ジキルとハイド

地球は青かった

ハイド

この町は、商業用の高層ビル群があり、多くの人が行き交う。スーツの男は、人混みを掻き分けながら目的地に向った。


男の名前は、ハイド。25歳で身長は175cm。3ヶ月前からこの町でスパイをしている。とある会社のビルにテロ組織のアジトがあると情報が入ったのだ。テロを未然に止める為、ハイドはその会社に潜入している。


表向きは製薬会社。上層部のみがテロ組織として活動していて、働いている平社員達は会社の裏の顔を知らない。ハイドは何も知らない平社員として、昼間はその会社で働いている。


会社に向かいながら、ハイドは後ろを気にする。家を出た時から尾行をしている男がいたのだ。自分がスパイだと組織に気づかれたのかもしれない。恐らく、組織が雇った殺し屋だろう。


ハイドは急な方向転換でビルの裏路地に入る。スパイがバレたら始末をされる。銃を持っている可能性が高く、戦闘は避けられないだろう。追いかけてきたところを返り討ちにするしかない。


尾行をしていた男は、路地裏まで追いかけてきた。見ると身長も年齢も自分と同じくらいだ。案の定、銃も持っている。ハイドは物陰に隠れながら銃を取り出した。


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撃たれた脇腹を押さえながら、物陰に隠れる。予想以上に強かった。恐らく相当な訓練と実戦経験を積んでいるのだろう。


あちらも無傷ではない為、追いかけてはこないだろう。しかし、仲間を呼ぶ可能性もある為、早くこの場所から離れた方がいい。


苦痛に耐えながら何とか立ち上がるが、思うように力が入らない。脇腹以外にも左足を撃たれ、血を流しすぎたようだ。


「もしかしてハイドさん?」

20代くらいの女性が話しかけてきた。

「…ああ。」

それがヒナ、ルイ姉妹との出会いだった。




その後、俺はヒナに拾われ、病院のベットで治療を受けていた。ヒナの父はスパイで母は闇医者をしていた。両親は共に引退していて妹のルイと病院を引き継いでいる。表向きは普通の個人病院をしていて、俺のような同業者が怪我をした時は病者として治療をしているそうだ。


「初めて見た時は、血だらけでビックリしたんです。重症で本当に危なかったんですよ。」

そう言ってヒナはお茶を入れている。

「母からハイドさんっていう私と同じくらいの男の子で、父のような仕事をしている人がいるって聞いてたんです!もしかしたらこの町に来たら助けてあげてって。声をかけてみたらドンピシャでした!」

