10話 その後の世界

「やった……のか?」

「た、多分……」


「動かないよな?」と恐る恐る近付き、槍の柄の部分で祭司を軽くつついてみて動かないことを確認した甲賀は、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

同じく動き回っていた仁沙と八郎太もほっと一息ついた。傷はほとんど治っていたし体力も回復していたが、ずっと気を張っていたことによる疲れがどっと押し寄せてきた。

祭司ウルによる回復魔法はすでに消えつつあるようで、地下室内に蔓延していた緑の粒子はほとんどなくなっていた。


「祭司様!」


杖を手放し、うつ伏せに倒れているウルにセレンが駆け寄る。顔が見えないようにフードを固定する力もなくなっているみたいで、仰向けにした時にぱさりとフードが取れ、顔が見えた。

先程まで戦っていた祭司達とそっくり同じ顔をしたウルは、先程まで戦っていた祭司達と違い、紙のように真っ白な顔をしていた。脂汗もすごい。


「……やあ。すごいね、君達。まさか兄さん達を、倒しちゃうなんて」

「祭司様のおかげです。俺達だけでは……無理だった」

「でも僕だけでも、無理だったよ。……良かった。これでセレスが、死なずに済むよ」

「……はい。本当に、ありがとうございます」

「……セレン、セレスと、幸せにね」


セレンに向かって弱々しく伸ばされた手が届く前に、ウルは息を引き取った。


**********


祭司ウルがなくなった理由について、仁沙達はあまり理解できていなかった。ウルには祭司達は一度たりとも攻撃していなかったからだ。

セレンだけが、以前祭司から説明してもらった知識で何となく理由の検討がついていた。

魔素は生き物を生かすためのエネルギーでもある。ウルが使っていた魔法は、魔素を消費して実現するものだったのだろう。だから使っている最中もとても辛そうだったのだと振り返る。


「そういえば埋葬っていつするんですか?」

「そこは姉さん達と相談だな……。祭司様達自身は俺達を利用しようとしか考えていなかったようだが、祭司様が街の主導者として立ってくださっていたのは事実だし、俺1人で埋めるのは問題だろう」

「確かに」


祭司達はひとまず地下室の中にそのまま置いてきている。今まで街の長として活躍してくれていたということで、葬るのも街の皆でするのが筋だと思ったのだ。

この時は強敵を倒したという達成感と、祭司から聞いた人類絶滅計画への衝撃、そして祭司が実は人間ではなかったという事実で頭がいっぱいで、祭司がこの街の人間にとってどれだけ支えになっていたかということを考えられなかった。

だから、怪物を倒した英雄気取りでいられたのだ。

セレンが、この街に定住するまでにどれだけ辛い生活をしていたかということを、あまり分かっていないということも大きかったが。


「まあ、そんなにボロボロになっちゃって、どうしたの……!?大丈夫!?」

「これはいけない。早く手当をしなければ」


傷は癒えていたとは言え、破れた衣服まで元に戻るわけではない。ほとんどただの布切れを着た状態で宿に戻ろうとしたセレンと仁沙達を見た、セレスと知らない街の男性が心配そうな顔でわたわたと慌てたように両手を奇妙に動かしていた。

その様子を見て平和を嚙み締めたセレンが、ふっと柔らかく笑う。


「大丈夫だよ。確かに服がひどいことになっているから早く着替えたいとは思ってるけど……。それより、姉さん達こそそんな大きな花束を持ってどうしたの?」

「ああ、これはね。儀式で使うお花を祭司様にお渡ししに行こうと思っていたところよ。ほら、いつも儀式ではお花のついた衣装を着ることになっていたでしょう?」

「なるほど、そういえばそうだったね。でももう、それは必要なくなったから気にしなくてもいいよ。儀式をしなくても良くなったからね」

「…………?どういうこと?」

「祭司様がもういないから。だから、お花なんて持って行く必要はないし、姉さんが死ぬ必要もないんだ」


救世主気分のセレンも、同じ考えの仁沙達もセレンの発言に疑問を持つことはなかったが、セレスと隣にいた男性は困惑していた。


「ど、どういうこと?祭司様がいないって……。どこかにお出かけでもされたの?」

「俺達が仕留めたから」

「……え?」

「祭司様は俺達全員をゆっくり殺そうとしていたんだ。それに気付いた俺達が先に殺されかけたから、返り討ちにした。……1人だけ俺達を助けた結果死んでしまったから、非常に残念だけど」

「祭司様を……殺したって?」


セレスがセレンを見る目が化け物を見るそれに変わったことに気付いたのは、セレスの隣にいた男性が確認のために神殿に走って行き、地下室で変わり果てた姿になった祭司達の姿を見つけた男性が血相を変えて戻って来た後だった。

