不遇職『ニート』になった俺は家族から罵倒され追放されたが辺境の地でチートに目覚めてスローライフを満喫中……だから、今さら戻ってこいと言われてももう遅い……遅いからな!

笠本

お前をこの家から追放する

「ダルムス、お前をこの家から追放する」


 ツヴァイス辺境伯家当主である父から呼び出され、俺が執務室に入ればいきなりの追放の宣告。


「ふむ、親父殿。理由を聞いても?」


「理由? 理由だと? まさかそれが分からないとでも言うつもりか!?」


 いや、分からん。なぜだ? たしかにこっそり倉庫から埃をかぶってた骨董品を持ち出して売り払ったりしてたが、バレてる気配はなかったのだが。


「お前が学院を卒業して今日で丸1年。これまで何のかんのと理由をつけて働かずにきた、その怠惰以外に理由があるか!」


「だが親父殿。俺が神より授かったギフトは『ニート』なのです。俺はこの天命に従ってるにすぎないのだが」


 100年前、邪神が目覚めこの世界を滅ぼそうとしたとき、創造神たる女神リッツライムが召喚した異界の勇者タナカタカシ。


 勇者タカシは2年の間に世界を巡り、仲間を増やし、様々なアーティファクトを発掘し、新たな魔法をあみだし、その果てについには邪神を討伐した。


 その後に勇者が元の世界に帰還したとき、彼が所有していた100に上るスキルはこの世界に還元された。

 それ以来、この世界で生まれる全ての人間は14歳になるまでに、そのいずれかのスキルをギフトとして授かるようになった。


 『火魔法:放出系』ならばギフトとして授かった瞬間からファイヤーボールくらいなら撃てるようになる。

 『片手剣(初級)』ならばゴブリン程度、初めて握る剣でも倒せるセンスが身につく。

 

 そして俺が授かったギフトはニートというクラスだ。

「ニートとは働かずに家に寄生して生きるという職ですよ。勇者タカシ様がこの世界に来る前にこの職についていたのはご存知でしょう。俺はこの栄誉ある職を極める義務があるのです」


 100のギフトの内、僅か10だけ確認されているクラス。それはスキルの上位版とされる。


 例えば魔法系のスキルは火や水など各属性ごと、系統ごと、そのどれか一種のみがギフトされる。対して『魔道士』というクラスは授かってもすぐ魔法が使えるわけではない。

 だが代わりに年齢と共に自然と魔力量が増大し、魔力操作が上達していくのだ。いわばステーテス全体の底上げ、補正という特殊効果をもったスキルと言える。


 結果的に魔道士クラスはいずれ全属性、全系統の魔法を習得することができるのだ。将来魔法を使いたいと願う子供たちは、だれもが魔法スキルよりも『魔道士』クラスをギフトされることを祈っているのだ。


 しかしこの『ニート』だけはまったく補正効果が判明していない。そもそもギフトされる人間自体がほとんどいないのだが。

 俺はこの職を極めることでその謎を解き明かしたいと思っているのだ。よって俺が働かずに家で遊んでいるのも、その崇高なる目的のためなのである。


「バカものが! それは勇者様の故郷ニホンの謙遜けんそんというものだ。働かずに遊んでいるだけの職などありえぬわ! たしかにタカシ様は働いていなかったかもしれぬが、その期間をちゃんと自己の鍛錬と研鑽けんさんに費やしていたのだ! お前もせめて剣の一つでも振っていれば納得もするが、実際は毎日毎日メイドとゲームをしてばかりだったろうが!」


「親父殿。それは国のイメージ操作にすぎませんよ。タカシ様本人が言っています。『タナカタカシ英業録・第一章三節【白き常世】』にありますが―――


『女神よ我を故郷に戻し給え。其は楽園なり。尽きることなきコカの茶と芋の揚げ物フリートを食し、森羅万象を映す浄玻璃の鏡を磨き、盤上遊戯にふける、無為にて平穏なる安息の日々。其は労務の苦役なき永久とわの揺りかごなり』――――と。


 ちなみにタカシ様はあらゆる労働とは悪であるとも言い残しております。まことに勇者様のお言葉は含蓄がありますなあ」


「屁理屈を捏ねるな! 世界をお救いになられたタカシ様がそんなクズのような世迷い言を口にするか! ええい、こんな余計な知恵をつけるなら学院になど送らねばよかったわ!」


