エピローグ

エピローグその一 異国の地でのプロポーズ

 ここはカナダのバンクーバー。僕は翔が目指していた国立大学に無事、二人で合格を果たした。その大学を二人揃って卒業してから、この街へ移り住んだのだ。翔が僕と結婚するという目標を掲げ、とうとう見つけた安息の地だ。この国では、同性婚が認められており、日本人同士で婚姻届けも提出することができるのだ。湊と嶺くんも呼び寄せ、僕らは四人で共同生活を営みながら仕事を始めた。


 僕は日本人学校の教師、翔はウェブライター、湊は小児科医、修士課程をカナダの大学院で修了した嶺くんはエンジニアとしてそれぞれの仕事をしている。やっとバンクーバーでの生活にも慣れ、楽しくなって来たある日、僕と湊は翔と嶺くんからダブルデートに誘われた。行先はバンクーバーから船で一時間半かけて訪れるバンクーバー島にあるブッチャートガーデン。美しい自然に囲まれたバンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州でも有数の庭園だ。


 バンクーバー島に向かう船の上で、僕と湊は海風を受けながら他愛のない会話をしていた。


「なんか、最近嶺の様子が変なんだ。何か隠してる気がする。翔くんはどう?」


そう言われた僕もふと、翔が最近どうも夜中に僕の寝た後、コソコソ何かをしているらしいことを思い出した。僕はそれまで仕事をしているのだろう、と気にも留めなかったが、言われてみれば何だか怪しい。そういえば、今日もどこかそわそわ落ち着かない様子で、今も翔も嶺くんも二人でどこかに行ってしまった。


「何を企んでいるんだろう?」


「まさか、二人で浮気してるんじゃ・・・?」


「それはないでしょ。翔のタイプ的に」


「翔くんのタイプって一郎みたいな可愛い系ってこと?」


「ちょ、うるさいって、湊!」


僕が顔を真っ赤にして叫ぶと、湊はケタケタ笑っている。もう、湊のやつったら!


 港に船が着岸する頃には、翔と嶺くんも僕らと合流し、レンタカーに乗ってブッチャートガーデンへ出発した。この四人の中で一番しっかり者の嶺くんがハンドルを握る。落ち着いた性格の嶺くんは運転手にも持って来いだ。僕らは楽しく歌を歌ったり笑い合ったりしながら、ドライブを楽しんだ。


 ブッチャートガーデンに到着すると、その美しい庭園風景に僕らはすっかり心を奪われ、大きく深呼吸をした。僕らが出会った高一のあの夏のキャンプの頃、こんな風に自然の美しさに心を打たれるようなことなんてなかったのに、随分趣味趣向も大人っぽくなったものだ。もう、あの時から十年の月日が経とうとしている。長いようで短いこの期間、僕らは泣いたり笑ったりしながら、ずっと互いに助け合って生きて来た。僕ら四人はもう家族のような関係性になっていた。

 

 ブッチャートガーデンの中には日本庭園があることも有名だ。久しぶりの「日本」を楽しんでいた僕だったが、こういう雰囲気の場所にいると、途端に故郷が恋しくなる。何だかさっきまではしゃいでいた僕も湊もすっかりしんみりしながらせせらぎにちょろちょろと流れる透き通った水をしんみょうな面持ちで眺めていた。と、その時だった。


「一郎」


「湊」


翔と嶺くんが改まった口調で僕らに声をかけた。振り返ると、二人はうやうやしく僕らの前に並んで跪いている。ブッチャートガーデンを訪れていた周囲の人たちが何事かと僕らの周囲に集まって来た。


「ちょ、ちょっと、いきなり何を始めるの? 皆に見られてるよ」


僕は慌てて翔を立たせようとした。すると、翔はポケットから小さな、だが白くて美しい箱を取り出した。翔がその箱の蓋を開けた。陽の光に照らされて、中に入っていたものが光り輝いている。これって、もしかして・・・。


「一郎。俺が東京の大学に行くって決めた理由は何だったか覚えてるか?」


翔が僕に尋ねた。


「社会学を勉強して、いつか僕と結婚する方法を考えたいって・・・」


「そうだったよな。俺、今日はそのお前との約束を果たすためにお前をここに連れて来たんだ」


もうその時点で僕は涙がこぼれそうになっていた。


「一郎、結婚しよう」


その一言が翔の口から発せられた瞬間、僕の涙腺は爆発した。僕は涙でぐしょぐしょになった顔を精一杯笑顔にしながら、


「はい。僕、翔と結婚します。よろしくお願いします」


と言った。僕は泣きながら翔と固く抱き合った。周囲から盛大な拍手が巻き起こる。そんな拍手を嶺くんが人差し指で「シーッ」と静粛にさせた。見ると、湊は既にボロボロ泣きじゃくっている。今度は湊と嶺くんの番だ。


「湊、俺はお前のことが世界一好きだよ。俺の前ですぐそうやって泣いちゃう湊だけど、これからはもっともっと湊を笑顔にしたい。そんな俺たちの家庭を築きたい。湊、俺と結婚してくれ」


「うわーん! いいよぉ! 嶺とずっとずっと一緒にいたいよぉ!」


 湊は子どものように泣きながら嶺くんと抱き合った。そして、僕ら四人はしっかりと抱き合い、互いの婚約を祝した。周囲からの拍手はより盛大なものとなった。全然知らない人たちなのに、しかも日本語でプロポーズを受けたのに、皆、温かい笑顔で僕らを祝福してくれていた。僕はただただ幸福感に満ち足りた気持ちで涙を流し続けていた。

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