男性は慌てた様子で家にいた街の者を呼び、セレンや仁沙達を取り囲むように集めた。


「祭司様が死んだって」

「嘘だろ。祭司様が死んだら、俺達はどうすればいいんだ?」

「祭司様がいなかったら、街は成り立たないじゃない」

「水晶だって、祭司様が儀式をして保ってくれてたから問題なく使えていたんだろ?」

「おいおい、ってことは水晶がこれからなくなっちまうのか?」

「水晶がないとこの街はおしまいよ……。こんな小さな街、水晶がなければ兵隊に攻め込まれたらひとたまりもない」

「これからどうしよう……」

「そうだ、とりあえず儀式だ。儀式をしよう。祭司様はいらっしゃらないけど、儀式をすれば水晶は枯れないだろう」

「儀式の生贄はどうする?元々はセレスの予定だったけど」

「予定通り私がやるわ。祭司様がいない世界なんて、生きていたって仕方ない。……それと、セレンも」

「ああ、そうだな。生贄にさえなれば、少しは祭司様も浮かばれるだろう」


口々に街の者が話して結論を出した後、自分を置いて話がどんどん進んで呆然としていたセレンの両脇を、同じ歳ぐらいの男2人が抱えるように掴む。

空気が完全に変わってしまう前に、仁沙達は何者かによって引っ張られて近くの家の影に連れ込まれていた。そのおかげか、話題にあがらずに済んだ。

そもそもセレンが祭司を殺したという話をした時点で、仁沙達の存在はすっかり忘れられていた気がしていた。よほど街の者にとっては衝撃的なニュースだったのだろう。

突然引っ張り込まれて仁沙は声をあげそうになったが、引っ張った本人に口に人差し指を当てられて驚いて声が喉の奥に引っ込んだ。


「シー。矛先がこっちに向いたら面倒でしょ」


仁沙達を引っ張った本人は、仁沙達に人助けをしてくれと言って以来姿を消していた少年神、白麻だった。

確か彼は精神しか現世に存在することはできないし、今だって体は透けている。今仁沙の口に当てられている人差し指だって、目の前にあるのはうっすら見えるが、感触自体はない。そんな状態でどうやって物陰に3人も引っ張り込めたのかは謎すぎるが、そこは神様が使える不思議な力の出番か。


「お、おまえ、何で今ここに」

「君達が人助けを終えてくれたから、約束通り迎えに来たんだよ」

「人助け……って、おまえ、あの状態を本当に助かってるって思ってるのか?」


八郎太は取り囲まれて連れて行かれたセレンと、自分達の意思で儀式を続行すると言い出した街の人達を見て、自分達がしたことは正しかったのかと疑問に思い始めていた。

祭司は八郎太達を殺そうとしていたから、自分達が祭司達を殺さずにいることは難しかっただろうと思っているが、それでもこの街の人から祭司を奪ったのは正しいことだったのか分からない。

街が正しい状態だと思い込みながら緩やかに殺されていくことと、街がどうなっていくのか不安に思い混乱して絶滅していくこと。これを比較すると前者の方がまだマシだったのではないかと思えてならないのだ。


「助かってるでしょ。人々を殺そうとしていた悪い化け物は、別の世界から訪れた旅人の助けもあって無事倒され、めでたしめでたしっていう絵に描いたようなハッピーエンドだよ」

「いや、でも……」


死んでしまった中には、悪い化け物じゃない存在だっていた。

そんなことも考えていると、よりハッピーエンドとは違うものに思えてくる。


「セレンさん達、これからどうなるんだろう……」

「それは人間同士のことだからね。僕達が気にすることじゃないよ。さあ、元の世界に戻してあげるからそこの家の前に立って」


儀式をすぐに行おうと息巻いていた街の者達や、街の主導者を殺した反逆者として引っ張って行かれたセレン達が向かった神殿の方を心配そうに見る甲賀に向かって白麻が言い放った言葉は、冷たいものだった。


「……あんたがしたいことって、人助けじゃないのね」

「やだなあ。悪い化け物に苦しめられている人間を放っておけないっていう、こんなに慈悲深い神様を捕まえてそんなこと言うだなんて」


仁沙がぽつりと呟いた言葉に笑顔で返しながら、白麻は指示通りの場所に集まった仁沙達に魔法をかける。

いつかの夜に見せてもらったように仁沙達の姿がゆらぎ、そしてふっと消えた。

仁沙達が消えた後、白麻に張り付いていた笑顔が消え、表情が抜け落ちたような顔になる。

仁沙の言うように、白麻がしたいことは人助けではない。やっていることは苦しめられている人を助けることではあるが、目的は別だ。

この目的の達成の結果、ハッピーエンドを迎えることだってある。残念ながら今回のように、ハッピーエンドとは言い難い最後を迎えることだってあるが。

それでも、人が困っているのを助けたいと思う人間に、また苦しめられている人間の話をすれば行動してくれるのだ。また頼めば仁沙達は、きっと断らないだろう。少なくとも仁沙は。


「……これから、よろしくね」


ぽつりと、嘲るような、少し悲しそうな笑みを浮かべた白麻が呟いた。


<2章に続く>

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夕闇の咏 @ArkElysion

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