 学院か……たった1年前とはいえ懐かしいな。

 王都にある貴族子弟が集まる学院。そこで俺は18歳まで学んでいた。上級学年時の専攻は恩寵学というもので、まさにこのギフトについて研究する学問であった。

 主任教官殿は元気であろうか……。


「お前がニートなどという不遇職をギフトされたのは仕方ない。だが、人の生き方はギフトだけで決まるものではないのだ。そもそもこの私自身がギフトされたのはただの『計数』スキルなのだからな。帳簿のチェックには便利だが、そんなものは領主に要求される資質の一つにすぎん。大事なのは授かったギフトを糧にどれだけ自己を磨くかだ!」  


 不遇職か……。

 100のギフトの内、異界の勇者ではない我々常人には使いこなせないものがいくつかあり、それらは不遇スキル、不遇職と呼ばれている。クラスでそう扱われているのは『ニート』だけだが。


 不遇スキルで代表的なのが『セーブ』スキル。就寝時に使うと、それ以降に命を落したときにその翌朝時点に戻れるスキル。だがこれは『めた認知』スキルを持たねば記憶の引き継ぎができないため意味がない。


 『人化』スキル。これは『獣化』スキルを使って人外化していないと意味がない。まあ後者のスキルを得て、うっかり使ってしまえば獣から戻れないのだからまだ運がいいと言えるが。


