あの世はギュウギュウ詰め


 人は死んだら天国にいくのだろうか? それとも地獄?

 個人差はあれど、きっと人は死んだら天国か地獄にいくのだろうと思っていた……もしくは、なにもなく、なにも感じない無の世界だと――。

 しかし、いざ死んでみれば、僕が見たのはまるで満員電車のような密集度で、人間たちが集まっていた光景だった……いや、これは詰まっているのだろうか?


 まるで透明なビンの中に、ぎゅうぎゅうに詰められているみたいに……。


「うわ!?」


 後ろから押され、集団の中にわざとじゃなく、潜り込んでしまった。

 すぐさま人と人に圧し潰され、両足が浮いた……もうどうしようもなかった。

 回避もできない。


 ここは天国なのか? イメージ通りなら、ここは天国だけど……、人の熱気、顔面に当たる誰かの肘……、不快感を考えれば、地獄だった――。

 これまで死んだ人間が、ここに集まっているのだろうか……なのに世界が狭過ぎるから、増えていく死者を収納できずにいる。


「(あ……、小さな子が、大人たちの足下で雑に蹴られて……ッッ)」


 まるでサッカーボールのように転がっている。

 みな、気づいていないのか? いや、気づいていたとしても、もうどうしようもないのだろう。互いに押し合い、踏ん張れないから、背中がぶつかり、当たった衝撃で別の人がまた別の人にぶつかって……――そうして止まらない連鎖が、全体の動きを止めてくれないのだ。


 ――また、後ろから衝撃だ。

 新しい死者が生まれて(おかしな表現だけど……)、一人にぶつかった。一人にぶつかれば、水面に落ちる雫が波紋を作るように、全体に広がり、影響を与え続ける……。

 きっと、こんなことが数十年、いや……数百年と続いてきたのだ。


 ネットで見たことがあるコミケなんかよりもよほど酷い。あっちはイベントで、堪えた先には楽しいことが待っているけど、ここにはなにもない。

 死んだ後は、意識があるだけで、地獄である……。

 それとも、本当にここは『地獄』なのだろうか……?


 想像していた地獄とは違う。

 だって明るいし、晴天の下だし、釜の中で茹でられる気配もないし……。それらは生きている人間が作り出したイメージであり、当然、一度死者になった誰かが生き返って伝えたものではない。違うのは当たり前だ――だからこれこそが本当の……、『地獄』なのだろう。


 地獄絵図が、ぴったりだった。


「――がふっ!?」


 誰かの膝がみぞおちに入った。


 一気に、意識が持っていかれた……。


 死んだ後で、さらに気を失ったら今度こそ……、自我さえなくなるのではないか……?

 


 堪えたけれどダメだった。

 僕の意識は、そのまま沈んでいく――。



 その後、目を醒ました僕が見たのは……、

 

 ――ぎゅうぎゅう詰めの人間たち……を、俯瞰した光景だった。


 誰かに掴まれ、引っ張り上げられている……?


 視界を横切る白い羽根。


 僕の体を支えて引っ張り上げているのは、天使――。



「……え?」


『テンゴク ヘ ヨウコソ――』



 その白い翼を持っているのは……白骨の、ガイコツだった……。


 美少女じゃない……。

 いやだってっ、天使って普通、美少女で大きな翼でっ、死者を癒してくれるはずなのにっ、どうして地獄にいそうな白骨が白い翼をはばたかせてっ、僕を引っ張り上げているんだ!?


 まるで地獄に連れていかれそうな気がした。


 ……イメージ、なのだろう。


 これが本当の、天国……?


 白骨が、翼をはばたかせて連れていってくれるところが……実際の、天国で……?



『テンゴク ヘ ヨウコソ――』


『テンゴク ヘ ヨウコソ――』


『テンゴク ヘ ヨウコソ――』


『テンゴク ヘ ヨウコソ――』


『テンゴク ヘ ヨウコソ――』



 出迎えてくれた白骨たち。

 無個性が集まったこの場所こそが、天国で……?


 刺激がなければ、この先に待っているのは無気力なのではないか?


 怠惰が染み込み、溶けていくのが天国の真実なのだとしたら……。

 いや、それでも、下の地獄絵図よりはマシなのだろうか……?


「どちらにせよ、地獄じゃないか」


 天国か地獄か。それもまた、人間が作り出したものだ。


 地獄か地獄か――、その方向性が真逆なだけだった。


 どっちも嫌だが、どちらかを選ばないといけないのだから――さて、どうしよう……。



 君なら、どっちを選ぶ?



 …了

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あの世はギュウギュウ詰め(短編集その2) 渡貫とゐち @josho

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