「助けてもらえなかったらどうなっていたか分からなかった。本当に感謝している。」

今日は、この病院に来て3日目。もしあの時、あのまま自分1人だったら死んでいたかもしれない。こうしてヒナとルナに治療をしてもらい何とか一命を取り留めた。

「怪我が良くなるまで、いてくれていいですからね。私とルナで交代で見ますから。」


ルナが部屋に入ってきた。

「お姉ちゃん、ハイドさんにお茶を入れてたんだ。私も入れようと思ってたのに。」

ルナの手にはお茶を入れる為の道具があった。

「ごめんね。先にお茶を入れちゃって。」

ヒナが謝るがルナの顔は不機嫌そうだ。

「ヒナさんのお茶を飲んだら、ルナさんのお茶を貰おうかな。」

ふくれっ面が笑みに変わった。

「ハイドさん、優しい!私の事は、ルナさんじゃなくてルナって呼んでね!」

ルナもお茶を入れ始めた。

俺はヒナの入れたお茶を飲む。

「お茶菓子とかいらない?今、持ってくるね!」

そう言ってルナは部屋を出て行った。


ヒナは俺と同い年だが、落ち着いて大人びて見える。ルナはヒナの2つ下でヒナが落ち着いて見える分幼く感じる。


「この病院、表の患者さんも裏の患者さんも年が離れているから、あなたみたいな歳の近い患者さんが入って嬉しいみたい。だから仲良くしてあげてほしいな。」

ヒナは、優しそうな表情でルナが出て行った方を見つめる。

「…ここにいる間は仲良くさせてもらうよ。」

命の恩人からの頼みは断れない。

しかし、職業のせいか異性と関わりを持つ事が少なく、どのように接したらいいか分からない。


「ハイドさん!ケーキを持ってきたよ!」

ルナは、持ってきたケーキをベットの横のテーブルに並べる。同じものが2つあるから一緒に食べるつもりらしい。

「ルナ。あまり怪我人に無理をさせてはダメよ。あなたも無理そうな時はちゃんと断って下さいね。」

ヒナは茶道具をまとめると他の患者のところへ行った。

「はーい。ハイドさん。早く食べよ。」

ケーキを一口サイズに切って口元に運んでくれた。美味しくとても甘く感じられる。

「…甘いな。」

「でしょー。ここのケーキ屋のショートケーキがとっても美味しいんだ。」

そう言って自分のケーキも口に運ぶ。


病院に来て1ヶ月が経った。

怪我の具合はだいぶ良くなってきた。しかし寝たきり生活だったせいで筋肉が衰えてしまっている。起き上がるのも歩くのも一苦労だ。

「ハイドさん。リハビリしよ。」

今日はルナに手伝ってもらいながら歩くリハビリをする。近所の公園まで往復するのが目標だ。往復する間、ルナが肩を貸してくれる。


この1ヶ月、ルナには親身になって世話をしてもらった。女性と話すのは慣れていなかったが、ルナは積極的に自分と話してくれた。


自分には危険な仕事があり、いけないと分かっていても自然とルナに惹かれていった。


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日が沈んできた。

ハイドはベッドの上で小説を読んでいる。

「面白い?」

ヒナがお茶を持ってきてくれた。

「面白いよ。勉強になる。」

「よかったわ。気に入ってくれて。妹はこういう本を読まないから。」

ヒナはお茶をテーブルに置き、ハイドのベッドに座った。

「傷は痛くない?」

「ああ。もう大丈夫そうだよ。明日には出て行けそうだ。」

「そんなに慌てなくてもいいんじゃないの。」

いつも優しそうな顔をしているヒナが少し不機嫌そうだ。

「そういうわけには行かない。仕事があるしこれ以上ヒナたちに迷惑をかけれないだろ。」

ハイドは、栞を挟み本を閉じた。


「迷惑だなんて思ってないわ。もっとハイドさんと一緒にいたいの。」

そう言ってヒナはハイドに唇を重ねた。

「また来るよ。」

ハイドはヒナの体を抱きしめる。

「出て行って欲しくない。」

「俺がいるとヒナたちまで危険な目にあうかもしれない。」

「今も危険な状況よ?」

「そういう冗談を言ってるつもりはないよ。」


ヒナが寂しそうにハイドから離れた。

「私達、惹かれあってる?」

「ああ。」

「じゃあ、相思相愛ね。」

「ああ。」

「…初めて会った時の事覚えてる?」

「ああ。」

「あの日は、ビックリしたわ。


1日に2人も患者を拾うなんて。」


「…。」

「2人とも『ハイド』を名乗るからどっちを助けたらいいか分からなくなっちゃった。」

ヒナは嬉しいような寂しいような表情で話す。


あの日、ハイドは男との戦闘を行なった。男は数発被弾して勝ち目がないと思ったのか、逃げてしまった。自分も傷を負った為、深追いをしなかった。そして、男が拾われた後、ハイドも拾われたらしい。


「まさか、あの日殺し合った相手が同じ病院にいるとはね。」

ハイドは、ヒナを後ろから抱きしめる。

「もう1人のハイドさんは気づいていないようよ?ルナも知らないから安心して。」

ヒナはハイドの手を強く握りしめた。

「最後に、いいでしょ?」

その後2人は甘い時間を過ごした。




ハイドがもう1人のハイドに会ったのは退院の日だった。泣いているヒナに別れの挨拶をしていると、ルナと一緒にもう1人のハイドがリハビリから戻ってきた。もう1人のハイドは、ハイドの顔を見ると目を丸くした。


「ハイド?この患者さんとお知り合いなの?」

ルナが心配そうに顔を覗く。

「…ああ。ちょっとな。」


ハイドは、もう1人のハイドに近づきルナには聞こえないよう小声で話す。

「この2人には迷惑をかけたくない。この病院の事は他の仲間に話すな。」

「…分かった。」

「組織からも手を引け。この病院が組織にばれる可能性もある。」

「…善処する。」


彼はルナを守る為に、最善を尽くすだろう。安心して病院を離れる事ができる。


最後、ハイドはヒナとルナに深く頭を下げ病院をさった。ヒナは最後まで泣いていた。


しかし、気に入っていたコードネームを他の男に奪われてしまった。このままでは仕事に支障をきたす。ハイドの中では、次のコードネームは決まっていた。


コードネーム「ジキル」


ジキルとハイド 完

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ジキルとハイド 地球は青かった @tikyuuhaaokatta

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