 他にもギフトされても使い方が不明なスキルも不遇スキルと呼ばれている。例えば『きーぼーどくらっしゅ』『れすば』などだ。


 俺が学んだ恩寵学はそういったスキルの謎を調査し、勇者様の帰られた異界の姿を解き明かすのを目的としている。

 あれは実にやりがいのある学問であった。ならばこのギフトで最大の謎である『ニート』に挑むのは当然のことであろう。


…………と、俺はそんなことを説明しようとするのだが、もはや父はこちらの言うことなど聞いてくれずに罵倒を浴びせてくるばかり。


「いいか、最後の情けだ。サイハ村の代官の職を1年だけ用意してやった。メイドも一人付けてやる。それで道を切り開けなければあとは野垂れ死ぬなりするがいい!」


 そしていつの間にか部屋に入ってきた執事が俺に一礼する。


「ではダルムス様。お荷物はこちらにまとめておきました」

 その背後には大きなカバン。すぐさま領地の果てにあるサイハ村に出て行けと、そう言わんばかりだ。


「相変わらず仕事早いなあ」

 俺はカバンに愛用のゲーム盤一式が入っていることだけ確認すると、父に向かい最後の挨拶をする。


「では、行ってまいります。親父殿もお元気で」


 返答もなく、俺は部屋をあとにする。


 ズルズルとカバンを引きずって屋敷の玄関まで行くと、そこに一人のメイドが立っていた。


 くすんだ金髪に目元にはそばかす。ロングスカートでも裾から足が伸びる長身。

 俺の専属メイドであるドリスだ。


 親父はメイドを一人付けてくれると言ったが、元々後継者レースに早くから脱落していた俺のそばに残っていたのは彼女だけであった。


 状況は知らされていたのだろう、彼女はすっと手を差し出してくる。

「ダルムス様、お荷物をお持ちいたします」


「いや、さすがにこんな重いもの女に持たせられんぞ」

「恐れ多くも私はダルムス様の専属メイドにございます。ツヴァイス辺境伯家を追放されるとはいえ、それは変わりません。主に荷物を持たせられましょうか」


「ああ、言っておくが支度金なら俺の財布に移しといたからな」

 ポンと胸ポケットを叩いて言った。最果ての村まで無一文で行けるはずがないからな。それはちゃんと執事がカバンに用意してくれていた。


「レディに重いものを持たせない。ダルムス様はまことに紳士でございますね」

 ドリスはチッと舌打ちした。


「そういうとこだぞ、お前もいっしょに追放されるのは」


 このメイド、俺の巻き添えで追い出されたみたいに恨めしげにこちらを見ているが、はっきり言って自業自得だ。

 こいつが最後まで俺の側付きを務めていたのは、うるさい先輩がいなくなって、掃除も適当で許される、むしろ仕事のメインは俺とのゲーム相手という気楽な立場を好んでだ。


「ああ、ダルムス様にお供してきたばかりにこんな仕打ちに。私にも家族がおりますのに……」


「そういえば聞いたぞ。妹さんがどこぞの騎士家に玉の輿にのるんだってな。貴族階級ともなれば礼儀に厳しいからな、元ヤンの姉とかいなかったことにしときたいよな」

 さすがに父も家族の了解とらずに追放の共なんてさせないだろうからな。


「言わせてもらえれば妹は猫かぶるのがうまいだけです。あの子の方がもっと暴れてたのに、巧みに私に罪なすりつけてるんです」


「妹なんてそんなもんだろ」


 二人でとぼとぼと屋敷を出ると、俺たちの前に少年が息せきこみ走り込んできた。


「テオか……」


 それは俺の腹違いの弟、テオだった。

 日課の訓練の途中だったのだろう、汗ばんだ肌をそのままに、手には木刀を握っている。


 テオがあどけなさが残る顔を妙にかしこまるようにして言った。

「この家を出て行くんだってな」

「追い出されんだよ、親父殿にな」


「僕は『勇者』のクラスを手に入れたぞ」


「ほう」

 そういえばテオはもうすぐ14歳になるところだったな。個人差があるが、遅い者でもその歳にはギフトを授かれるのだ。


 そして我が弟は最大の当たり職と呼ばれる『勇者』クラスをギフトされたのだという。


 それは剣と魔法の両方に補正がかかるクラスだ。『剣士』や『魔道士』には僅かに及ばないが、両者に要求されるステータスを揃って引き上げてくれる。

 さらには雷魔法の使用が可能となる。それはギフトでは授かることのない、勇者クラスのみが習得できる魔法スキルである。


「これだけのクラスを授かったんだ。これで誰もが僕を次期当主だと認めてくれる。兄貴のお情けなんかじゃなくってもだ!」


 なるほどな。こうして弟が当たり職を引き当てたから、心置きなく俺を追放できるというわけだ。


 我が辺境伯家は敵国である帝国と領地を接している。境界線のほとんどは険しい山脈や魔の森が天然の障壁になってくれているが、唯一開かれた西の草原から攻め込まれたのは一度や二度ではない。


 ここ十数年は大きな戦いはないが、嫌がらせのような小規模の威力偵察は頻繁に仕掛けてくる、油断出来ない相手である。


 戦闘職の最高峰である『勇者』クラス。  

 辺境伯家の次期当主が持つギフトとしてこれほどの格はないだろう。


「よかったなテオ。だが訂正しておくがお前が次期当主なのはすでに誰もが認めている。俺みたいな落ちこぼれに勝ち目なんてないさ」


「僕をバカにするな! 今の立場が5年前の政変の結果だって分かってるんだ!」

 テオは苛立たしげに俺に木刀を突きつけてきた。


 俺の実母は早くに流行り病で亡くなっているが、その実家である侯爵家は5年前に王家でおきたお家騒動のゴタゴタで没落した。


 代わりに成り上がったのが第二夫人であるテオの母親の実家だ。

 後ろ盾がなく落ちこぼれの長男と、バックアップは万全の次男。


 どちらが当主になるかなんて5年前から決まっているのだ。


「勇者のクラスを得たんだろう。そんなおっかない物を振り回さんでくれよ」

 俺はテオが突きつける木刀に怯えたそぶりをする。


「最後までそうやって、出来損ないのフリをするんだな…………くそっ、父上ももう少し待ってくれれば僕自身の力で当主の座を勝ち取ったって示せたのに!」

 

「ふっ、勘違いするな。俺は正真正銘ただの出来損ないのクズだよ…………そうだな、そんな俺から出来のよい弟にお願いだ。お前が親父殿の仕事を手伝うようになったら、その権限でいくらかでも仕送りしてくれよな」


「ッ! ……そうやっていつもロクデナシみたいな顔をっ!」


 俺は肩をすくめると再びカバンを引きり門に向かって歩き出す。

 と、振り返って念押しする。


「いや、これマジでな。月5万マトルくらい……いや、できたら7万くらい頼むぞ」


 返答はなく、俺は住み慣れた屋敷をあとにした。


「あの、ダルムス様。テオ様ってなんでこう、まるで兄がお家騒動にならないように有能なのにあえて無能のふりして追放されましたみたいな雰囲気だしてるんです? 誰が見ても普通にクズですよね」


