第4話 私は夢から目覚めない

 


 セシル達がレッツと夏を城に連れ帰ると、直ぐに緊急会議が行われた。


 「皆様お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。--それでは、ラースでの調査報告をさせて頂きます」


 西の森ラース、そこはありとあらゆる国から猛獣達が集い競い合う森。


 そんなラースの森で多くの猛獣達が消え、又は自国に逃げ出している。その異常さはもう、一つの国で収まる話では無くなったのだ。


 今回の会議は国王、貴族や領主、騎士団、元老院だけでなく各国の同盟国の代表達が出席していた。正確に言えば国外の者達は実際にその場にいる訳では無く、鏡の様な水晶の様な者で写されていた。


 「以上がラース調査の報告となります」


 話の全てが終わり皆が顔を歪め考え込む。

 

 

 「1人の少女と一匹のけものか……」


 静寂の後ぽつりと呟いたはずの声が室内にやけに大きく響いた。


 話の内容によれば、数日前に感知された魔力と騎士団達が実際に獣から発せられた微力な魔力が一部だが一致した事、全力だったのならほぼ完全一致だっただろうと。少女の方にも微かだが魔力が感じとれたが、本人との会話が出来ず気を失い今も城の客室で眠っているそうだ。

 

 けもの……レッツとの会話も出来るが曖昧で会話もまだ成り立たない、様子からして喋れるのも言葉を理解したのも、ごく最近の事では無いかと結論がされた。


 「くっ、クフ!ハッハハ!!良いじゃん良いじゃんその2人!僕に頂戴!何なら獣だけだも良いよー!厄介者は減った方が良いっしょ!」


 一つの映像から女性の声が荒々しく響く。


「!発言を許した覚えは無いぞゲルティー!お前は又悪びれも無く思った事を口にして」


また一つ、次は年配男性の声だ。


「うっせぇなー!アンタは固っ苦しいんだよ、それよりそれより!魔力の感知されたけどこの世界の奴らじゃ無いんだろ!なぁなぁカウロ!そっちにはもう十分居るし僕んとこには1人もいないんだよ!なぁなぁー」


 息継ぎも早々に興奮しながら話す姿は、もはや大人の姿をした子供そのものだ。


「ゲルティー!…………ハァーこれで良く国が統治できたものだ」


 男は呆れた様に頭を押さえ深いためいきをはく。


 「まぁまぁー、リーデン閣下。ゲルティー様は純粋にそう思ってるだけ、それにわたくしは好きよゲルティー様の国、面白おかしくてゲルティー様らしい国ですわ!……と、話が逸れてしまいましたね。私も是非その少女達を譲って頂きたいですが--」


「おい!リリーア抜け駆けすんなよ!」


 女性の話を遮る様にゲルティーと呼ばれる女性が話を遮る……が、リリーアと呼ばれた女性も負けじと声を上げ話を続ける。


「ですが!ンッン、……ゲルティー様この会議は報告会……どうやら譲る気は更々無いようですよ、ね?ミレイシス国王、カウロ・スローンズ陛下」

 

 女性の声と共に皆の視線が1人の男性に注がれる。


 白銀の髪、カウロと呼ばれた男性が伏せていた目をゆっくりと開く、すき通った白銀の瞳は誰もを惹きつけ、さらには威厳すら感じさせる。


 「……ゲルティーそして皆、悪いが今回の件で譲る者は何一つ無い。例の2人は俺の重要参考人として役に立つかもしれんからな」


「ほぅ、カウロ陛下が追い求めていると言う真実にですか?」


 カウロの発言にリーデンと呼ばれた年配男性が興味深く、又は探る様に投げかける。


「あぁ、可能性だが少しでも手掛かりは欲しいからな」


「はぁー!何だよお前まだ懲りて無かったのかよ!その真実?に近づき過ぎて痛い目に!……あ……たっ…て」


 彼女たちが見たカウロの瞳は何の迷いも無く真っ直ぐに向けられていた。

 

