エピローグその三 夢の「居場所」

 結婚式の翌日、僕は翔と共に母さんの墓を訪れた。結婚の報告をするのだ。僕の薬指にはダイヤモンドの結婚指輪が燦然と輝いている。母さんの墓に百合の花を供え、線香に火をつけ、手を合わせる。




 母さん。僕、やったよ。翔ととうとう結婚できたよ。僕の薬指見てよ。綺麗なダイヤモンドでしょ? 母さんにも一緒に昨日は参列して欲しかったな。教会のどこかで見ていてくれたらよかったんだけど、ちゃんといてくれた? 


 僕ね、母さんの言ったように、生きたいように生きられるようになったんだ。これからずっとずっとこの大切な翔と夫夫として仲良く暮らしていくね。今までいろんなことがあったけど、もう大丈夫。僕には湊と嶺くんっていう心強い味方もいるんだ。僕らはこれからずっと助け合って生きていくよ。母さん、見ていてね。




 その時ふと僕は母さんの匂いが鼻を掠めた気がした。懐かしい母さんの匂いだ。僕の頬を一筋の涙がつたった。


「一郎、そろそろ行こうか」


翔が僕の手をそっと握った。僕は頷いて歩き出すと、向こうの方で湊と嶺くんが手を振っているのが見えた。


「どうしたの? 母さんの墓参りなら僕と翔でするからよかったのに」


すると、湊は首を横に振った。


「あのね、この近くに新しく百合畑ができたんだって」


「百合畑?」


「そうなんだ。だから、湊と一緒に観に行こうと思って。ていうか、一郎のお母さんのお墓、ここだったんだな」


と嶺くん。この近くに百合畑が? そんなこと初めて知ったな。すると、


「おーい! こっちだよ、こっち!」


と翔が叫んだ。僕らが翔の方に走って行くと、母さんの墓の裏手にあった空き地が一面の百合畑になっていた。


「わぁ! めっちゃきれい!」


湊がぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいる。向こうの方までずっと続く百合の白い花。甘い香りがその一体に満ちている。母さん、良かったね。百合畑がこんなにお墓の近くにできて。僕は思わず涙ぐんだ。そんな僕の涙を翔が優しく拭う。


「きっと、俺たち四人を一郎のお母さんが応援してくれてるってことじゃないかな」


翔がそっと僕に囁いた。


「うん、そうかもしれないね。僕、こんなところに百合畑ができていたの知らなかったし、母さんのお墓の前にこの四人が集まることになるなんて思ってもみなかったし。なんか不思議だ。偶然に偶然が重なった感じで」


僕らは頷き合った。


 それから数年後、三十歳になった僕は翔、湊、嶺くんと力を合わせて建てたバンクーバーからしばらく田舎街に下った場所に四人で住む家を建てた。そこには僕と翔、そして湊と嶺くんの子どもがいる。僕と翔が卵子提供を受けたのは、あのりっちゃんと遥さんカップルだ。僕の子と翔の子、それぞれ男の子と女の子の二人姉弟だ。湊と嶺くんもレズビアンのカップルともうけた子どもと一緒に暮らしている。


 今日は仕事が休みだ。ゆっくり寝よう。食事作りは湊に任せちゃえ。そう思って、翔とベッドの上でゴロゴロしていると、息子のかけるが部屋に飛び込んで来た。


「一郎パパ、翔パパ起きてよー! もう朝だよ! 今日は日曜日だから一緒に遊んでくれるって約束したじゃん!」


駆は僕らの上に乗ってぴょんぴょん飛び跳ねている。あー、もうせっかくの休みの日なのに・・・。


「駆、パパたち疲れてるんだから、困らせたらだめよ」


娘の璃子りこが弟の駆を注意した。璃子はまだまだ幼いのに随分しっかり者だ。でも、こんな風に幼い璃子に負担をかけるわけにはいかない。僕らはのそのそ起き出した。


 僕が起き出すと、湊がすっかり朝食の準備を済ませてくれていた。湊は器用になんでもこなす。料理の腕も僕以上だ。どうせだったら、料理部員として正式に入部して欲しかったくらいだ。嶺くんは生まれたばかりのあかちゃんをあやしながらミルクを与えている。子どもを持ってわかったこと。子育ては大変だ。よく父さんも母さんも僕をここまで育ててくれたな、と思わずにはいられない。


 この子たちが大きくなった時、どんな子に育とうが、僕は全てを受け入れるつもりだ。昔の僕のように、何かに悩み、自分を拒絶し、自分の檻に閉じこもるようなことがもしかしたら起こるかもしれない。人生、何があるかわからないものだ。だけど、そんな時に僕と翔、湊と嶺くん、そしてこの家の家族全員が皆の「居場所」となってあげたい。それが僕の人生の目標だ。


 そしていつか、この子たちが独立した後に小さなカフェをオープンしたい。人生に行き詰り、疎外感に苦しむそんな人は、僕らゲイだけじゃない。それぞれ、人はいろいろな生きづらさを抱えている。そんな人たちに心の安らぎを与えられる、そんな人たちの「居場所」になるようなカフェを。

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居場所 ひろたけさん @hirotakesan

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