人生

椿原

それが生


 前略。

お母さん。お元気でしょうか。

私はあと一ヶ月で二十五を迎えます。何を意味するか分かりますか。

えぇ、そうです。考えている事はきっと同じでしょう。


 ここまで書いてふと手を止めて、窓があったであろう枠の中を見た。そこに描かれているのは白。清々しいほど何もない、白。

 人は真っ白な部屋に居続けると狂う。そんな事をどこかの本で聞いた記憶はある。人間は刺激を求めるものだから、と言うのが一番簡潔な理由らしい。けれど自分は特に狂うことも何かを感じることも無かった。だから実験は失敗した。そこだけ見続ければまるで自分は何もない白と対面しているかのように錯覚する。


 ただただぼーっと眺めていたが、やっとの思いで目線を机上に戻す。何故か自分は白を見るとそこに集中してしまう。理由は知らないけれど、落ち着くからかもしれない。


 先程までは何を話すか決めていたのに、分からなくなった。こうなってしまっては、もう何も進まない。


 「ま、送る相手なんていないんだけど」


 音が響きにくいこの部屋でも自分の声はよく通る。これも人が狂いやすい部屋の一つだった気もする。何だっけか。でもこの実験も私のせいで失敗に終わったんだっけ。

 考えるのも億劫になり、辞めた。


 宛先のない手紙をくしゃくしゃに丸め、指で弾く。あと一ヶ月。一ヶ月耐えればいい。でも何もないのはやはり暇だ。


 三冊だけしか入っていない本棚から一つの手帳を取った。中身は何の変哲もない、計画書だ。……あぁ、これじゃない。三冊とも表紙が同じな所為で目的のものを手に取れなかったようだ。

 この中身は夢日記。これも人が狂う方法の一つ。それでも私は狂わない。まず夢なんて浅はかなものを見ないし。三行ずつ、二ヶ月分しか書かれていないのに狂うものか、なんて思う。

その隣にあった一冊を手に取る。今度は間違いなく目的のものだ。今日は……八月一日。とりあえず外に出ようと書いてある。

 最後にこの扉を開けたのは二ヶ月前だ。……丁度夢日記の実験が終わったすぐ後は部屋から出ようとしなかった、と言うことだ。


「博士~!ちょっと外に出て…、あ…」


 博士、と呼ばれた男の背中はピクリとも動かない。ゆっくり近づいて首に手を当てるもやはり振動はない。老衰だろう。そっと手を合わせてから研究室を後にした。

 はずだった。

 ぷつりと意識が切れ、どさりと鈍い音が鳴る。そこで、“今日”は終わった。



 八月五日。

 目覚めるとそこは研究室だった。そりゃあそうか。“活動限界”が来ていたんだ、と察する。

 それもそのはずだ。この数年で人類は脆くなった。というより、外界、つまりは宇宙から降り注ぐ未知の汚染物質が私達を蝕んでいるから、歴史書に書いてあるような運動も出来なければ勉強もままならない。一日中起きていたらその後二度と目を覚まさないなんて事はザラにある。


「仕方ない。できなかった事を続けよう」


 起き上がると同時に目の前の扉を開けた。

 街はまだその形を保たれている。がしかし、何かが新しくなることもなければ人の気配などすることもない。……当たり前だ。もうこの星、“地球”に生物はいない。いないとされている。もう発展することもない荒廃しつつある街を前に私はもう何も感じない。

 こんな所に置いてかれた私の身にもなって考えて欲しい。そんな願いは誰にも届くことなく、また意識が途絶えた。どんどん間隔は狭くなっていく。


 八月十四日。

 目覚めは割愛する。どうせ目覚め方に変わりはないのだから。研究所の隣には小さな百貨店があった。人がいた頃から出入りは本当に少なかったが、今はそんな事は関係ない。どう足掻いても寂れている、ということに変わりはないのだから。同じ使い回ししかできない事を少し恥じながら常連と化していた書店に足を踏み入れる。


「あ…この本…そっか、もう新作はないんだっけ」


 研究室に読めない本はなかった。尚且つ、全て最新のものだった。といっても八年前の物だが。

 ただひたすらに悲しくなった。

 

 「ここにいても何もないや」


そうポツリと呟いても返ってくるのは自分の声だけだ。もう慣れた。寂しくなんかない、と言い聞かせることしかできない。だから、研究室に戻ることにした。

 これ以上刺激なんてない。



 八月三十一日。最終日。

 私は今日で息絶える。元からそういう計画だ。これまで入水も首吊りも包丁で自分を抉ることも試した。でも途中で怖くなってできなかった。もう飛び降りくらいしか選択肢はないと思う。

 死にたがりなわけじゃない。むしろ死にたくはない。でもこの実験は成功してしまったのだから、仕方ないだろう。


 「人は人と関われなくなって十日ほどで狂うそうですよ、仮説は正しかったんだよ、博士」


 別に狂ってもない。でも、そう言い切るしかなかった。

 最後に昔話でも聞かせよう。

 人間は腐っていた。だからたった一人、とある研究者に一人のか弱い娘を託して彼等は自身が生存可能な星に移住する事を決意した。

 その残りが私だ。売られたわけでもない。理不尽に選ばれたのだ。

 でも、彼等がどの星にいて、幸せに暮らしているのか。或いは移住に失敗して本当にこの世には私以外に同じ遺伝子を持つ生物がいないのか。私が知る術は無くなった。

 元から無いのだ。

 私達は二十五年しか生きられなくなった。汚染物質を身体に浴びた、その日から。


 でも私は……



 八月三十?二日。


 嫌だ。私は。まだ。こわ、、あ、、、

…繧ゅ≧雖後□縺セ縺?豁サ縺ォ縺溘¥辟。縺??縺ォ縲√d繧√※縲∬?蛻?〒閾ェ蛻?r谿コ縺昴≧縺?縺ェ繧薙※諤昴o縺ェ縺?〒

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 ザザッ。

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人生 椿原 @Tubaki_0470

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