 「っ〜!分かった!分かったからそんな目で見んなよムズムズする!!」


「ふふ、残念ですが今回は諦めましょう。ですが何か分かれば直ぐにご報告を、陛下の求める真実は、一つの国の問題で解決するお話では無いのでしょう?」


「あぁ、その事で皆の国にも協力を求める事もあるだろう、何かあれば直ぐに報告する」


「その事については何も心配しておりませんよカウロ陛下、此度のラースでの報告も素早く我が軍も軍国に恥じぬ働きが出来ました!」


 「うむうむ!リーデン閣下の此度の活躍は軍国に恥じぬ活躍でした。あの戦争から早数年、見事な成長に感服致しております。我々の国も見習わせて頂かなくてはな!」


その声に一つまた一つと賛同する声があがる。


 「ふん!俺の国は別にじじーの助けは要らなかったけどな!あ?うっせー分かったんよ僕な僕!今日はお、僕の番なんだからお前は口出しするな!」


 そんな中ゲルティーだけは賛同せず拗ねた様にそっぽを向く。


 「ふん!負け惜しみかゲルティー、自分の思い通りにならないとお前は直ぐ拗ねる。いい加減その癖を治せ」


 「うっせーなー!」


 この光景を見慣れていない者が居れば国同士で戦争が起こるのでは無いかと思うだろう。何んせ此処には各国のトップが集まっているのだから。


 「えー、お二人の喧嘩が、始まってきた様なので今回の報告会はここ迄にさせて頂きます。カウロ陛下最後にお言葉をお願い致します」


 皆2人のやり取りは慣れた者で、どうやらこの光景はいつもの事らしい。進行役は気にも止めず会議も終わろうとしていた。


 「皆、今回の件に関して何か分かれば直ぐに報告をしよう。もしかしたら皆の国に世話になるかも知れんからな」


「あらあら〜?陛下は未来がお見えになられるのですか〜?」


 カウロの含みのある言葉に子供の姿の少女が疑問を返す。


 「未来なんて見えないし、見ない方がいい、が……そうだな、勘とでも言っておこう。知っての通り私はこの国から出られないからな、フォルト」


 「は!それでは報告会議を終了致します。皆様お疲れ様でした」


 その言葉を最後に一つ又一つと光が消えていった。

  


 


 

 

 「……異世界のしかも神秘の受諾も受けずに魔力持ちね〜」


🐾 🐾🐾  🐾🐾🐾 🐾   🐾🐾


 


 場所は変わり王城の一室、客室と呼ばれる場所で異世界交流が行われら前に遡る。


 「ん、んんーは!つっ〜」


 ふかふかのベッドで目を覚ました夏は勢いよく身体を起こす。あの森にいた時よりましだが体の痛みは残っている様だった。


 「ナツおきたー!」


 「こ、此処は?私まだ夢から覚めて無いのかな?わ、私の部屋な……訳無いもんね此処、私の部屋和式だし、何かしれっとレッツも喋っとるし!」

 

  状況の理解ができずに、見たもの聞いたものをただ口にするしかなかった。


 「ナツだいじょうぶ?」


 暫くボーとしていると、ポスンとレッツが夏のベッドに足と顔を乗せ撫でてと言う様に上目遣いで見上げてきた。


 ズッキューンと音が鳴る様に夏はレッツに顔を寄せて撫で回す。


 「大丈夫!大丈夫だよー!夢だけど、夢だけど、夢サイコオーー!はぁー幸せ……あ!レッツ此処、ジャンプ!フカフカだよ!気持ちいよー!一緒にモフモフしよーよー!」


「いいの?」


「良いの!」


 夏は何か吹っ切れた様にやりたい放題になっていく、それに釣られレッツのテンションも上がっていき、綺麗なベッドも2人が暴れてグシャグシャになっていった。


 「良かった元気になられたのですね!」


        ビクーン!!


