お伽の花笑い

零宮 縒

本文


 はらり、はらり、と櫻の花弁が散っていく。






 身体を包むように穏やかな風が吹いてきた。






 山の木々がさらさらと音を立てると、小鳥の囀りも聞こえてくる。










 自然の調子だけが響く山中で、私達は遊山をしていた。






 山の麓にある小さな神社から少し離れた、櫻が満開のこの場所まで訪れている。





 咲久さまからの遣いとして、山の櫻の様子を見に来たのだ。





 咲久さまはこの美しい山と麓の集落を領域とする、此花咲久夜比女このはなさくやひめという空の御方である。






 人間はみな、空の御方を総称して「神様」というらしい。






 私や花音さまのような仕える者は敬愛の意を込めて「咲久さま」と呼んでいる。




 また、仕える者同士でも尊敬の意を忘れないために「さま付け」で呼ぶことがマナーである。






「今年の春も無事そうね、花音さま」




 神社から持ってきた包みを解きながら、頭上の櫻を見上げる花音さまに声をかけた。




 しかし、花音さまは怪訝な顔をなされて、重い声で告げた。







「確かに、満開に見えます。けれど、よく見ると遠近に蕾がございますよ」






 花音さまの言う通り、枝先をよく見るとまだ咲いていない花があった。






「今年は狂い咲きなのですね。なんだか寂しく思います」





「昨年までは花々が揃って、満開でしたからね」





 私も花音さまもそう呟く。




 すると、不安が押し寄せるように、強い風が吹いて櫻の花弁が空に舞い上がった。








 隣に居られる花音さまがそっと目を細めた。




 突然の強風に、花音さまも何かを感じ取られたのだろう。






「閑話休題、持ってきた包みが冷めてしまいます。葉音さま、お食べになって」





 私が解いた風呂敷から、花音さまはさらに小さなお重を取り出す。





 花音さまの言動を見ていた私は、思わず微笑んでしまう。






「葉音さま?どうかなされたの?」




 花音さまがお手を止め、そう仰られた。





「あら、花音さまにご無礼を。実は、花音さまが面白く見え、笑ってしまいました」





 衣の袖で口元を隠しながら、ふふっと微笑む。






「其れは構わないけれど、何故笑ってしまわれたのですか?」




 花音さまはそう言って、目を丸くなされた。






「花音さまは花より団子なのだなと思いましてね。笑ってしまったのです」




 説明を加えると、花音さまもくすりと笑った。





 開けようとしていた包みの中には、神社の厨で作ってきた桜餅が入っている。




 実は、花音さまの好物なのだ。





 其れを花音さまと共に用意したため、包みの中身を花音さまも知っているのである。






 全てを悟った花音さまも、愛らしく笑っておられた。





 それと同刻、柔らかい風が櫻の木々を揺らした。




 まるで、花音さまと同じように櫻も笑っているようだった。









 二人揃って、笑ったのち。




 桜餅の甘みに舌鼓を鳴らしつつ、満開に咲き誇る櫻をそっと眺めた。







-完-

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お伽の花笑い 零宮 縒 @kisaragi1019

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