食欲現象

高黄森哉

食欲が減っていく


 八月。長瀬春香は、ラーメン屋を訪れていた。とても蒸し暑い日であったが、彼女の食欲は減退することはなく、お腹を空かせていた。


「へい、らっしゃい」

「はい。味噌ラーメン、一つ。大盛で」

「まいど」


 カシャカシャと食器がぶつかり合う。にんにく臭い店内には、環境はスパイスだ、と思わず叫びたくなるような、そんな熟成された空間が広がっている。


「どうぞ」

「いただきます」


 箸を動かして、麺をすする。異変はここから。


「まだ半分」


 彼女は、普段なら既に食べ終わってる頃合いなのに、まだ半分も残っているラーメンを不思議そうに見つめていた。礼儀として完食せねば、という使命感から萌やしをつつくが、内部から無限に麺が伸びてくる。


「なんと、無限ラーメンとわ。麺だけに面妖な」




 九月。長瀬春香は、あまり食べ物を食べれなくなった。どうやら、あの日を境に食欲が減少してるらしい。今までが十だとしたら、今は腹六分目くらいしか食べれない。胃がすぐに埋まってしまうようで、それ以上は苦しい。


「病院へ行きましょう」


 そう思い立ったのが九月の終わりで、病院で医者は原因不明と診断した。不思議なことに、健康的には問題なく、さほど食べていないのに体重や血糖値は前に計った時のままであった。



 十月。食欲の現象は依然続き、今では全盛期の三分の一しかない。三と小数点以下に三が無限に続く、そんな食欲である。ここまで減ると小食の域で、朝はシリアル、昼はパン、夜はサンドウィッチで澄ませていた。しかし、これと言った問題は生じておらず、むしろ快調と言った具合だ。再び医者の診察を受けたが、やはり問題なかった。問題がないのが、むしろ大きな問題であった。



 十一月には、ビスケットで耐えられる体になった。もうほぼ断食であり、一か月ビスケットで過ごした。さすがに医者も精密検査に回すことに決めたが、決して体に異常はなく、さらなる研究のため大学病院へ運ばれ入院するも、手の甲から採血した血は、たとえ食事を抜こうと正常値を示し続け、これには高名な教授も首をかしげるしかなく、健康に問題がない以上、厳密には病気ではないうえ、本人が退院を希望したため、定期検査と医療費免除を条件、彼女は日常へ復帰した。



 十二月。クリスマスのケーキ屋さん。ここで彼女は働いていた。食欲の減少は、0を記録した後も下がり続け、現在の長瀬春香の食欲は、マイナス十である。これが何を意味するか、勘の良い読者の皆様は、もうお察しであろう。忙しい厨房の最奥、



 彼女は口からケーキを取り出した。


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食欲現象 高黄森哉 @kamikawa2001

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