 2人でモフモフに夢中になる中、第三者の声に思わず心臓が高鳴る。夏の中でこれが夢だったとしても、悪い事をした自覚が少なからずあったからだ。


 ギギギとでも効果音がつく様にゆーくり、振り返ると。


 「中々目を覚まされないので心配していたんですよ」


 「て、てててて天使様!?」

 

 プラチナブロンドの美しい髪にとろける様な蜂蜜色の瞳そして白い肌、この世の者とは思えぬ美しい女性に夏は緊張とやらかした事への罪悪感でガッチガチに固まるしかなく。


 「ふふ、天使様だなんて……。そんなに緊張しないで、わたくしは」


「すすす、すみません!ええとあ、余りにもベッドが心地よくでして!あ、悪意があったとかそう言う訳では決して!「フン!」フガ!!」


 必死に謝罪?を行う夏に対して、ゴツン!と頭突きをかますレッツ。


 「ナツこわれた!ひとのはなしはさいごまできくの!」


「す、すみません」


--あれ思う、うちの子なんか、賢いな--


  など、レッツに説教をくらい冷静になるどころか頭が現実逃避にはしり心の俳句を読む始末である。


 「ふふ!仲良しなのね、とっても。それでは初めまして、わたくしはセシル・スローンズと申します。貴方のお名前は?」


 「あ……はい。えっと、夏です。あ、蒼葉夏です」


 「ふふ!そんなに緊張しなくても大丈夫よ、ナツが貴方の名前、アオバが家名ね?」


 「は!はい、そうです。ええと……夏・蒼葉です」


 「大丈夫ですよ、ちゃんと分かっていますから、改めましてどうぞよろしくお願いします」

 

「えっあ!はい!よよよよ、ヨロシクオネガイシマス!」


 緊張するなと言われても無理な話なわけで、どうしても夏の受け答えがしどろもどろになってしまう。


 「自己紹介も済みましたし、先ずはこの国の事と夏さんレッツさんの事についてのお話「グゥ〜〜キュ〜」あら?」


 部屋の中には2人と1匹。


 「す、すみません」


 人としての生理現象、生きていくうえで仕方がないのだが……、流石にまだよく知らない人物(美女)の目の前。例えるなら全校生徒の集まりで静まり返る中で事件が起きたお腹が鳴ったのと同等なのだ。


 夏の顔は今までにない程に真っ赤になるのも仕方なし。

 

