お探しの令嬢は婚約前に捨てられました

金色の麦畑

お探しの令嬢は婚約前に捨てられました

 案内されて通された部屋で待つことしばし。

 遠くから聞こえてきていた騒がしい声が扉の向こうで一際大きくなった。

「私は以前から自分の妻になる女性は自分で選ぶと言っているではありませんか!こんなに急に見知らぬ者を充てがうと言われても困ると言っているのです!」

 ガタン!ドゴッ!バタバタバタ…


 突然静かになったことを不思議に思いつつ部屋に案内をしてくれた騎士様に視線をやれば彼は青い顔をして扉を見ている。

 あぁ、これはそう言う事なのね。


 先方(国王)からの度重なる婚約の申し出はこれまで本人(王子)には知らされていなかった。


 私が見つめていることに気づいた騎士様とようやく視線が合ったのでニコリと微笑んで伝える。

「私はどうやら招かれざる客だったようですので今日はもう帰ります。不敬とされるのであれば後日謝罪にあがりますのでそのようにお伝え下さい」

 いろいろ言いたいことはあれど相手は王族。喉の奥に湧き出る嫌味は噛み砕いて飲み込んでおくことにする。

 とにかく今は私よりもよほど怒り心頭している様子のお父様を宥める為にも速やかに自邸へ戻ることが優先。




 あれから3年。


 キラキラ輝く緩い金の巻髪、優しく見つめる瞳、その彼女から笑顔を向けられたなら、どのようにひどく腹を立てていたとしてもその理由さえも忘れてしまうことだろう。


 そのような噂になっていた公爵令嬢が学園に入学したらしい。ところが入学式から一月たった現時点でもまだ公爵令嬢の姿を見た生徒はいない。

 もともとその令嬢は数年前から体調に不安があるとかで公爵邸から出ることもなく、本人を見たことがあると言う者はほとんどいなかったのだけれど。

 と言うわけで姿を表さない謎の公爵令嬢のことは近頃ではあまり話題に上がらなくなって来ている。


 それよりも同じく今年入学された王子殿下に婚約者がいないことの方が生徒達の好奇心を引いている。主に女生徒達から。


 図書室の読書スペースで目の疲れを感じて特注の変装アイテムであるメガネを外そうとツルに手を掛ける。ふと窓の外に目をやって見えた集団に目を細めた。


 低い植木が石畳の両側に植えられ、校舎をぐるりと巡るように通路が造られている。ところどころに広く取られた植木が空いたスペースからはいくつもある噴水や休憩用ベンチへ行けるようになっており、今はそのうちの一番大きな噴水の脇で5人ほどの男女が集っているのが見えた。

 声は聞こえないものの周りより頭一つ分背が高いために目立っているのは王子殿下で、斜め後ろに側近らしい男子生徒。その向かいに3人の女生徒。

 王子殿下は女生徒達の話を聞いているだけ?

 身振り手振りから見て女生徒達だけが話している様子。それなりに激しく。王子殿下はそれを止めるそぶりも見せない。

 そのうちに側近らしい男子生徒が王子殿下の耳元に何かをささやくと王子殿下が頷いたように見えた。そして男子生徒が女生徒達に声をかけると返事も待たずに王子殿下は噴水を背に植木の通路へと歩き始めた。


 あまりにじっくり見ていたせいなのか、私の視線に気づいたように王子殿下がこちらに顔を上げ、視線が重なると一瞬驚いたように目を見開くと立ち止まられてしまった。

 ここは2階にある図書室の窓際。私は失礼にも王子殿下を見下ろしていた。慌てて立ち上がり頭を下げながら窓際から後ずさる。ここは逃げよう。

 姿勢を正し、外してしまっていたメガネをかけ直して読書スペースを横切り本棚が建ち並ぶ書庫の奥に静かに移動する。

 やっぱり図書室の匂いは落ち着く。しばらく本棚に並ぶ背表紙を眺めながらウロウロすることにした。


 静寂を定められた図書室ではあったけれど、突然現れた王子殿下の姿にザワッとしてしまったのは仕方がないかもしれない。読書スペースの窓際から離れた席で自習していた数人の生徒は声をかけられあたふたしていた。誰もが首を振るのをみて王子殿下は溜息をついて図書室から出ていかれた。