「お前、ほんとそういうとこな………」


「いえ、ダルムス様が幼いころは意外と文武両道で神童って呼ばれてたのは知ってるんですよ。でも学院に入ったあたりでどんどん劣化していって今のクズっぷりじゃないですか。政変が起こるずっと前のことですよね」


「そりゃ俺が10年前からテオに当主になってもらうために、あいつにいろいろ吹き込んでたからな」


「どういうことです?」


「たしかに俺は子供のころは出来がよかったけどな、学院に行って分かったんだ。俺、自分がやりたくないことは一切やりたくないタイプだったんだ。そして最もやりたくないのが努力と忍耐な」


 幼いころは持って生まれた才能でなんでもできたが、やっぱ上に行くには努力も必要なのだ。

 学院に行って才能にあぐらをかかずに上を目指す連中を見て、俺にはああいう生き方は無理だと教えられた。


「当主になったらひたすら努力と忍耐の日々が続くんだぞ。そして俺に努力と忍耐の才能はまったく無い。だがその点、テオは違うぞ。あいつは覚えは悪いがひたすら努力を積み重ねていくタイプだからな。そこで俺は弟こそが次期当主にふさわしいと決めたんだ」


「当主気取りじゃないですか」


「そして俺はその頃から工作をしてたんだ。俺が無能でもテオがその下いったら意味がないからな。『お前ならできる』『才能がある』って会うたびに励ましてな。まあ、政変があったから実際はそこまで心配しなくてもよかったがな」


 そしてこの1年の間もテオが覗いているタイミングでだけこれ見よがしに剣を振ったり、難解な学術書を手にしたり。ホントは真面目で有能アピールを頑張った。


 ホントにクズだとバレると将来当主になったテオに追い出されちゃうからな。


 あいつ、俺の裏での努力フリを見るとさらに勉強や鍛錬をがんばるんだよな。


 若いのにこれほどの向上心。必ずや将来テオは俺を養ってくれる当主にもなろうと楽しみにしていたのだが。


「結局は父に追い出されてしまったがな。やっぱ人生経験つんでるだけあって、親父殿にはそういうところ全部バレてたっぽいんだよな」


「逆に次期当主様があんなに人を疑わない純粋さってどうなんでしょうか」


「そこは父上がどうにか教育するだろ」


「それで真実に気づけば仕送りなんてしてもらえないでしょうね」


「いや、そこはこう、あるだろ。将来あいつが成長してさ――――


『施政者としていくらか経験を積んだ今となれば、兄の態度が保身からくる偽りであったと分かる。だが私は今でも少なくない金額を兄に送金している。周囲は無駄と言うが、これは私の未熟への戒めでありそれを教えてくれた兄への感謝なのだ……』


――――みたいな。あいつならそういう理不尽と不本意をのみ込んで糧にする器の大きな施政者になれると思うんだ」


「私が巻き込まれたのは納得いきませんが、ダルムス様が追放されてほんとよかったと思いますね」


「ふふっ、そうだな。追放されたことでようやく俺も覚悟ができたよ」


 俺の言葉にドリスが目を見開いた。

「えっと……まさか、これからは心を入れ替えてちゃんと働くと?」


「は? なんで俺が労働なんてしないといけないんだ。いいか、俺はこれから本腰を入れて『ニート』を極める。ドリス、お前にも協力してもらうぞ!」


「はあ?」



◇エピローグ(side:弟)

 