 「そうですよね!目が覚めるまで点滴で栄養を送っていただけでしたもの。直ぐに食事を用意しますね!お話はその後に」


 「あ、ありがとうございます!」


 セシルが一旦部屋を出ていき、夏は取り敢えず一呼吸おき、改めて部屋と自分の身体を見る。


 「そっか目が覚めるまで点滴だったんだ!……?あっそうか!このガーゼも点滴でかうん、夢だから現実とファンタジーがごっちゃ混ぜになったとよね!うんうん!」


「……ねー、レッツ」


「?なーに」


「夢が覚める前にお話し、いっぱいしようか!」


「おはなし?なんで?いつもおはなし、してるよ」


 「良いから良いから!」


 そして、食事が運ばれるまで夏とレッツは沢山の話をした。今までの事、お互いに上手く伝わらなかった気持ちを伝えられるうちに、と。


 「わー!ふーふー、はふ!ん〜美味しいです!えっとそう!五臓六腑に染み渡ります!」


 持ってこられた食事は夏にとって馴染みのある卵粥で、夏もソワソワとスプーンに手を伸ばし一口、その美味しさにパクパクとスプーンが進む。


 「ごぞう?あ!そんなに急がなくても大丈夫ですよ、食事のお代わりも有りますからね」


「うんくん、ありがとうございます!それじゃあもう一杯だけお願いします!」


「ええ!直ぐに、喜んで貰えて良かったです。レッツさんも、夏さんと一緒のときが嬉しそうで、本当に仲良しなんですね」


 「ワン!」


 夏が食事をする横でレッツも嬉しそうにご飯を食べていた。


「こほん、それでは食事の途中ですがこれからのお話をします」


「ふぁい!ん、はい!」


「色々と考えましたが、今日は簡単な説明をして、明日本格的にお話と夏さんのリハビリに努めさせて頂きます」


 一呼吸置いた後、セシルが口を開く。


 「薄々気付いているかも知れませんが、此処は貴方達が住んでいた世界ではありません。数ある世界の中の一つと思って下さい」


「……数ある世界の中の一つ?」


「ええ、そして此処はミレイシス国でわたくしはこの国第一王女です」


「おおおお!ゴッホ!ん、オウジョサマなんですか!?」


「驚かせてしまい御免なさい!取り敢えず今日は此処までにしましょう。まだ夏さんも目覚めたばかりですし。今日はそのまま安静に」


 「い、いえ此方こそすみません!お気遣い有り難うございました!お食事もとっても美味しかったです」


 本当はまだまだ聞きたい事が沢山あったが、最後の発言で頭が既に追いつかずセシルが席を外すまでの記憶も曖昧、兎にも角にも明日に備え黒歴史という名の日記に後悔の念と反省を書き綴る。


 -あ、色々と終わった。礼儀作法とか言葉使いとかetc……王女様って事は日本で言う天皇様と同じ地位の人だよね!……だよね?嫌、テレビでしかお目にした事ねーですよー!夢のスケールがデカすぎなんだよ!!頭いてー!-



 グルグル悩んだ末出た結果。



 「スピー、ん〜むりでごぜーまスー」


「ナツ?」

 

 フカフカのベッドで悩みに悩んだ末いつの間にやら夢の中……まぁ、本人が、定かではないのだが。





 🐾  🐾🐾  🐾 🐾🐾🐾   🐾



 --な--さ--


「ん、ん〜」

 

「起きなさい!夏!!」


「ふぁい!!」


 夏が目を覚ますとフカフカのベッド……では無く、見慣れた天井、寝慣れた布団、見慣れた……。


 「おう、じょー」


「なーに、寝ぼけて。いい加減起きなさい」


「んー、何か。濃ゆい夢見た気がする」


 寝ぼけ眼に体を起こし、朝食を食べにテーブルに着くと既に兄と姉がいた。


 「おはよー」


「「はよー」」


挨拶もそこそこに朝食を食べ始める。


 --ん?ん〜??--


「グフ!!」


「アッハハ!おっしー」


「もうちょいだったねー!」


「もぉー!!牛乳飲んどるときに笑わせんでって言っとるじゃん!!私が怒られるんよ!」


「だってお前も全然牛乳飲むのやめんじゃん!」


「だって飲みたいんだもん!兄ちゃんの意地悪!!」


 「何処で意地張ってんの」


「うっさい!姉ちゃんのバーカ!!」


 朝から賑う食卓。皆、中高生の筈だがノリは小学生並みである。まぁ、色々あり朝食を食べ終え、着替えや歯磨き、身支度を整えるとき夏はふと思い出す。


 「あれ?お母さん--は?」


  (ん?)と浮かんだ小さな疑問、言葉にしたはずの何か。起きたときからの違和感。


 「--は外におるでしょ、早く起きなさい」  


 「そうだよね、その筈なんだけどさー」


 心の中に浮かんだ疑問は段々大きくなっていき、今までの事を思い出す。感触のしない廊下、窓から見えない景色、味のしないご飯、同じ言葉を繰り返す母。考えようとしてこなかった事が現実が頭を支配していく。


 「お、かあさん」


 何かにすがる様に母の名を呼ぶがその言葉は決まっている。


 「もぉ夏ったら!早く起きなさい!現実を見なさい





 「は!」


 起き上がった身体は汗ばんでいて気持ち悪い。ベッドはフカフカ、隣の床下ではレッツが寝息を立てている。カーテンの空いている窓から外を見る。


 「月が、2つある」


 床についた足は少し冷たい、食べた卵粥は美味しかった。そとには満点の綺麗な星、分かっていた。


 「ウゥー、ヒック!クゥー、何でこっちが夢じゃ無いと」


 小さく、小さく呟いて、受け入れたく無い現実を受け入れるたびに涙が溢れ出す。


 床に座るかたわらで、そっと、肩に触れる温かい感触。


 「…………」


 顔も上げず無言のままにレッツに腕を回す。


 


 --現実は残酷だ。でも私にはレッツがいてくれた。……この時はまだ、世界にはもっと残酷な事で溢れていたなんて知らなかったな--



 明けない夜はまだまだ続く。




 

 



 

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