 さて、私も帰りましょう。

 数冊の本の貸出をお願いするために学生証を出す。

「はい、ミュゼリアーナ・ジァイナスさんは一年A組ね。いいわよ」

 司書さんにお礼を告げて図書室を後にした私は正門ではなく教員用の門に向かう。

 門から出て道の脇に停車していた何の変哲もない馬車に乗り込めば力が抜けた。

 今は何も考えたくない。でもお父様とお母様にはお伝えしないといけない。おそらく気付かれてしまったと。


 ルシャーナ・ミュゼリアーナ・ジャイナス・シルヴェスター

 シルヴェスター公爵令嬢は珍しいオッドアイ。右目は碧眼。左目は琥珀。


 オッドアイを持つ者は記憶力が高く一度見聞きしたものを忘れることがない。それ故に王族に迎え入れたいと、同時期にお生まれになった王子殿下との婚約を幾度も幾度も申し込まれていたと聞いた。

 お父様はオッドアイだけを理由に婚約させるのは娘が可哀想だと反対されていたのだけど、国王陛下のあまりのしつこさに折れて3年前、12歳の時に私を連れて王宮に上がった。ところがまぁ、あんなことがあったのでお父様の中では私の婚約相手として王子殿下は絶対にありえないことになってしまった。


 でもさっきのあの王子殿下のお顔は失敗したわ。驚きの後に『歓喜』に満ちた笑み。それが何を意味するのか私にはわかってしまった。

 それは恋愛小説によくある『一目惚れ』。

 うぬぼれでもなんでもなく、私はこれまでも何度も繰り返し見せられた顔である。その度にお父様達に面倒をおかけしてきたので正直言って辟易している。


 今までで一番面倒なことになりそうな予感がして頭が痛い。目をつむっても眠りが訪れる気配もなく、眉間にシワが寄ってしまいそうになる。


 自邸に着いたにも関わらずいつもなら外すメガネもそのままにお父様の書斎を訪ねれば、ノックする前に扉が開けられた。


「おかえりシャナ。大丈夫だ。先程の件については心配無用だよ。でも今後は不用意にメガネを外してはいけないからね」


 私と同じ金髪は耳に軽くかかる長さだけど今はしっかりセットされて後ろに流されている。私の右目と同じ碧眼は仕方がない娘だと言わんばかりに苦笑気味に細められている。


「申し訳ありません。面白い本だったものですから夢中になって読み進めていたので目が疲れてしまい…つい」

 しゅんと肩を落として謝罪すればお父様はさらに困り顔になってしまわれた。


「特別に作らせたメガネだから少し重かったかもしれない。改善するよう言っておくよ」

 お父様の言葉が終わると誰かが部屋を出て行く気配がした。

 これは明日の夕方には届くかしれないと嬉しくなった。



 お父様が言われた通り翌日からも私の学園生活に変化はなかった。そう、には。


 王子殿下が一人の女生徒を探しているらしいとの噂が広まっているものの、その女生徒の容姿などの詳細は一切聞こえてこない。

 どうやら王子殿下お一人で探し当てるつもりらしく国王陛下ご夫妻にお話されたのは、ただ「理想の女性を見つけました」との一言だったとか。


 見ただけで名前も何も知らない相手を理想の女性だとは呆れてしまう。それでも一度は見ているのだから『見知らぬ者』にはならないのだろうか。

 お父様は国王陛下から聞かれた王子殿下の話を愉快そうに教えて下さいましたが、これではいつまで経っても王子殿下の婚約者か決まらないのでは?と心配になってしまいました。

 もちろん王子殿下の心配ではなくこの国の世継ぎについての心配です。


 でもまぁ私はのんびり学園生活を楽しく過ごせるので気にしないことにします。

 それよりも借りた本の続きがいつ図書室に入るかということの方が気になります。


 新しいメガネをかけた私が座るのは図書室の読書スペースの窓から離れた席。

 今日も窓の外には女生徒達の言い合う姿が見られるかもしれませんが、窓際の席に私が座ることはもうありません。

 どうやらあれからその席は王子殿下の指示で一般生徒は使用禁止となったようです。それを知った時は王子殿下の『理想の女性』への執着具合に少し背中が寒くなりました。


 しかし残念ですが、学園内の女生徒だからいつかは見つけられるはずだと王子殿下がお探しの令嬢は婚約前に捨てられました。




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