 僕、テオ・ツヴァイスは14歳になった。正式に家督を継げる歳でもある。

 そして今は広い政務机に向かい、執事の持ってくる書類に領主代行として判をおしているところだ。


 中身を確認する必要のない、当たり障りのない書類ということだが、僕の押印で多くの人の人生が影響を受けることに、緊張に手がこばわってしまう。


 しばらく前からこうして父の仕事の手伝いをさせてもらっていたが、いつもは横で見守りアドバイスをくれていた父はいない。出兵しているからだ。


 隣の帝国に領地内部にまで攻め込まれたのだ。警戒は怠っていなかったが、帝国が攻めてきたのは今までの侵攻ルートとは違う山脈地帯から。


 山のふもとに突然、万の軍勢が現れたんだ。


 恐らくこの十数年で道を開き、中継基地をつくり、中立だったはずの現地少数部族を味方にして機を伺っていたんだ。


 まったく想定していなかったルートだ。おまけにその直前に草原地帯に帝国の偵察部隊が出現していて、軍の主力をそちらに向かわせてしまった。完全な陽動だ。


 そして帝国軍の前にはサイハ村がある。

 兄貴が追いやられた村だ。


 せいぜい魔獣避けの柵しか無い小さな村。今頃帝国兵に略奪と蹂躙を受けているだろう。

 当然、兄貴の命もないだろう。

 帝国はその勢いのままこの領都をめざすはずだ。


 慌てて父上が残った軍を率いて迎撃に向かった。僕も勇者クラスを持っているからと懇願したが、まだそのレベルにないと連れて行ってもらうことはできなかった。


「くそっ、これじゃあ何のために鍛錬を重ねていたか分からないじゃないか……」


 自分の弱さを噛み締めていると、屋敷の外が騒がしいことに気づいた。

 続けてバタバタと足音をたてて部屋に入ってきたのは、いつも冷静なはずの執事。


「若様、旦那様がお戻りになられました! その、それとダルムス様も……」

「クソ兄貴も!? 生きてたの!?」


 慌てて屋敷を飛び出せば、まず目に入ったのは一年ぶりに会うクソ兄貴の姿。


 小太りながら妙にエラそうにしているせいで、それも貫禄に見えてしまう腹立たしい男。こちらに気づくと気軽に声をかけてくる。


「よう、テオ。久しぶりだな。仕送りありがとな。まあ額は正直、全然、あれだけど、うん」


「ざけんなよ。その額は僕の未熟さへの戒めとして出した温情だ」

 あの頃の僕はなんでこんな男を信じていたのだろう。母や祖父の期待に答えなきゃという重圧と、陰に僕をサポートし続けてくれた上に汚れ役をかってくれた兄への申し訳なさとで、胸がいっぱいになっていたのに。


 父に領主教育として人の動かし方を学んでいるうちに、ようやく『あれ、兄ってただのクズだったんじゃ』と気づけたんだ。いや、今はそれよりも……


「いや、それよりここにいるってことは、まさか村を捨てて自分だけ逃げてきたってことかよ!」


「おいおい、俺がそんなことをすると思うか?」

「そういう人間だろ」

「村を囲んだ帝国軍を果敢に突破してここまでダッシュしてきたと?」

「あっ……ああ……」


 妙に説得力のある反論をされた。


 そこで父上が近づいてきたのに気づく。

「父上? そうだ、父上がお帰りになったということは見事帝国を撃退できたということなのですね!」


「ああ……うむ、それはそうなんだが……」

 なぜか父の言葉は歯切れ悪い。


「はははっ、それは俺の力だ。俺の『ニート』クラスは上位職である『引きこもり』クラスに進化したんだ」


「えっ、いったい何を言ってる?」


「そう、『引きこもり』クラスは『タナカタカシ英業録』で最強のクラスと伝承されながらもギフトでは授かることのなかった幻のクラス。それはあらゆる物理攻撃と精神攻撃をはねのける最強の防御能力をもったクラスなんだ」


「こいつが何を言ってるか分からんと思うだろうが、事実なんだ。我々が駆けつけるまでの3週間に渡って、あの小さなサイハ村は1万の帝国軍の精鋭を凌ぎ続けていたんだ」


 父は言った。

 帝国軍は出現と同時にサイハ村に攻めいったが、村を囲む貧弱な柵は鉄壁の城塞のごとくに矢も極大魔法をも防いだと。

 

 村の若者と冒険者数名の僅かな戦力は謎の補正が働いて、一騎当千の猛将のごとくに帝国兵を蹴散らしたと。


 結果。食料の補給もできず、兵は疲弊し矢も尽き、魔道士は魔力を使い果たしていた帝国軍は、父の率いるツヴァイス軍にあっさりと敗れ去ったのだと。


「それが引きこもりクラスの力だって……?」


「俺が目覚めた『引きこもり』クラスは、正確には俺が引きこもった家から無理やり追い出すことを防ぐという能力なんだ。村の防衛力が高まったのはそのためだ。だから帝国軍は俺をスルーして領都をめざしていればよかったんだがな」


