エピローグその二 実現した結婚式

 婚約をした僕らは、早速結婚の手続きに取り掛かり、書類を取り揃え、結婚証明書を役所から取得した。結婚式はバンクーバーで行うのも一つの手だったが、僕はどうしても、日本に住む皆とこの幸せを分かち合いたかった。料理部員のみんなと一緒にこの結婚を祝いたい。それに、母さんへの結婚報告もしたい。僕の希望を翔も、湊も嶺くんも叶えてくれることになった。


 僕らは僕の地元にある小さな結婚式場で二組同時結婚式を執り行うことにした。男同士のカップル、それに二組同時結婚式という特殊な形の結婚式を僕の地元で行える。それだけでちょっとした奇跡だ。結婚式の招待状を皆に送付する。信一と晃司の兄弟。りっちゃんと遥さんカップル。たっちゃん。栄斗。笹原華ちゃん。新藤先輩に水沢先輩。それに、あの廉也にも。翔は両親や大学で翔を指導したあの社会学の教授、それに昔からの幼馴染たちにも招待状を出す。湊はお兄さんに加えて、なんと、あの両親も呼ぶことにしたらしい。あれほど、湊がゲイであることを拒絶していた両親なのに、すっかり丸くなったんだな。嶺くんは、湊と付き合う前に付き合っていた彼女も呼ぶらしい。随分あの後確執があった二人だが、あの後ちゃんと仲直りしたんだってさ。


 気が付くと僕らは合わせて百人近くの人を招待することになっていた。こんなにも僕らの結婚式に集まってくれるんだな、と思うと感慨深い。中学校までずっと独りぼっちだった僕に、今の僕を会わせてあげたかった。将来の僕はこんなに幸せになるんだよ。だから、大丈夫だよと、あの頃のいじめられ、心を閉ざしていた僕に優しく語り掛けたい。


__________


 僕、因幡一郎は今、人生最大にして最高のイベントを控え、タキシードに身を包んでいる。鏡を見ながら髪型を整えていると、僕の後ろから、同じくタキシード姿の湊が抱き着いて来た。


「いーちろっ! カッコいいじゃん。何かいつもと別人みたいだね!」


二十七歳になっても、湊のこういう天真爛漫な所は全然変わっていない。


「湊は可愛いまんまだよね」


そう言って僕はクスリと笑った。


「ひっどいなぁ。僕だってもういい大人なんだから、もっとリスペクトしてよね」


「リスペクトだったらいつもしてるよ。湊はいつも僕にとっても翔にとっても、もちろん嶺くんにとっても大切な存在だからさ。これからも頼むよ。湊のこと、実は皆が頼りにしてるんだから」


すると、湊はいきなり目を真っ赤にしてこすりはじめた。


「おいおい、まだ結婚式はこれからなんだぞ。涙や鼻水でタキシード汚したら恥ずかしいだろ?」


僕は湊にティッシュを渡した。湊は思いっきり「チーンッ」と大きな音を立てて鼻をかんだ。まったく、やっぱり湊がいると賑やかでいいや。


 と、そこに翔と嶺くんが入って来た。同じくタキシードをきっちりと着込み、蝶ネクタイを締めている。僕らはそれぞれ抱き合いながらキスを交わし、これから始まる結婚式への期待に胸を膨らませていた。スタッフが、「お時間です」と呼びに来る。さぁ、新郎四人による結婚式の開幕だ。


 僕らはそれぞれの両親と共に、結婚式場の中の小さなカテドラルへ入場する。あの、一番揉めていたはずの湊の父親は、すっかり目を真っ赤にして感極まっている。何だか湊も照れ臭そうだ。


