正義の「白い魔法使い」が、悪の「黒い魔法使い」を打ち倒し、世界に平和をもたらすおとぎ話。
あるいは、そのうちの「黒い魔法使い」の生涯を描いた現代ファンタジー。
タグに「疑似親子」とある通り、父と子の物語です。おとぎ話調の序章から始まり、魔法使いという存在が出てきますが、舞台そのものはあくまで現代です。
大変引きこまれました。気づけば一文一文をもう、じっくり舐めるように読んでいたような感覚。何が良く、どこに惹かれたのかうまく言語化できる気がせず、つまりは単純に巧みなのだと思います。物語の作り方とその語り方、加えて文章がそれぞれ好き。
いい話、感動する話、なんて言い方はあまり好きではないのですけれど、とにかく「物語から得られる何か情動のようなもの」の、その総量が凄まじいです。
展開はどこまでも素直で、搦め手や飛び道具のようなところが一切ないのが特にすごい。
淡々と真正面から訴えてくる姿勢で、そこに軽やさ安さをまるで感じさせず、こんなにも読ませるお話というのは、そうあるものではないと思いました。
面白かったです。本当にじっくりゆっくり読み込まされました。やっぱり文章が好きです。うまくて読みやすくて自然な感じ。
人間は必要な栄養素さえ、自分ではいちいちわからない、どんくさい物だ。
私は〝父と子〟というテーマが好きである。読むよりは書く方が好きだし、とりわけ●●父子(※本編ネタバレ回避)はたまらない。
そこへいくと本作は、背後から急に心臓をぶち抜かれたような手際だった。
短く、語られぬことも多い本編。黒の魔法使いがなした悪事についてはあまり語られず、それはズルいほどヘイトコントロールがきいている。しかし、そこにいくら思いをはせても、父子のまばゆい真実に私は灼(や)き尽くされるしかない。
私は、私が自分で書きたいと求めていたテーマの、ひとつの極致を本作に見た。黎明が誰にも顧みられず、自らを毒虫の餌にしてまで呪おうとした世界で、それでもたった一人だけ寄り添ってくれる魂がいる。それだけで、それだけでもう。
それは奈落の旅路であっても、きっと涅槃の心地だろう、と思うのだ。