「ニートクラスがそんな仕組みだったなんて、そんなの聞いてないぞ!? いや、それならこの屋敷にいたころからずっと引きこもってただろ!?」


「そこは俺の甘さだな。俺は学院時代に『ニート』クラスが進化する可能性が高いこととその条件までは推測していたのだが、『狭いテリトリーから一切出ることなく、働かずに家族に寄生して半年以上すごすこと』、この条件を満たすことができなかったんだ。


 どうしても周囲の目に耐えきれずに時折倉庫の整理を手伝ったり、親戚にゲームの指導をしに行ったりとかそういった労働をしてしまったんだ。


 勇者様はもっと若い頃からこの職についていたというからな。さすが救世主ともなるお方は精神力が違うなと感心させられたよ」


「えっ、サイハ村の代官やってたんじゃないのかよ」


「いや、そこはドリスに任せてた」

 兄が平然とした顔で振り返れば、そこには長身の兄付きのメイドがいた。


「そりゃもう頑張りましたよ私。慣れない事務仕事で帰ったらクズのお世話。

『これただヒモ養ってるだけじゃあ……』という不安との戦い…………


 まあこうして賭けには勝ちましけどね! 何せ私もこれで王家と縁付きですから。


 あっ、ダルムス様、王都に行く前にちょっと寄り道したいんですが。堅苦しい騎士家で暮らしてる妹にマウントとってざまぁしたいんですよ」


 おほほと不自然に上品ぶって高笑いしているメイド。


 王家? 王都? 何でそんなのがいま話に出てくるんだ?

 メイドの言葉に戸惑っていると、父が「あちらにおわすのが王家の姫君だ」と手を向けた。


 馬車の中からやっほーと手を振る眠たげな表情の女性。ぼざぼさ髪に度の深そうなメガネ、よれよれの白衣に化粧っ気のない顔。美人と言えば美人だが、どうみてもやんごとない身分には見えないのだけど。


「あの方は間違いなく高貴な身の上だ。少しばかり癖があって、王家のお家騒動も絡んで表に出ずに、学院の一教官として潜んでおられたが」


「一言で言って研究バカの行き遅れって人だけどな。俺の『引きこもり』クラスの力はすでに野盗や魔獣相手に証明できてたからな。学院の主任教官である彼女に連絡したら本人が速攻でやってきて、そこにちょうど帝国軍が攻めてきたってわけだ」


 そしてさっきから信じがたいことばかり聞かされてきたが、父の口からさらなる衝撃がもたらされた。

「ダルムスは姫君と婚約した。あちらの婿に入る形だ」

「はっ!?」

 兄貴が王家の一員になるだって?


 父上も私も耳を疑ったがと前置きして言った。


「あの御方がダルムスならば認めるとおっしゃってな。なんでも『引きこもり』クラスの特性を最大限に活かすには此奴のテリトリーを王国全体に拡大するのがいいと言ってな。そのためには王国全ての主である王家と家族にならなければならないそうだ」


 信じがたいが、父と兄の話では『引きこもり』の防御特性は追い出したり、食料供給を閉ざしたりという明確な敵対意思がないと発動しないらしい。

 つまり敵対国の標的にならないと意味がないため、王国に敵対する=ダルムス兄貴にも敵対、という構図を作らないといけないのだと。


 たしかにそんなことができるなら帝国どころか他の周辺国からも守りが固くなるわけだが……


「えっ、てことは兄貴はこれからも悠々自適な引きこもりニート生活を満喫するということ?」


「それも国家公認でな」


 こんなことが許されるのか……

 呆気にとられている僕の肩にそっと手が置かれた。

 振り向くと父が僕を見つめていた。凪いだ目の奥にはそれでも確かな光が輝いている。


 そう、それは理不尽と不本意をのみ込んで自身の糧にしていこうという立派な当主の顔であった。そうだ、僕は兄がどうとか気にしている暇はないんだ。この人について自分を磨いていかないと。


 そして兄はふっと笑うと、得意げなドヤ顔をさらした。

「というわけでだ。これからの王国の警備は俺にまかせておけ!」


 やっぱすごいムカついた。


     『完』

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