ホンモノへとボクは足搔く

NaCHuDeI

第1話 理解不要

「納得できませんッ!!」


 広い訓練場内で少年の声が響く。

 彼の対面には呆れた顔をしている中年の男、ガゼルがいた。


「はぁ……ロウィーザよ。何度言えば気が済むんだ? 今回の遠征で捕獲した人間達は俺たちと戦争している奴らだぞ? それを戦争奴隷とすることに一体何の問題があるというんだ?」

「問題しかないじゃありませんか! 戦争をしているからと言って村に暮らしているような娘共を攫い、あまつさえその者達を奴隷にするなど我々の恥でしかない筈です! 騎士が、我々がそのようなことを行いを是とするのですか!?」


 少年ロウィーザはガゼルに唾を飛ばす程激昂していた。

 

 彼らが揉めている問題は簡単だ。

 彼ら魔族は、長年人間族と争ってきた。それで互いが互いを嫌悪している関係になり、人間族は捕獲した魔族を奴隷とし、魔族は捕獲した人間族を奴隷とするような制度が両方共に認められていた。

 それで今回捕獲した人間族の女を奴隷とし売ろうと思っていた模範騎士ガゼルは、その生徒ロウィーザに生きなり詰られたのだ。


「? またおかしなこと言うなお前は……。いいか? 俺たち騎士は正義の剣だ。この魔国ヴァイスのため、そして無辜の民を守るため戦っているんだ。それはお前も理解しているだろ?」

「ボクだってそんなことは分かっています! 先生こそ何が仰りたいんですか!」

「あーあぁ、耳元でそう喚くな鬱陶しい」


 ガゼルは軽くロウィーザの胸元を押し離れさせた。

 確かにロウィーザとの距離は離れたが、彼からの視線は強く、納得するまではどこにも行かせないと雄弁に語っていた。


「何が言いたいかって? つまり俺たちがあいつらを奴隷にすることは正義だってことだよ。俺たちは悪を滅ぼし正義を執行する、な? 何も問題なんかないじゃないか」

「―――正義、ですか?」

「あぁ、正義だ。なんてったってあいつらはこれまで大量に魔族を殺して、昔はエルフ族やドワーフ族なんかも隷属にしていた悪い奴らだ。お前はもしかしたら可哀そうだとでも思ってるかもしれないが、あいつらは俺たちより酷いことをしてたんだ。因果応報ってやつさ」


 ロウィーザは俯き、その顔色は伺えない。

 だが彼は何かを耐えるように、もしくは悲しいように肩を震わせる。そして不意に、その震えが収まると、その見えなかった顔がガゼルの目に飛び込む。


「―――ふざけるなッ!!!」


―――ガッッ

 

 と、ロウィーザは拳を振るう。

 その拳はガゼルの左頬を正確に捉え、尻もちをつかせた。


「何が正義だ! 何が悪だ! お前らに善悪を語る資格なんてない、それはただの獣だ! 昔やられていたからやってもいいなどと、騎士の風上にも置けないことをペラペラとよくも自信満々に語れたな。お前に誇りは、相手を赦す理性はないのか!!」


 ロウィーザは馬乗りになり、拳を右左と交互に打ち付ける。

 周りで稽古をしている者達はそれを見るばかりで、一切止めに入ろうとしない。それはここが魔族の国だからだ。魔族は力あるものを称え、尊敬する風潮がある。

 だから喧嘩など日常茶飯事であるし、それがあのロウィーザが喧嘩しているとあり、それを喜んでいる者もいるほどだ。


 しばらく彼は拳を振り続けていたが、彼を包んでいた一種の興奮状態が冷めたことにより冷静になり、自分が行ったな行いを自覚した。

 彼は即座に拳を振るった相手、ガゼルに謝ろうとしたがそれは止められた。

 自分が殴られるということで。


「!! けほっこほ……ッ」

「お前が珍しく好戦的になったと思い嬉しくなったが、やはり弱い、そして脆い。さっきのは少し小突く程度だったはずだが、そんなに痛かったか?」


 ガゼルは、平気そうな顔でむくりと起き上がった。

 先ほど彼が行ったのは馬乗りをされている状態で適当にはなったパンチだった。それが、ロウィーザがせき込むほどの状況を作り出していた。ガゼルは特別強いわけではない、騎士のなかでも中の上程度の実力だろう。それが小突いただけでロウィーザは倒れこんでしまった。

 

「お前は我ら魔族の中で最弱の部類だ。それでも騎士を目指すお前の心意気を買い、俺はこの騎士養成所へ来させたのだが…………、無駄だったのかもな。このまま俺に負けたままでいいならとっとと帰れ」


 ガゼルはそう言ってロウィーザを見下ろす。

 ロウィーザはしばらくすると苦しみが無くなり、体が自由になった所で立ち、ガゼルと向かい合う。

 立ったところで彼の思考は暫く混乱していたが、それが治った所で答えを出す。


「………ふむ、まだその目は曇ってはいないな。ならば今から俺と打ち合い稽古を「帰ります」しよ……―――な、なんだと?」


 ロウィーザは面と向かい、まるでどこにも恥ずかしい所はないかのように宣言する。


「帰りますと言いました、もうボクはこの環境に耐えることが出来ません。先生が帰れと言うのならば否やはありません。これで失礼します」


 スタスタと、ロウィーザは訓練場を出ていく。周りの者も先ほどまでと違い、今度は驚愕のまま立ち尽くしていた。無論、ガゼルも。

 実はガゼルは帰れなどと言ったが、実際に帰るとは考えていなかった。この魔族の国で、帰れと言われて帰る軟弱者など今までいなかったからだ。

 だがロウィーザは帰ってしまった。


 ガゼルは精一杯の言葉を発する。


「………いや、お前は騎士とか以前に生徒としてそれはダメだろう」


 と。

 

 これには誰もが頷いていた。

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