではないとわかった。僅かに抱えていた期待も、あっさり潰されてしまう。
さっきまで生命を乗せていた大地も、宇宙の欠片となるのは時間の問題だ。
名残惜しいけど、自分の身を守るためにはこの場から離れるしかない。
本当は今すぐ宇宙警察に連絡すべきなんだろうけど、余韻に浸るくらいは……許してくれるよね?優秀な彼らのことだから、すぐ処置いてくれるだろうし。それ故、私も後でしばかれるかもしれないけど……まぁ、それはご愛嬌ということで。
彼女はよくやった、本当にそう思う。
そんなこと言ったら、昔であれば私よりも遥か高等な一族に、どんな口叩いているんだと叱られていたかもしれない。
でもまぁ当の本人は知らないようだし大丈夫……だよね?
なんて言ったら彼女の祖先である友人に怒られそうだ。
私が新顔だった頃は自分を含む、歳をとらない周りの先輩や後輩にまで翻弄された。流石に今となれば上下関係の見分けはつくけど、私の腰ぐらいしかない背丈の先輩から説かれるお説教は、微笑ましく感じる他なかった。
だけど彼女の一族、陽族は違う。陽というのは他でもない太陽のこと。神と呼ばれる私達の中で、最高位に就く彼女達だけは歳を重ねていく。
女性しか属することのないというだけでも謎が残るのに更に彼女達は特殊で、各ホシに一人ずつ配属されそれぞれでホシを維持している。
他の神族のほとんどは全宇宙に一人。私も今の役職は一人で担っている。
そんな中、彼女らはレア中のレアケースだった。
その所以は私の友人である、薄弱な陽族の一代目。その顔を思い出そうとするだけで、ぎゅっと心臓の辺りが締め付けられるような思いがする。
当時は今と違って友人が一人でほぼ宇宙の全てを維持していた。陽族である彼女は、他の神族が行うような専門的な職務ではなく、宇宙支配全般を担っていた。
その苦労や消費する労力は私なんかには計り知れない。だけど到底私の比になんてならないということはわかる。
ましてや体が弱い彼女にとってどれだけの負担だったか。表面上では快活に振る舞う彼女に、私は何もしてあげられなかった。
そして遂に耐えきれなくなった彼女は、岩の洞窟に引き籠り人前に現れなくなる。
陽族の彼女が姿を見せなくなったことで世界が、宇宙が暗闇に包まれた。
焦った私は、何を思ったか一心不乱に踊った。いや正直この時のことは思い出したくないんだけど……とにかく彼女の気を引こうと踊り狂った。馬鹿だった。彼女がいない日々なんて、考えられない。実際彼女の引き籠り期間は舞うことに精神を全集中。他に何も考えていなかった。
なんとか、やっとして彼女が顔を見せたのはそこからどのくらい経ったのか。
久し振りの太陽。事に気がついた人々の歓声が上がる。
感覚的に物凄く長く感じられたけど、実際はよくわからない。それよりも、彼女に再び会うことができたという事実に浮かされていた。
周りの神々に囲まれる彼女。
一見するとみんなに歓迎され幸せな一幕。
その様子を遠巻きから眺めていると、ふ、と彼女と目があった。
不安に揺れる瞳。ぼそっと私の名前を呼ぶ彼女にはっと我に返る。
そこで私は決めた。いや、思い出したんだ、私の役割を。
私は人を笑顔にするのが任務なんだ、と。
それから宇宙を巡るようになって数千年。後にリオが生まれることになるホシへ私がたどり着いたのは今から数百年前のこと。
とりあえずなんでもする、とどんなことにでも突っ込んでいた時代から、落ち着いてクライアントを捌いていた頃。
珍しく生命体のあるホシだったのにも関わらず、割りと忙しくしていた私は、ぱっと降り立って雨雲をつくってさっと帰る。というのを定期的に繰り返していただけで、当時の陽族には会えず仕舞いだった。
だからこのホシの陽族に出会ったのは、リオのお母さんが初めて。
初代陽族によく似た綺麗なその容姿。久しぶりに目にした懐かしい面影に、思わず涙ぐみそうになったけどそこはぐっと堪えた。
後に写真で見せてもらった彼女の母、リオの祖母に当たる人も初代そっくりで思わず二度見したのも記憶に新しい。
他のホシにいる陽族はここまで初代に似ていない。というかほぼ別人だ。
ここまで懐かしい思いにさせてくれるこのホシに、どうしても運命を感じぜずにはいられなかった。
その極めつけはこのホシの陽族の末裔。
彼女のお母さんにこの子をよろしくね、とお腹を撫でながら託された言葉。それを思い出して出会った彼女は。
リオは、初代の生き写しだった。
そう錯覚するほどに、彼女は最後で最初の陽族だと思えた。そのお陰で、この子が陽族なんだと理解するのにジョークは必要ない。
さっき言ったようにこのホシの陽族は初代に似た容姿を持っている。
だけどリオの容姿は勿論、声が、雰囲気までもがそれだった。
昔の記憶に多少フィルターが掛かっているかもしれない。だけど目の前の彼女が、私の友人だと言われても疑う術はなかった。
彼女に残された時間は一週間。そこでやっと、キミに再会できた。
だから思わず友人の呼び名で彼女を呼ぶようにしてしまったのは、不可抗力。そう、仕方なかったこと。
そんな風に言い訳してみても汚い自分に反吐が出る。
冗談で隠した思いに名前をつけるには、私は穢れすぎていた。
だけどリオと過ごすうち、行動や言葉。少しの所作がやっぱり彼女とは違う。そう思わせてくれたのが唯一の救い。
あくまでここに居るのは仕事のため。一人の少女に想い寄せている場合ではないし立場もない。
そう自分に言い聞かせることで"私"を保った。
彼女を最期まで見守って、行く末を見つめる。
言われたようによろしくできてるかはわからないけど、それで任務を遂行できたつもりになろうと思った。思っていた。
それなのに、あんなタチの悪い将来の夢は。ずるい、ずるすぎる。
リオは私のことをずるいと何度も言った。だけど本当にずるいのはどっちだろう。
夢は叶えるもの。実はこの言葉、友人からの受け売りだったりする。
苦しい、と言いながら私だけにと語ってくれた。
私、夢があったんだ。そう言って口元を緩める。
そして夢を叶える前に彼女は世界から去った。
だから私は、来る未来の約束をしただけ。
ドンッ、と後方の大きな破裂音が空間を揺らす。
は、と後ろを振り返りそうになった。
だけど慌ててその衝動を抑える。
ぐっと歯を噛み締めなんとか自制した。
振り返ったら私は、きっとその渦中に身を投げたくなってしまう。
彼女のいない世界から逃げるために。
でも彼女の夢を叶えるのに、私が居なくてはならない。
私は、私しかいないから。
大気を掻き分けるスピードを上げる。
目から零れた胸に溢れるこの想いは、後方に流れ消えていった。
彼女とはまた、逢える。
あんな立派なホシだった彼女が、そんな簡単にへこたれるはずがない。
私を導いたキミはまた、必ず私の目の前に現れる。
どんな形だっていい。私が迎えに行ったっていい。格好悪くたっていい、お伽噺話のようにロマンチックじゃなくていい。
君がキミであればなんでも、なんだっていいんだ。
キミが居れば、私は幸せだから。
プロローグはこれからの、エピローグ。
これから私たちは再会の待ち合わせをする。
君の生きたホシは 藤市 優希 @rinemu
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