第4話 まずは3ヶ月

 同僚が立ち去ると、長崎は店員の了承を得て自分のグラスを持って移動した。じ、と武藤の顔を低い位置から睨む。

「俺とは話してもくれなかったのに」

「彼とはしてませんよ」

「そうじゃなくて! ……いや、そうですね……はい……」

 だいぶ心を乱しているらしい長崎に、いつもの快活さはなかった。それがなんだか面白くて、武藤は笑ってしまう。ここ2週間、ずっと長崎を自分より強いものだと思っていた。だから、気を抜いたらまた呑まれてしまう、と。

 でも、そうじゃなかった。長崎にも狼狽えることはあるし、いつも明るくはいられないらしい。それを知って、少しだけ気が楽になった。

「よくここにいるってわかりましたね?」

「偶然です」

 彼はさっきまで座っていたテーブル席を指した。丁度、先々週一緒に飲んだ席だった。

「……武藤さんの事が忘れられなくて。思い出したくて来ました」

「どうして」

「俺にもわかりません」

 とろん、とした赤い目でこちらを見上げている。

「そしたら、あいつと来て、あいつすごく武藤さんに馴れ馴れしくて……あ、名前、朝陽って言うんですね」

「……ええ。あまり好きじゃないですが」

「なんで。ぴったりじゃないですか」

「ぴったり?」

 そんなこと初めて言われた。

「夜明けみたいに優しいですよ、武藤さんは」

「何ですか、それ。そんなこと言うの、長崎さんが初めてです」

「初めての男にしませんか?」

「……長崎さん」

 武藤はメニューを開いて次を頼もうとする彼を制した。

「うちに来ませんか?」


 酔っ払った長崎をあやしながら、武藤は自宅に戻った。長崎に手と顔を洗わせ、自分も同じようにすると、ベッドに座るように促す。

「武藤さん……」

 長崎は潤んだ目でこちらを見ている。やがて、静かに泣き出すと、武藤の胸に縋った。

「武藤さんのこと忘れられなくて、おれ、つらい……これじゃ恋みたい……」

 ああ、と、武藤は納得した。恋だったのか。

「でも、長崎さん恋人いっぱいいるんでしょ?」

「恋人じゃないれすぅ……セフレですぅ……」

 セフレってなんだっけ……と回らない頭で考えている間に、「身体だけなんですぅ! 恋人ができたらちゃんと自分と関係切りなさいよって言う子もいるんですぅ!」と声を荒げてこちらを揺さぶってくる。

「ちゃんとしてますね……」

「ちゃんとできる子だけ選んでるから」

「すごいなぁ」

「おれ、おれ、武藤さんと友達になりたかった……男友達いっぱいいるし、そんなふうにあそびたかったんだけど……男友達とはセックスする気にならないのに武藤さんとはしたくなっちゃって……」

 ぼろぼろと涙をこぼしながらそんな事を告白してくる。うんうん、と肯いて聞きながら、自分にはない価値観に驚いている。

「あんなことしちゃって、おれが絶対わるいからもう話せなくて……忘れなきゃって思って……武藤さんの方が辛い筈なのに、おれ、おれ、わがままで……」

 その自覚はあるらしかった。

「忘れようとして忘れられなくて、あの店いたら、あいつ武藤さんに馴れ馴れしくて……絶対あれ身体目当てだ!」

「そうかな……」

 なんか、別の目的があった気がする。具体的になんだかはわからないが。誰かのオーダーを受けていると言うか。

「だからカッとなって割り込んじゃいました……」

「そうだったんですね……」

「ねえ、むとうさぁん! こんなこと考えてる男を家にあげちゃ駄目だよぉ! 俺、今もう我慢の限界で、武藤さんにキスしたいのぉ!」

「良いですよ、しても」

「なんで!?」

「いや……」

 武藤は笑ってしまった。

「だって、それ告白じゃないですか?」

「こくはく」

「恋みたいって言ったじゃないですか」

「うん……」

「自分、今はいませんけど、学生時代には恋人がいたことあって」

「良いなぁ」

「長崎さんもいたでしょ」

「武藤さんの恋人になれるの良いなぁ」

「そっちか。で、告白は全部相手からでした」

 長崎は意図が掴めないらしく、きょとんとしている。

「じゃあまずはお試しで付き合おうって。それで3ヶ月で別れるって言うことを何回かしました」

「なんで」

「自分の事優しいなんて言ったの、多分長崎さんが初めてですよ。冷たく見えるらしいです」

 実際、冷たいと思う。でも、長崎はその自分の中に優しさを見出しているのだとしたら。

「だから、まずお試しでどうです? 3ヶ月もしたら嫌になるかも」

「絶対ならない!」

「どうかなぁ。あ、なので、長崎さんは朝陽って呼んでも良いですよ。長崎さんの名前も教えてください」

「大樹です。ダイって呼んでくれてもいいです」

「じゃあ3ヶ月過ぎて大樹さんが嫌じゃなかったらダイって呼びましょう」

 ぽかん、とする長崎の顔が面白くてまた笑ってしまった。

「そ、それじゃ、キスして良いですか……?」

「良いですよ」

 武藤が肯くと、長崎はそっと唇を合わせた。今度こそ目を閉じて、武藤もそれを受け入れる。


 長いようで短い夜が明けるような。

 そんなキスをした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

利害なきベッド 目箒 @mebouki0907

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