「一郎、お父さんは少し誤解していたみたいだ」


そう父さんが僕にそっと囁いた。


「何が?」


「一郎が翔くんのことを好きな気持ちは一時の気の迷いなんかじゃなかったんだって。一郎にとってはそれが普通のことだったんだって」


僕は思わず笑い出した。


「父さん、ずっと僕がいつか女の人を好きになるんじゃないかって期待かけてたもんね」


父さんは何だか気まずそうに、


「今はもう、そんな期待なんかかけてないよ」


と言って少し赤くなった。


「ありがとう。父さんがそうやって思ってくれたのは、僕が将来幸せになってほしかったからだよね。でも、僕は今日、こうやって幸せになったよ。だから、もう安心してよ」


「なんだ、一郎のくせに。一人前の口ききやがって。あんなにちっちゃくて可愛かった一郎がよぉ」


そう言って父さんは目頭を熱くした。


 カテドラルの扉が開かれ、僕らは順に中へ入場する。皆が僕らに拍手を送る。


 信一は初めてできた彼女にして婚約者の女性と座っている。あいつも、とうとう誰かと付き合うなんてことになったんだな。全く女っ気のない信一だからこそ、僕らは仲良くなったというのにね。


 晃司は晃司で、大学に入ってから付き合い始めた彼氏と一緒に仲良さそうにしている。


 たっちゃんは性別適合手術を受け、名実共に女性となった。美しい長い髪をなびかせ、その微笑みをたたえた口元を見た男はすぐに虜になるかもしれない。


 そのたっちゃんの隣には、彼女のあの両親も座っている。りっちゃんと遥さんは今でも仲良く付き合っているようだ。


 栄斗は髪を金髪に染め、そのチャラさに磨きがかかっている。


 あの演劇部で、僕の「偽装彼女」となった笹原華ちゃんは、今度こそ本物の「彼女」そして、「奥さん」になっていた。もう小さなあかちゃんまで連れて来ている。


 そして、見ると、あの廉也が独り、人一倍顔をくしゃくしゃにして号泣しているのを見て、僕は笑いを堪えるのに必死だった。あの僕を人一倍嫌っていた廉也がね!


 誓いの言葉を述べ、指輪を交換し、キスを交わす。ずっとドラマで見たような結婚式のあれこれを今この自分がしていることが半分信じられない。しかも小学校時代に一目惚れした赤阪翔との結婚式というのだから。僕はまるで夢を見ているかのような気分だった。僕との結婚式に臨む翔の姿は今まで見たどんな翔よりも美しかった。


 ところが、翔は誓いのキスの場面になるとすっかり感極まってヒーヒー泣きながら僕にキスをした。僕を泣き虫だ泣き虫だとネタにする翔だが、その翔も意外に涙もろい。結婚式が終わったら、泣き顔の翔の写真を見せつけて逆にネタにしてやるんだ。そう思いながらも、結局そんな翔にもらい泣きする僕だった。湊も嶺くんも泣いている。誓いのキスをする僕らの写真は四人全員が泣き顔の写真となってしまった。似た者同士って、こういうことを言うのかな。


 だが、この日一番大変だったのはあの廉也だった。花嫁がいない代わりに、僕と翔、そして湊と嶺くんのカップルがそれぞれ二人で一緒にブーケを投げるのだが、僕と翔のブーケは思いがけず大きく飛び、女性参列者の頭上を飛び越え、何と廉也の胸元に収まったのだ。廉也は僕にいきなり抱き着くと声を上げて泣き出した。


「いちろぉ~! ごめんな、本当にあの時はごめんな!」


僕は困って翔と顔を見合わせた。翔も呆れた顔でそんな廉也を見ている。


「もういいってば。僕はもう怒ってないって、前から言ってるじゃん」


「だけど、だけど、こんなに幸せそうな一郎を見たら、俺、お前に何てことしたんだろうなと思って、本当に、本当に申し訳なくて・・・」


「うん。わかったってば。廉也、ちょっと苦しい」


ぎゅっと固く抱きしめられた僕は息ができない。


「その辺にしておけ。一郎もお前の気持ちわかってるから。それに、いつまでも過去のことにこだわっていても仕方ないだろ。一郎とはもう仲直りしているんだし、お前もさっさと前に進め。俺らのブーケ受け取ったのはお前なんだし、お前はお前なりに幸せになれよ」


翔がそんな廉也の肩を軽く叩いて言った。


「ふぁい!」


廉也は涙声で抜けたような返事をした。廉也は至って真面目なんだろうけど、僕は何だかおかしくてクスクス笑ってしまった。


 続く披露宴も滞りなく進行し、僕はあの高校一年生のクリスマス会でやったケーキ入刀を、僕と翔の結婚式でやるという夢を叶えた。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん食べて、たくさん飲んで。ひたすら楽しい時間が流れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る